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2009/01/10

全国障害児学級&学校学習交流集会in東京

 今日は、午後から表題の集会に行ってきた。全教などが中心となって、毎年開催している集会である。
 一とおりの報告の後、シンポジウムがあった。今年は、養護学校が義務制(全入)になって、30年である。あらためて、障害児教育の到達を問う。
 パネラーはまず、若い教員と父母。東京の困難な教育の状況の中で、仲間のなかで悩み、葛藤し、成長する姿には励まされる。運動のなかで父母も変わる。親自身の学びのなかで子どもへの見方を変え、自分の生き方も変わる姿をあたらめて学ばされる。
 そして、兵庫の三木先生。学校現場の教員は、子どもたちの最後の人権の守り手。そんな立場からの実践の報告は、心を温かく包む。教育というものは、子どもの一人ひとりのためにある。就労のための訓練は、たしかに教育のごく一部でしかない。ただただ、問題は、その子どもにとって、その子どもたちにとってどんな教育が必要なのかということ、その教育とは教師と子どもたちがつくる豊かな文化だということ。それは競争と暴力とは無縁だ、などなどと考える。
 圧巻は、茂木先生の話。障害児教育の到達点を考えるうえで、義務制を切り開いた教訓が大事だと話された。教育から排除された親たちの怒りや感情、教師たちの実践、そして国民の教育権とむすびついた権利としての教育の展開。教師と父母との共同の大事さなどなど。
 一方で、茂木先生は、学校の外にある実態についてどう学ぶかということも話された。たしかに、シンポジウム全体の内容は、あくまで学校から見える子どもたちの話で、子どもたちの実態のすべてではない。そこで思い出すのは、昨年11月に、貧困研究会に参加したとき、北海道の藤原里佐さんが、障害児の問題について報告されたこと、そのなかでも
・障害児のいる家庭は困難であたりまえという意識があり、実際には障害者が世帯主の家庭のデータはあっても、障害児のいる家庭のデータがないなど、実態は隠されていること。
・そのなかで、障害児にとっては学齢期がその前後に比して安定していること
などが印象に残った。
 そう考えると、障害のある子どもたちに対する政策に遅れがある日本でも、学校とくに障害児学校が「貧困」からのある意味での防波堤の役割をはたしている。
 そんな障害児学校の役割への議論がもっと必要かなとも思った。
 であっても、あらためて、子どもの発達によりそう教育のあり方を心に刻んだ集会だった。

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