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2009/01/11

第1回 日本フリースクール大会

 今日は表題の集会に行ってきた。日本のフリースクールというのは、不登校の居場所としてつくられ発展した経緯がある。この不登校も呼び方そのものに、登校拒否・不登校とあるように、いろいろな議論がある。どのようなこの問題に対処していくのかについても議論がある。ボクは、高垣さんのいうように「登校拒否」を解決(克服)するという考え方に、どちらかと言えば共感するところがあるのだけれど、この集会は、東京シューレを中心とした、どちらかというと、克服するのではなく、学校とちがう選択肢を用意するという発想にたった運動である。日本の教育行政と学校教育の現状から見て、そうした運動の意味も意義もよくわかる。

 もともと、どんな議論をするにしても、子どもの自己肯定感の弱さという問題に注目している。ここに日本の子どもをめぐる一番の問題があるという考え方は本当は共通している。高垣さんたちの運動のほうが、どちらかと言えば臨床的な感じがする。フリ-スクールの運動はもっと直線的に子どもの居場所を考える。
 ここには大人の関わりや教育というもののもつ意味のとらえ方の違いや、もっといえば子どもの権利についての考え方の違いかあるのかもしれない。子どもの意見表明権か子どもの自己決定か。

 ただ、そうはいっても実際に子どもによりそって何をしていくのかということについては、方法もそんなに大きく変わるとは思えない。そんな実践の報告は面白かった。
 いま子どもも大きく変化している。外からの競争の強制と評価のまなざしはかつて以上に子どもは内面化し、傷ついているということなのだろうか。だから、その実践も苦労はものすごく多い。もっと言えば、本当は家族の基盤も崩れているのだろうと思う。ただ、ここではそうした貧困の問題はなかなか見えてこなかった。

20090111170444 最後に、汐見さんの講演があった。久しぶりに汐見さんの話を聞いた。大きな話をされた。100年以上におよぶ国家の教育と民衆の教育、その対立と緊張の結果、いまの問題がある。民衆のオルターナティブな教育の流れとしてフリースクールを位置づけ、そして、その教育が子どもを出発点に、子どもを目的に行うということはどういうことなのか。地球環境の問題などが投げかけられる時代、その未来の解決の担い手としていま子どもを徹底して信頼するということが必要だと。

 少し、視野を変えて物事を考えさせてくれた集会だった。

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