子どもたちの声と教育改革
臨床教育学というのは、聞き慣れない言葉だと思うが、定義そのものも難しいとは思う。ただ、田中先生は、さまざまな潮流があるとも言えるこの臨床教育学のなかで、一つの大きな波をつくろうとしているとも言えると思う。
先生の仕事は、「子どもたちの声を聴き記録し検討することを方法的な軸として、福祉・医療・心理臨床の専門家たちと協力しながら、子どもをめぐる人間関係や援助・教育の質を問い直す」というものだ。
子どもたちは、むかつき、苛立ち、そして不安のなかにいる。そのこどもたちは、このままで生きていけるのかという根源的な問いかけを発している。そうした子どもたちの声に、政治や社会はあまりにも無関心でいる。むしろ、今の政策の根底にあるのは、競争と管理を強めることで子どもは育つというあまりにも偏狭な子ども観、教育観である。子どもの声は、その皮相さをあざやかにうきぼりにする。
この本を読んでいて、あらためて思うことがいくつかある。
1つは、「子どもの声」を聴くということのもつ、そのものの意味。子どもが発達の主体と言うことをいま、ボクらがどう理解するのかということ。
2つは、そのことが、日本の憲法や子どもの権利条約など、世界の人権をめぐっての営みの前進のなかで、どのような到達にあるのかということ。
3つめには、このことをささえる発達援助者と言われる人々の営みの意味。それが、子どもとの相互関係のなかで、どのように展開されているのかということ。
関連して、ケアということと社会の構造を問うということの関連を、湯浅誠氏が問題提起していることを紹介したけれど、もともと、子どものケアとその回復ということそのものが、個人的な関係によってなされるものでは決してなく、極めて社会的な行為である。ここにこそ、専門家(知識人)の役割というものもあるとも言える。そこで発せられる問いかけは、社会構造への問いかけにかならずつながるということが本質にはある。それは、この本では「教育改革」への問いかけという形でなされているだとは思う。ケアから、エンパワーメントというようなボクが少し問題意識をもっている問題とも関連するのだろう。まだまだ、漠然とした感想ではあるのだけれど、何かしらの回答のきっかけがこの中にあるような気もしている。そんなことを考えながら読んだりもした。
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