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2008/05/07

9条世界会議に参加した方と

 まったく休みのなかったGWが、寂しく去っていきました。こんなGWの過ごし方はここ20年ほどありません。ああ…。

 さて、今日は、9条世界会議に参加するために帰国している日本国籍の方とお会いしてお話しする機会がありました。彼女は、外国で暮らしながら、その国に住む日本人と連絡をとりながら、選挙の際に9条を守るための在外投票をおこなうことを呼びかけ、運動をされている方です。つれ合いは、その国の法律家で、平和運動をなっている方で、夫婦とも9条世界会議に参加のために日本に滞在中です。

 彼女と話していて、意見が一致したのが、先日、ブログに書いたように、9条についての国際的な連帯を考えるときにも、9条をすべての国も物差しに単純にしてしまうのではなく、まず「自国の運動に責任を負う」ということの自覚のうえにおこなうべきだという点です。彼女は、分科会の準備の段階からかかわったそうですが、その分科会でも、この点は議論になったそうです。
 そんなあたりまえのことを言って、9条国際会議の意義を低めるべきではないというお叱りもあります。その気持ちはボクも理解できなくはありませんが、ただこの点は、より自覚的であることが求められると思います。少なくとも、9条世界会議の前身とも言うべきGPPACや国際法律家協会が、平和運動の国際連帯の課題の1つとして9条を掲げるのと、9条そのものを国際連帯の課題として掲げるのでは意味合いも違ってきます。そこから、当然、生まれてくる、整理が必要な問題もあると思います。それぞれの国が抱えている課題も問題も違うのです。日本よりはるかに困難や複雑な状況のなかで運動されている方々もたくさんいます。そんないろいろな困難な状況下にもある外国の人たちからボクらが受け取った連帯は、日本のいるボクらが正面から受け取って考えて行くべき問題だと。それがボクら日本の運動が日本の運動として担うべき課題だと思うのです。9条会議の議論からは、そういう励ましも、私たちは受け取ったのではないでしょうか。

 でも、そんなに心配しているわけではありません。だって、参加した人はみんな、日本でもっと9条が大切にされる、9条が誇れる運動をつくっていかなければならないと思ったのでしょうから。ただ、それが、豊かになっていくためには、その自覚が必要だと思います。ボクたちは、いっそう襟を正して、平和の課題に向き合っていく必要があります。それが9条世界会議のいちばんの意義でもあるのですから。

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