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2008/04/07

愛美さんが教室に戻れる日――教師と学校はは子どもたちの傷や困難をどこまで共有できるのか

080407_b 番組の冒頭の部分だけは、見逃したけれど、今日のNスペの「愛美さんが教室に戻れる日」を見た。テレビの番宣では、いじめのことが取り上げられ、そして、専任教員という問題がクローズアップされていたから、限界があるのだろうなあと思いながら見始めたけれど、内容は予想とは全然ちがっていたし、少なからずショックも受けた。
 もちろん、いじめもそうだけれど、格差社会の影響、学校の問題、家庭の問題…、不登校の子どもたちに横たわる問題を番組は追う。そして、それに向き合う教師たちの葛藤と試行錯誤。
 ボクの長男も中学時代は、三年間で60日近くの欠席があった。それでも学校からの働きかけがほとんどなかったことを考えると、必ずしも「登校」「教室」ということにはこだわらないで、子どもに向き合う実践というのは、評価ができる。そのとき、問われるのは、教師と学校は子どもたちの心の傷や困難をどこまで共有できるのかということだろう。番組で紹介された子どもたちの抱える傷や困難も十分すぎるほど重いものだったし、ここには、言葉にしてしまえば薄っぺらいものになるけれど、新自由主義の社会で傷つく子ども、親たちの苦悩がある。そこでの、教師の役割は、新しいものだと言えるし、その役割の重さもとてつもなく重い。
 番組でもっと見たかったのが、そうした傷や困難に向き合う教師自身の苦悩やその克服。ここはちょっと、あっさりしていた。
 そして、そうした教師集団、学校としてのとりくみの姿だ。たとえば、不登校の1つの大きな要因でもある「いじめ」が、子どもたちの人間関係にあるのならば、そうした取り組みはまだ見えてこない。
 もう1つ、番組の最後に、その実践の背後には、さらにたくさんの学校にこれないで卒業する子どもたちの話が出てくる。ほんとうの傷や困難はもっと深いのだ。もっともっと向き合わなければならない問題は、たくさん残されている。それは、未だ社会の片隅で沈殿して埋もれているということなのだろうか。
 ただ、番組をとおして、教えられることは少なくはない。根底に広がる「貧困」、そして、まず、子どもに向き合う実践の大切さ。番組としては、いいものだった。

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