憲兵政治
昨年、日本共産党の志位委員長が記者会見で発表した陸上自衛隊情報保全隊の活動について、覚えていられるだろうか。そう、イラク戦争反対をはじめとした市民の活動について監視していたという問題である。そのときに、これは「憲兵政治」の復活だということが言われた。本書は、この陸自情報保全隊の問題に触発されて書かれたものである。
憲兵が戦前、国民生活にどんな影響を与えていたのか。映画「硫黄島からの手紙」でクリント・イーストウッド
はみごとにそのことを表現したのは記憶に新しい。でも一口に憲兵といってもそれがどう生まれ、どのように政治的な役割を果たすようになったのか、あまりよく知られていないし、ボクもよくしっていたわけではない。自分の部屋にも憲兵関連の本は、かの東部憲兵隊司令官であった大谷敬二郎の本が1冊あるぐらいだ。本来、軍隊内の情報管理とその任とするはずの、憲兵がなぜ、国民の監視と恫喝の実行部隊となっていったのか? 明治以降の海外への軍事力の展開と占領支配の場での憲兵制度の広がりなどに注目しながら、とくにその権力が頂点に達したと言える東條時代にいたるまでの(その後も)、「憲兵政治」の歴史と実相を明らかにする。日本の植民地支配の歴史と不可分であったという点と、東條の時代の憲兵を利用したその恫喝の政治についての記述は、なかなかおもしろかった。ただ、あまりにも資料が少ない。敗戦の時期に、すべて焼却されたのだろう。少ない資料で書かれているだけに、ちょっと読みづらく、わかりにくいところもあるのだが。
日本の軍隊は、国民軍となったことはない。欧米のように、市民革命を担うなかで、国民の軍隊として形成されたわけではなく、戦前はあくまでも天皇の軍隊であった。それだけに、軍隊は国民に対して敵対的であり、それが抑圧と暴力による国民支配の仕組みとして作用する。戦後、日本国憲法のもとでも、自衛隊は、国民の必要性やその発意から生まれやものではない。権力者の都合(含むアメリカ)で生まれたものだ。だからこそ、戦前と同じように、国民と敵対的であるとう性格を本質的には有している。それが、海外に行って戦争する国になりつつある今、いっそう大きな矛盾として露呈している。それが、今回の陸自情報保全隊の問題だということもできる。
これは、絶対に一過性の問題にしてはいけない。シビリアンコントロールそのものが、先日の「あたご」の問題でも大きく揺らいでいることが明らかになった今、こうした「軍」と国民はどうつきあっていくのかを真剣に考える時期に来ている。
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