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2008/02/24

歴史問題にどう接近していくのかの感想かなあ

 さくらおばさんからいただいたコメントの返事を書きながら、いろいろなことを考えました。

 たとえば、「歴史」の記述の仕方や語りかたの難しさということです。歴史の世界でも、最近は、社会史的な研究が主流です。その社会にあった事実全体を、ていねいに明らかにする研究には意味があるとは思います。ボクはこうした歴史家の書いたものは好きでよく読みます。ボクは歴史研究とうものの方法などについてはほとんど知識はありませんが、そのとき、歴史家が、その歴史をどういう歴史の流れのなかで、どのように立体的にとらえているのかということは、それはそれで、案外、出てくるような気もします。もとろん、限定された思想や方法が、歴史の解釈や叙述を左右するようなことではいけないでしょうけれど、事実にどこまで迫れるのか、というのはやはりその歴史家自身に問われることになるのでしょうから。

 ジャーナリストの取材も同じようなところがあるのかもしれません。ジャーナリズムはより主張が必要ですから、そうしたものはより求められると言えるのかもしれません。同じように、主観的になってはいけません。

 沖縄戦というのは沖縄戦単体であるのではなく、明治以降の近代日本の一つの帰結でもあります。ときに、日本の軍隊というものがどのようにつくられてきたのかと、きわめて強いむすびつきがある。その日本の軍隊をつくった日本社会とはどういうものかということとも。直接、言葉にするかどうかは別として、それが、どこまで、取材するときに深められているのかということも大事なようにも思えたりします。

 ただ、日本のジャーナリズムの場合、とくに個人のフリーのジャーナリストが取材するには、経済的にもかなり限界がありますから。そのぐらい、個人のジャーナリストはお金がありませんから。そういう意味で、日本社会が、この沖縄の問題に、どれだけ関心を払ってきたのかということを、見事に反映しているのかもしれません。「物足りなさ」というものは、日本社会の反映なのでしょうか。

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コメント

【提言】文部科学省 学生の“奨学金”の返済猶予法案(モラトリアム)を
◆就職できず“奨学金”の返済を迫られる学生
 金融不況の影響で、学生の内定率が危機的な状況になっています。とくに奨学金を利用して学生生活を過ごした学生には、待った無しの“返済”が待ち受けているのです。“就職できない、返済は迫られる”では地獄の日々です。奨学金の返済を1年程度猶予するような法案はできないものでしょうか?
◆奨学金モラトリアム法案
 中小企業や個人のモラトリアムと同じように“学生奨学金返済猶予法案”ができれば、学生本人も両親もどれほど安心できることでしょう。
【ご参照】 ●当ブログ記事(09/12/1日付)
 :『就活 「新卒インターン制度」導入で民主党は一括救済を』。
●当ブログ記事(10/2/12日付)
 :『民主党は厚生労働省に新卒未内定者の“一括失業認定”すべき』。

投稿: 人事総務部 | 2010/03/28 21:12

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