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2008/02/02

公教育って何なんだろか? 夜スペそして中学入試

 夜スペについては、その後もメディアで取り上げらている。しかし、肝心の場所で、ふさわしい議論がなされているのかが気になるところ。
 つくずく教育の「公共性」ということを考えさせられる。「公共性」ということの意味は、アーレントをひくまでもなく、俗っぽく、誰もが参加できるというふうに言い換えてもいい。ならば、夜スペは誰もが参加できるのか? 現状で授業についていけていない子どもたちの対策はどうなっているのか? 経済的に困難な状況になっている子どもたちはどうなっているのか? いろいろな人間関係で悩んでいる子どもたちの問題はどうなのか? あまりにも切り捨てられていることは多いのではないのか?

 そんななか今日は、中学入試である。これだけ、競争や受験ということが問題になっているのに、実は、この問題もあまり議論されているとは言えない。

中学入試がピーク(読売新聞)

 東京都と神奈川県の私立中学の入試が1日解禁され、首都圏の私立中学入試はピークを迎えた。
[小6教室 あの子もこの子も欠席]
 今春の首都圏の国私立中学の受験者数は昨年より約1000人増え、過去最多の5万3000人に上る見込み。都心部の公立小学校では、この日、受験のために小6児童の7割が欠席するところもあり、過熱する中学受験ブームの“影”も浮き彫りにしている。
 東京・港区の区立小では1日、98人いる6年生のうち、7割を超える74人が欠席した。欠席者の中には「風邪」を理由にした児童もいるが、ほとんどは「中学受験」。この学校では、毎年2月初めの出席人数が少ないのは恒例で、この日は、総合学習の時間に茶道教室を開き、出席した児童たちにお点前を体験させた。
 ある杉並区内の区立小でも、6年生31人のうち10人が欠席。都内では、一クラスのうち3~4割の児童が登校しない学校も珍しくなくなっている。…

 こんな状況が、すぐに解決できるとは思わない。でも、どう考えてもこれが正常な教育のあり方とは思えない。一度、真剣に集中的な議論をしてみるべきではないのか? 大きな解決の方向をさぐりながら、少なくとも、子どもの負担を減らしていく方向は見つからないのだろうか。子どもたちの悲鳴、抗議、抵抗はいろいろな形であらわれている。それは社会の土台にかかわる問題でもあるのだから。

 ちなみに、為政者の教育にかかわる議論が、いかに現場の問題を反映していないのかがわかる問題はたくさんある。1週間ほどまえの記事

教職大学院の人気低調、国立の約半数で募集定員下回る(日経新聞)

 政府の教育再生策の目玉の一つとして今春開校する国立の教職大学院15校のうち7校で志願者数が入学定員に達しなかったことが26日、分かった。二次募集の実施を決める大学も相次いでおり、全体としての人気も低調。大学生の就職が好調なことや学費を払ってまで進学するメリットが不明確なことなどが背景にあるとみられる。 …

 ボクは教師が大学院で、学びなおしたりする意義を否定したりはしないけれど(ボクのつれあいも、大学院の修士課程に在籍している)、教師たちの自主研修を否定し、教師の誇りを奪っての教育制度が成功しないのは当たり前でもある。教育政策は、子どもと教師の声を聞き、実態に即して、自主的な力を作り出し以外の成功しないのだと思う。

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