« 「あたご」は知っていたはずだ | トップページ | 国際平和ミュージアム »

2008/02/27

先輩との再会

 昨日のエントリーの解説を少し。今日の新聞は各紙とも、例の12分前に、「あたご」が漁船を視認していたことを1日隠していたことを報じている。それは、それで重大な問題である。ここには、自衛隊のあり方として、独自で特別な問題があることは言うまでもない。
 ただ、事故とのかかわりでは、もっと本質的な問題があるということが気になっている。つまり、もっとまえに、「あたご」は漁船団を認識していたのにもかかわらず、という問題があるのではないのかということ。ここは、絶対にあいまいにすべきではないとは思うのだけれど。

20080227160125 さて、今日は、京都に出張。京都は、18歳から8年ほど住んだ街である。懐かしいけれど、ほとんど街の風景は変わっている。写真は、1年ほど住んでいた、わら天神の近くにある住宅のあと。ぼろぼろの平屋を友人と2人で借りて、ルームシェアしていた。バスのなかからは、現在のつれ合いと、27年ほど前によくデートで使っていた「たまき」という大宮中立売の喫茶店を発見。そのままの姿でまだ存在した(笑い)。
 京都から、家まで、4時間ほどでたどりつく。不思議なものである。昔、子どものころ、生活はもっと、その場所と密着していたように感じていた。少なくとも大学生ぐらいまでは、きわめて限られた地域で過ごしていたからだろうが、生きることとその場所は密着していた。東京に来てから、何かしら根無し草のような、地に足がつかない感覚をずっともっている。東京は広い。今度、京都に来てみると、同じように京都の風景がある種の幻のように感じてしまう。時間がたつのが早く、1つのところにとどまっていない生活は、なかなか生きづらいものでもある。それは、現代社会の一つの側面なのであろうけれど。

 仕事を終えて、東京に戻る前に、京都で編集者をしている先輩と1時間ほど、会っておしゃべりをした(ビールを一口?)。実に25年ぶりぐらいかもしれない。先輩は一見ほとんど変わらないような感じだった。家族のこと、当時の仲間のこと、仕事のことなど、とりとめもなくおしゃべりをした。
 もともと、大らかな人だったが、その人柄わからない。でも帰りがけに、実は、今年少し大きな病気をしたという話を聞かされた。話を中身をふり返ると、その25年なりの期間には、やっぱり人には言えないような、苦しいことや葛藤というものはあったんだろうなあと思う。たぶん、ボクは、ちょっと甘えたくなって電話で連絡をしたのだと思う。そんなボクの気持ちにこたえてくれたその先輩に、申し訳なくなってしまった。自分の人生や生活にはもっと自分で、真摯に向き合い続けなければならないとも。
 ただ、元気をたくさんもらったのは事実。感謝である。Yさん、このブログを発見したらメール下さい。

Banner_02人気blogランキングへ 励ましのクリックを

|

« 「あたご」は知っていたはずだ | トップページ | 国際平和ミュージアム »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/59689/40294856

この記事へのトラックバック一覧です: 先輩との再会:

« 「あたご」は知っていたはずだ | トップページ | 国際平和ミュージアム »