小沢氏の現在の立場と小沢調査会の提言
来るべき総選挙に向け、私たちは民主党という政党について、どんな議論をすればいいのだろうか。世論は、民主党が、ふたたび自民党への対決姿勢を強めることを期待し、応援するのだろうか。それとも、大連立は、世論の深い不信としてじわじわひろがっているくだろうか。そして、それに対し小沢さんはどういう態度をとるのだろうか。
そのためにももう一度、民主党の歴史をふり返りながら考えていく必要があるなあと、つくづく感じる。1つひとつ説得的な議論をさぐることが必要なようだ。そんな思いもあり、小沢さんの国連に対する態度の出発点をもう一度さぐって見た。
その1つが、1992年の小沢調査会の提言である。自民党「国際社会における日本の役割に関する特別調査会」と名付けられたところの提言は、PKOへの自衛隊の参加をめざして議論をすすめたわけだが、その核心は以下の点にあった。
政府の憲法第九条の解釈においては、自衛以外の実力行使、あるいは集団的自衛権に基づく実力行使は認められていない。しかし、我々は同時に国連の設立の趣旨や国連憲章第六章、第七章、さらには日本国憲法前文にすでに内包されている、集団的自衛権とは別の概念、即ち、国連が国際社会の平和秩序の維持のために、実力行使を含めた措置を担保する集団的安全保障という概念(集団的自衛権との混同を避けるために、むしろ「国際的安全保障」という名称の方が適切と考えられる)が、国際社会で広く認められていることを承知している。憲法第九条に関し、この概念に従えば、新たな政府解釈を行うことにより、国連軍への参加が可能になるものと考える。国連軍の活動は、国際的な合意に基づき、国際的に協調して行われる国際平和の維持・回復のための実力行使であって、憲法第九条の禁止するわが国の「国際紛争解決手段としての戦争・武力行使」には該当せず、そのための実力行使は、憲法第九条には抵触しないと考えられるからである。
小沢氏の態度は一貫しているように見えるけれど、冷静にこの文章を読めば、先の『世界』での小沢氏の議論とは、かなり違いがあることもわかる。この時点では、あくまでも国連軍を想定している。その根拠も、指揮権が個別の国家にあるのではなく国連にあることにあった。ISAFへの参加もめぐっての氏の議論は、この議論とはかなり違う。
実は、この変化は、90年代の中庸から見られていた変化でもある。そんなこともまた、考えてみたい論点でもある。(つづく)
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