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2007/11/09

赤木智弘『若者を見殺しにする国』

02935051 赤木問題とまで呼ばれるようになった、「希望は戦争」を掲げた赤木さんの新刊である。俗流若者論への疑問から左派への不審、そして「希望は、戦争」という思考に至るまで…。月刊誌『論座』に「「丸山眞男」をひっぱたきたい」という論考を寄せるまでの道のりを書き記す。
 「論座」の赤木の論考は、さまざまな議論を呼んだ。同誌誌上に寄せられた知識人たちの反響に、彼自身が1つひとつ答える。その議論は、刺激的であり、挑発的である。そのほかにも若者たちの雑誌でも、この論考への議論は多数ありそうだ。たとえば、ある論者は、彼の議論に対し、革命のリアリズムを示せていないことこそが問題と論じている。そしてそのためには、都市ホワイトカラー層との共同をどう示せるかがポイントと結論づける。

 ものすごく、読むのは精神的につらい本である。著者のいらだちを正面から受けとめることが求められるからだ。いらだちから発せられる暴論とも言える議論は、切ないほど胸を打つ。ただ、赤木氏の本を読んで、著者はよく勉強しているなあと、感心させられる。その関心の対象もものすごく広い。ここの議論では学ぶべき点も多数あった。もちろん、本にかかれている議論そのものは、あらっぽく、不正確である点も少なくない。挑発に対して、腹立ちまぎれに、いろいろ問題点をあげつらうことなども難しいではない。でも、この本の提起に、私たちはどう答えるできなのか。

 先の論者の意見と同じことを私は感じないわけではない。
 しかし、私がいちばん感じたことは2つある。1つは、どこまでも深い貧困の不可視性をどう受け止めるかという問題。いくらか貧困の問題について、理解が深まっているといっても、若者の貧困の問題はどこまでもその実態は不可視化されている。意識的ではないにしても、浸透した自己責任論の色眼鏡で、いろいろ若者の実相は、批評され、論評され、理解されきらない。ここから生じる若者たちの社会への絶望感、大人たちへの不信感にどう応えるかという問題である。これは若者に対してだけでなく、貧困一般に対して言えることでもある。格差の拡大のなかで不安感が広がる中で、こうした分断はメカニズムとして機能するまでに至っているかもしれない。その打破は、言うほど容易ではない。
 もう1つは、こうした若者たちが、社会を変革することに参加する回路を私たちが提示できているのかという問題。社会変革を多数者の手でおこなうということは、私たちにとって核心的な命題でもあるが、実際に、そうした事業に参加する回路から、客観的に排除されている(正確には参加することがきわめて困難な状況におかれている)層が、実態的には存在する。ワーキングプアだとか貧困層と呼ばれる人たちの社会参加の運動は、さまざまに実践の面では、とりくまれているが、必ずしもその理論化にまで高められているわけではない気がする。

 まず目の前にある実態、要求そのものを正面から見つめることができる、そういう運動をめざさなければならない。そんなことを感じながら読んだ一冊である。

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コメント

弊ブログで引用させて頂きました。
参考になりました。

投稿: 大津留公彦 | 2007/11/25 23:49

 若者問題は、もう少し頭を柔らかくして、考えていきたいとは思います。

投稿: YOU→ 大津留公彦 | 2007/11/27 00:00

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