身の回りにある貧困と格差
昨日のブログに、貧困と格差がすぐ横にあるというということを書きました。そのことについて、もう少し書いておこうと思います。それが、小沢さんが戻ってくる民主党や、おのれの責任を棚に上げ、政局に明け暮れる福田内閣への最大の批判だと思うからです。
たとえば私の知人に、大学院も出た、とても有能な人がいます。塾や高校で講師をしていた彼は、家族の介護もあり、50代のいまは、非正規でガテン系の仕事をしています。
芸術系の大学を出た友人も、有能な人ですが、職場が倒産し、いくつかの仕事の後、子どもの学費を稼ぐために、請負で飲料品の販売をしています。
のんびりとしたある友人も、職場が立ちゆかなくなり、今は、福祉系のパートと、新聞配達で家族を支えています。
以前にも書いたように私の住む地域で、生活保護の裁判がはじまっています。請負でダンプの運転手をしていた一家が、白血病になり…という事件です。
たしかに、生活をすすめるうえで、こうした方がいいだとか、生活のここに問題があるということは、どんなケースでも言うことができます。だれだって弱点があるのだからそんなことは当たり前です。もちろん、そんな弱さを友人同士、励まし合ったり、指摘しあったりすることは大事だし、それはしていきたいと思います。ただ、その前に大切なことがあるということです。
私の知っている貧困や格差社会で困難を抱えている人たちは、共通して、真面目で、毎日、必死で、生きている人たちだということです。それは、生活保護の裁判の原告の人たちも同じだと思うのです。いろいろな弱点を抱えながらも、必死で、がんばって自分の役割を果たし、生活をしているということなのです。私はそういう姿に、共感もするし、尊敬もするということなのです。それがこの間、私が学んだことがらです。
だからこそ、私は、そういう人たちに困難を強いる政治に強い憤りをもつものなのです。
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