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2007/10/13

小沢論文と国連 前書き的に(苦笑)

 さて、昨日(一昨日)の予告を果たそうという決意は、もろくも崩れる一日となる。なかなか忙しい。小沢さんの論文にもう少し、議論を詰めたいとは思うのだけど。浅井先生など専門家のHPもふくめいろいろな議論がなされていて、それぞれ学ぶところは多い。私のような浅学の人間でも、少し言いたいことはある。

 もちろん、もともと小沢さんの論文の発端は、自民党のテロ特措法延長を反対するところから生まれている。接近の方向はちがっても、この点ではめざすところは私たちといっしょである。そのことはたしかにちゃんとふまえて議論をする必要があるだろうと思う。
 ところが小沢さんは、そのための柱にISAFへの参加を掲げてきた。これはずいぶん不評で、結果として小沢氏自身の発言もここのところトーンダウンしているような感じがする。それは、なぜか。そこを少し考えてみたいと思う。もちろん、その核心には小沢氏の特異な憲法論があることは、そうなのだが、ことは憲法のもとでどのような国際貢献をするかという問題でのある。そこで考えなければならないのが、国連という問題である。
 私たちはよく国連中心の国際秩序ということをいう。少なくとも、冷戦が終わった今日、世界のさまざまなとりくみのなかで、こうした視点はきわめて重要なものになっている。しかし、国連というのものは、何か抽象的に存在しているものではない。具体的な国際政治のなかで存在しているものでもある。
 私は、そこで、国連について、「歴史的にとらえる」ということと、「一般化しない(つまり抽象化しない)=留保をつける」ということに少しこだわって考えてみたいと思っている。そこからは、政府はもちろん、小沢氏のもつ国連観との、共通する点と共に、はっきりした差異というものがあると思うからだ。なぜ、少なくない人が小沢さんの議論に違和感をもったのか。ここに1つのポイントがあるとも思っている。

 前置きはここまで、はたして、この忙しさのなかで本論は書くことは可能だろうか?

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