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2007/07/10

中国「残留日本人孤児」賠償訴訟 終結へ

 やはり、この問題については、一言は、エントリーしておきます。
 昨日、与党のプロジェクトチームがとりまとめた、中国残留孤児(婦人)への新たな支援策の枠組みについて、孤児の8割を網羅する全国訴訟団が、受入を決めました。その中味は、http://www.geocities.jp/czk_oka/20070709yotoh-pt.pdf

 これに対して、原告団・弁護団の声明が、Continue reading で掲載しておきます。
 最後まで、もめていた、「収入認定」についても、実質的にはおこなわれないような形が担保されたようです。生活保護とは制度的にちがうシステムもつくられました。あとは、どう安定的に実施されるかです。

 残留孤児(婦人)は、満州で関東軍に盾の役割を押しつけられ、見捨てられ、戦後、厚生省に死亡扱いとされ見捨てられ、そして帰国後も支援策が不十分で見捨てられてきたのです。そして、司法の場でも1勝9敗(でしたっけ)。司法は正義でただすことをしませんでした。やっと政治による救済です。
 残留孤児は、同時に、中国から見れば、侵略者、土地などを収奪したという側面があることは否定できません。救済は、こうした「満州」開拓団の歴史にも改めて光をあて、歴史を見直す契機となればと願ってやみません。
 人間裁判とよばれた、この裁判。人間が大切にされる日本をつくる一歩にもしたものです。

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新しい支援策策定にあたっての原告団・弁護団声明

                    2007年7月10日

        中国「残留孤児」国家賠償訴訟原告団全国連絡会
        中国「残留孤児」国家賠償訴訟弁護団全国連絡会


 本日、私たちは、官邸で安倍総理大臣と面談し、総理から、中国「残留孤児」の62年間の苦しみに対するねぎらいと、新しい支援策を着実に実行するとの約束をいただきました。総理の温かい言葉は、凍っていた「残留孤児」たちの心を融かし、これからの人生に明るい灯をともすものでした。

 思えば、今回策定された新しい支援策は、本年1月30日、最低最悪の東京地裁判決が言い渡されたその日に、安倍総理が、これまでの中国残留邦人に対する施策は不十分だったとして、厚生労働大臣に新しい支援策を講じるよう指示したことに始まります。そして、新しい支援策は、国会で総理が答弁した「本当に日本に帰って良かったと思える」「日本人として尊厳を持てる生活」という観点から検討されることになりました。
 しかし、その後の新しい支援策づくりは決して順調であったとは言えません。厚生労働省は政策転換に厳しく抵抗し、4月下旬に報道された厚生労働省案は、生活保護をもって良しとする従来の施策と何ら変わらないものでした。私たちは、厚生労働省案を拒否し、真の支援策を求めてさらに長く苦しい闘いを継続せざるを得ない局面に立たされました。そうした状況を打破するために、私たちは、悪天候をついて、5月30日から3日間に及ぶ厚生労働省前座り込みを敢行し、広く世論に残留孤児の悲惨な人生被害と厚生労働省の冷たい対応を訴えました。そしてこれが、局面を打開する大きな契機となりました。
 また、与党中国残留邦人支援に関するプロジェクトチームの強力な政治指導、中国残留邦人への支援に関する有識者会議の委員の方々の積極的な議論によって、逆に、厚生労働省は自らの案を抜本的に改めざるを得なくなるところまで追い込まれました。そしてついに、昨日、与党プロジェクトチームが作成した新たな支援策が正式決定され、私たちもこれを受諾し、ここに中国「残留孤児」に対する歴史的な政策転換が実現したのです。

 私たちは、今回策定された新しい支援策が、生活保護で良しとしていた従来の支援策を根本的に転換し、国民年金老齢基礎年金の満額支給に加え、孤児独自の給付金、住宅・医療・介護など生活全般にわたる支援を図るものであること、収入認定制度の形式をとっているものの、中国残留邦人の置かれた特殊な事情に配慮し、多くの認定除外を設けたこと、それによって実質的には全ての孤児を対象とする水準の高い支援策となったことから、その内容を高く評価するものです。
 むろん、今後に残された課題も少なくありません。運用がどのようにされるかも未知数です。私たちは、この支援策をさらに充実させるため、厚生労働省とも胸襟を開いて率直に話し合い、よりよい制度に作り上げていきたいと思います。

 私たちは、2002(平成14)年12月の東京地裁提訴を皮切りに、全国15カ所で原告団を結成し、裁判闘争を闘ってきました。これまで出された判決は、残念ながら、最低最悪の東京地裁判決をはじめ、原告の主張を退けるものが多かったのですが、2006(平成18)年12月の神戸地裁判決で勝訴し、これが私たちの確信と支えとなって闘いが大きく前進しました。
 裁判があったからこそ、今日の政策転換があったのであり、この政策転換こそが裁判の最大の目的でもありました。今般、1審勝訴した兵庫訴訟原告団や裁判に多くの思い入れをもつ原告団も含めて、裁判を終結させることを決断したのは、この最大の目的を達成したからでもあります。

 敗訴判決を乗り越えて、私たちが求めてやまなかった政策転換を勝ち取ることができた要因は、菅原幸助先生をはじめとするボランティアの献身的な活動があったこと、与党PTをはじめとする多くの国会議員の指導と援助があったこと、100万人署名の達成に見られる各地支援団体の献身的活動があったこと、そして2200人余りの全国の「残留孤児」が、生活保護受給者が7割という苦しい生活の中で、一糸乱れず団結してまとまってきたことにあります。特に与党PTには今後も私たちを指導・援助くださるよう心からお願いいたします。また、街頭でビラ配布やデモ行進をし、全国の仲間とともに国会議員や厚生労働省に要請を繰り返した全国の「残留孤児」のこのまとまりは、かけがいのないものであり、私たちはこれを守り、互いに助け合って生きていきます。

 私たちは、歴史的な政策転換を心から歓迎するとともに、広く社会に中国残留孤児が発生した歴史的な事実も伝え、理解を呼びかけたいと思います。そして、私たち残留孤児も、日本社会の一員として、主権者として、胸を張って生活し、日中友好の架け橋なってその役割を果たす決意です。
 改めて、これまで熱い支援を寄せて下さった国民各位に深く感謝します。本当にありがとうございました。            

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