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2007/07/08

雲ながるる果てに

 思うところがあってというか、仕事の関係というか。同じことだけど。この特攻映画の傑作の1つをはじめて見た。家城巳代治の傑作である。

 昭和20年春、九州南部の特攻隊基地で出陣を控えた学徒兵たちがのんきに過ごしているところに空襲を受ける。特攻隊のひとり秋田が戦死す、深見も銃弾を受けて負傷する。その深見は近くの学校の教師瀬川に思いを寄せ、別の特攻隊員松井は芸者といい仲になっていた。それぞれの思いを残しながら出陣のときが迫る…

D111337367 映画そのものが、人間をたんなる機械のようにあつかう海軍のシステムを見事に描いている(ただし、特攻は志願として描いている)。その兵士たちの苦悩をしっかり描いているところが見事でもある。

 映画はいまから50年以上前の1953年に作られている。この映画を見ても、先日紹介したような高木俊朗さんの本などを見ても、思うことが、強烈な厭戦意識だ。それは私たちの世代が理解できないほど、きっぱりとはっきりと貫かれている。この思いが、戦後9条をめぐる平和意識をつくってきたのだとつくずく思う。もちろん、それには、たぶんその後のグローバル化の時代に、その弱さを疲れることになるのだとろうけれど、しかし、弱点があるだとか言って否定すべきものではなく、この意識は、ほんらい、しっかり受け継ぐ、(そして発展させる)べきものだのだと思うのだ。
 だから、こんな映画も、日本の映画の宝として、大事にしたいものでもある。
 ちなみに、主演は、鶴田浩二、そして木村功である。

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