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2007/07/12

争点としての「貧困」

 いよいよ参議院選挙がはじまりました。仕事がら結構、演説なども聞きに行きます。各党とも初日から、全力投球という雰囲気です。年金、憲法、政治とカネなど問われるべきことはたくさんあります。
 そこで、ぜひ、問いかけたいのが「貧困」の問題です。おりしも、公示日の前日には、次のような事件がありました。

生活保護辞退の男性死亡=「働けと言われた」-日記に行政不満つづる・北九州(時事通信)

 4月まで生活保護を受けていた北九州市小倉北区の一人暮らしの男性(52)が、市の対応への不満をつづる日記を残して死亡していたことが11日、分かった。男性は受給辞退を申し出たが、日記では「(市に)働けと言われた」などと記していたという。
 小倉北署の調べによると、10日午前、男性宅から異臭がするとの110番を受け、署員が駆け付け、遺体を発見した。死亡した時期は不明だが、遺体は腐乱が進んでいたという。 …

 昨年ぐらいから、貧困については、さまざまな告発がされるようになりました。あとは克服のためのたたかいだ(政治だ)という意見もあります。たしかに、いま問われるのは政治であり、そのためのたたかいです。
 ですが、本当に、貧困は発見されたのでしょうか! これだけ、自己責任というイデオロギーが影響力をもった社会です。貧困とは何かということを含め、貧困には理解が必要です。その感度が政治家には求められます。と、同時に、貧困は許さないというはっきりした、立場・思想・理念が必要です。ある事例を、個人の責任とすることは、ほんとうに容易なことです。しっかりした貧困を許さないという立場に立てる、そういう政党と政治家こそ必要です。
 そして、そのためには、国民が政治家とともに、この課題で、共感しあい、連帯する、そんなとりくみこそが必要なのだと思います。これは、ある意味で、経験のない、とても大変で、大切な課題です。そのことも、いまみつめたいと思うのです。

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