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2007/04/24

韓国のメディアの報道から

 先日の、外国人記者クラブの「慰安婦」問題での記者会見。韓国ではどう報じられているでしょうか。

 たとえば、「東亜日報」では、この記者会見をふまえての取材だと思いますが、次のような記事がありました。

 調査官「強制的に慰安所に連れていかれたのか」 (4月23日)

 安倍首相が、軍慰安婦を連行する過程での軍・官憲の強制的介入を認めない理由は、「いくら探しても、これを立証する公的な文書がない」ということだ。
 安部首相は26日に予定された訪米を意識したかのように、21日の米ニューズウィークとのインタビューでも、「軍慰安婦問題と関連し、日本の首相として責任を感じる」と述べて謝罪の意を示して、河野談話を継承することを明らかにしたが、「強制動員の証拠はない」という言葉は遂に取り消さなかった。
 しかし、東京裁判の証拠資料として提出された諸事例は、安部首相の主張に反する内容を含んでいる。
 ある事例では、インドネシア・モア島の指揮官だったオハラ・セイダイ日本陸軍中尉が連合国オランダ軍の調査を受け、「現地女性を強制的に慰安婦にした」と供述する内容(1946年1月)には、次のような問答が続く。
 問:ある証人は、あなたが女性たちを暴行し、彼女らを兵営に連れていき、日本人たちに提供したと言った。それは本当か。
 答:私は部隊員のために、娼家を一軒建て、自分も利用した。
 問:女性たちはその娼家に行くことを承諾したのか。
 答:承諾した者も、しなかった者もいた。
 問:そこで何人が生活したのか。
 答:6人だ。
 問:そのうち何人が強制的にそこに入ったのか。
 答:5人だ。
 問:なぜ女性たちは、娼家に入ることを強要されたのか。
 答:彼女たちは、憲兵隊を攻撃した者の娘だった。
 問:では、女性たちは父親がしたことに対する罰として娼家に強制的に入れられたということか。
 答:そうだ。
 この問答のすぐ前の部分には、憲兵隊を攻撃しようとした現地住民を虐殺した内容がある。
インドネシア・ジャバ島のマゲランの事例(1946年5月)では、一般の収容所に抑留されていた当時25歳のオランダ人女性が、他の若い女性たちとともに日本軍に引き渡され、3週間、娼楼に閉じこめられて強制的に働かされ、ある日本軍将校によって一般収容所に返されるまでの体験を語っている。 ……
 関東学院大学の林博史教授は、東京裁判の記録でなくても日本軍が中国での慰安婦募集に関与したことを裏づける資料が、日本政府が1992年に公表した公文書に含まれていると指摘した。
 1938年3月当時、陸軍省副官が、中国大陸に駐留している軍隊の参謀長宛てに送った「軍慰安所従業婦等募集に関する件」(1938年3月)という通告には、「△(軍慰安婦)募集は派遣軍が統制し、担当者の人選を主導する。△募集する地域の憲兵、警察当局との連帯を密にする」という記録が残っている。

 慰安婦の問題の強制性を示す資料として、この注目されているのが、上記にもある、オランダの資料です。先日、日本人のジャーナリストによる資料の発見という東京新聞の記事を紹介しましたが、同様の発見が韓国で報道されています。

慰安婦強制動員を裏付ける文書…ソウル大鄭教授チームが発見(中央日報)

日本軍が慰安婦を強制動員したことを裏付ける公式文件が見つかった。これまで被害者の証言はあったが、慰安婦動員の強制性と暴力性について書かれた資料は極めて少なかった。
ソウル大の鄭鎮星(チョン・ジンソン、社会学)教授チームは12日、「1946年7月5日、オランダ軍情報部隊が日本軍の慰安婦強制動員と慰安所運営について作成した文書を確保した」と明らかにした。
「日本海軍占領期にオランダ領東インド西ボルネオであった強制売春に関する報告書」と題した文書は、その間、オランダ政府記録物保存所に保管されてきた。
この報告書は「日本の特別海軍憲兵隊が路上の女性を連れて行き、強制的に身体検査をさせた後、慰安所に入れた」「慰安所は厳格に統制・隔離された」など、日本軍の蛮行が書かれている。
また「女性が慰安所を脱出したという理由で母親が殺害されたケースもあり、慰安所の女性は脱出も考えられなかった」「女性は特別許可を受けてこそ慰安所から外出することができた」などと明らかにした。慰安所の女性の国籍は書かれていない。
報告書は「1943年、日本海軍駐屯軍司令官はこの地域の日本人に対し、インドネシア・中国の女性と親しくするなという命令を下した。その代わりに公式的な慰安所を設置しろという命令も出された」と記述している。
報告書によると、慰安所は当時、海軍専用と民間用の2つが運営され、 民間用慰安所は日本軍司令官の指揮で日本人事業者協会が運営責任を預かった。 以外な点は「慰安所で支払われた代金の3分の2が女性に入った」という部分。 これに続いて「女性は時々、一部のお金を受け、個人的な用途に使った」と書かれている。
鄭教授は「慰安婦に代金が積み立てられていただけで、実質的には支払われていなかったことを裏付ける証拠」と指摘した。
報告書は日本人戦犯に対する尋問や関係者らの証言を基礎に作成された、と書かれている。…

 「強制性」をめぐる認識の問題性への批判は、とどまることはないと思います。

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東亜日報の記事の続き
 「(1944年1月28日、日本軍によって一般収容所から他の収容所に移された私たちは)2月3日、再び日本人医師によって健康検診を受けた。そこで私たちは、日本人のための娼楼に行かされたという話を聞いた。その晩、娼楼が開かれるといううわさだった。部屋に戻ってきたブレカー夫人と私はすべてのドアと窓を閉めた。午後9時頃、外でドアをたたく音が聞こえた。ドアを閉めてはいけないという命令だった。…ある兵士を連れて入ってきた憲兵は、私に『もし拒否すれば、お前たちの夫がその責任を負うことになる』と脅かした。娼楼は、平日には日本の将校、日曜日の午後には下士官のために開かれた。日曜日の午前は兵卒のために、時々一般の日本人も相手にした。常に拒否したが無駄だった…」
 このほかに、フランス検察隊が提出したベトナム・ランソンのケース、中国・桂林の工場労働者募集で騙されたケースなども記されている。

中央日報の記事の続き
◇「安倍首相の妄言を覆す証拠」=鄭教授は「当時オランダ領だったインドネシアのバタビア(現ジャカルタ)で行われた戦犯裁判のために作成された資料と推定される」とし「昆明の報告書より具体的に当時の状況が書かれている公式文書が初めて見つかった」と説明した。
鄭教授は「安倍首相の『慰安婦を強制動員した証拠はない』という妄言を覆す証拠だ」と強調した。 04年公開された米戦略事務局(OSS)の報告書(45年5月作成)にも、当時中国南部の昆明で日本部隊を脱出し中国軍に投降した女性25人全員が‘強要と詐欺のため’性奴隷になったと明示されている。
これに先立ち、共同通信は11日、インドネシアで慰安所を運営した日本人が戦後オランダで行われた戦犯裁判で「軍部の指示によって民間慰安所を設置した」と証言した内容が見つかった、と報道した。

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