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2007/03/14

戦争の記憶を歩く 東南アジアのいま

0236670 日本の憲法九条の意味をアジアのなかで考えるというのが、この間の宿題の1つなのであるが、いろいろ考えているときに、この『戦争の記憶を歩く 東南アジアのいま』という本を本屋で見つけた。著者の早瀬晋三さん(大阪市立大教授)という方もよくしならなかったのだが、手にとって見るとすごく面白い。アジアの戦争博物館や戦争記念碑などを通して、アジアで日本の戦争がどう記憶されているのかを追ったもの。読み始めは、シンガポール。この血での虐殺の事件は知っていたが、七二年の日本人が「血債の塔」とよぶ、「日本占領時期死難人民紀念碑」をめぐる事件などはぜんぜん知らなかったこと。その後、戦争遺跡の整備がすすんだことなども。彼の地の人々がどのように戦争を記憶しているのかなどは、やはり理解していなさすぎると痛感。たとえば、ジョホール水道という、シンガポールに日本軍が侵攻した地は、われわれは、フランスワールドカップへの出場をきめた「ジョホールバルの歓喜」という名で記憶するわけだけど、これなどは、彼の地の人々の感情を、きわめて無視したものなのかもしれないと。
 全体の感想はまた後日。

 戦場とされた東南アジアの人々に深い傷跡を残したアジア・太平洋戦争.戦後の国民統合の契機となった戦争経験は,現在の東南アジアの国々でどのように記憶されているのか──各地に残る記念碑や博物館の展示から浮かび上がる戦争の記憶と向き合いながら,ナショナル・ヒストリーを超える新しい歴史認識のあり方を考える.

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