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2007/03/01

悲鳴をあげる学校

027390180000 最近、知り合いの研究者の話していても、共同の開かれた学校づくりといっても、悩ましい問題として、親の「イチャモン」とそれに、疲弊しきっている学校の状況があるということが問題になる。教育の問題や学校・教師のあり方を考える上で、いま避けて通れない問題になっているようだ。
 この本は、親の「イチャモン」研究本として、ずいぶん評判になったもの。ただ、作者の、言いたいところは、親が問題だというのでも、教師を弁護しようというものでもない。新自由主義的な「構造改革」がすすむなかで、親も孤立し、その反映として、こうした事態が生じている。そのなかで、どう学校と親が関係をつくりあげているのかということを、さぐっている。日本の学校の優れた特質や、それをこわす「教育改革」の問題、そのもとで疲弊する学校、それうぃどう打開するのか、などいちいち納得できるないようでもある。
 残念ながら、メディアは、こうした筆者の主張を必ずしも正面からうけとめてくれるわけではない。イチャモンをセンセーショナルに報じる傾向もなくなはい。ただ、この問題を考えるうえでは、貴重な材料と観点を提供してくれている。同時に、学校や教師が、いま自信を失いかけている要因は、必ずしも親だけではない。文化状況の大きな変動の中で、子どもの変化にも自信を失っているようにも感じる。そして、地域、行政など。
 本来、政治や社会の問題として考えなければならないことがあまりもに多いようにも思えてならない。そのなかで、学校の問題をどう考えるのか。参考になった1冊でもある。

本のくわしい内容は、Continue reading で

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【目次】
第1章 悲鳴をあげる学校 ふえる学校へのイチャモン
なんでもかんでも学校のせい?
どこでも起きている学校へのイチャモン
学校は「迷惑施設」?
学校への要望、苦情、そしてイチャモン
「匿名性」の危うさ
事件は現場で起きている―イチャモン研究の動機
イチャモンは本当に増えているのか
教師と学校の過剰反応
第2章 なぜふえる学校へのイチャモン
学校へのイチャモンの増加と社会の崩壊
学校だけがターゲットになっているわけではない
社会全体に広がっている「言ったもん勝ち」の風潮
いまの社会は果たしてまともなのか?
「どっちもどっち論」は正しい?
学校へのイチャモン急増の理由
公教育をどうしようというのか?
第3章 イチャモンはどうしたら打開できるか
「本質」と「現象」を見きわめることの重要性
ロールプレイングのすすめ―具体的ケースから学ぶ
クイズ「次のケースはイチャモンか?」
「正解はない!」
立場と価値観のちがい
話し合うことの大切さ
一人で背負い込まないで共同化を
残念ながら解決できない場合もあります
あと三年踏ん張ってくれませんか
第4章 子ども“で”つながろう“イチャモン”の裏返しは“連携”
保護者のみなさんへのお願い
トラブル=子どもの成長の課題
日本の学校は本当に「閉鎖的」なのか?
日本の学校の“特質”とは?
「等身大の学校の姿」をみんなで確認
“イチャモン”の裏返しは“連携”

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