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2006/12/01

ゼロトレランスは子どもをどこに導くのか

『君を守りたい―いじめゼロを実現した公立中学校の秘密』(中嶋博行)という本を読んだ。ちょっと驚いた本である。あまりにもあ然とさせられ、とてもすすめることはできないので、本の写真は掲載しない。いま政府は、子どもの問題行動に、ゼロトレランス(不寛容)で対処しようと躍起になっている。すでに、文部科学省は、その研究調査をはじめることを、2年前から公言していて、国立教育政策研究所は、この立場に立った「生徒指導の在り方についての調査研究」なる報告書を今年5月に発表している。教育再生会議が、いじめ問題について、いじめは犯罪だ、毅然とした態度をとる、いじめた子は出席停止だとかなどの議論をさかんにおこなってみせたのは、こうした背景がある。
 さて、この本、出版社の紹介は以下のような内容になっている。

「まるで生き地獄」――衝撃的な言葉を残して自殺した中学生、鹿川君の事件から20年。いじめは集団によるレイプや暴行、果ては殺人までにエスカレートしている。犯罪被害者支援活動に取り組む弁護士作家が「いじめをしない、させない、許さない」をスローガンに、生徒たちの手による「君を守り隊」を創設し、いじめをなくした中学校の活動などを通して被害に悩む子供たちを救う究極の方法を明かす。緊急書き下ろし!

 しかし、結構、この説明やタイトルから、ウソがある。タイトルでも説明でも、あたかもある公立中学のいじめをなくす実践が、豊かに報告されているような印象だが、紹介はごく一部で、しかも、その実践は、この本の主たる主張である、ゼロトレランスとは一致しているわけでは決してない(実際に、紹介されている実践の中学の先生は、いじめたら処罰ではなく、ケアが大切とはっきり言っている)。

 その主張は、厳罰である。いじめていることもは人間ではない。人間でないものに教育をしてもムダだから厳罰をとまで言い切る。そして、いじめは犯罪であり、警察に任せるべきだとまでいう。いじめの実態は、深刻さをます。その被害も深刻であり、だからこそいじめ自殺が広がる。いじめられた子に、”君は悪くない”というメッセージをはっきり伝えることは大事なことだ、だからこそ、いじめに”毅然とした態度を”ということを望む世論が広がるには、一定の根拠があるのだろう。しかし、いじめた子を排除し続けても、何も解決しないことは、本当は誰もが知っているはずだ。いじめの構造的な原因に向かわずして、問題行動をおこなう子どもを排除して、無菌室のような教室をつくったとしても、やがて同じことはくり返される…。大事なことは、人権ということにたいして、どれだけ、敏感になれるかということ。現代のいじめは、陰湿で、表面にはでにくいからこそこのことが重要だ。しかし、この本の立場は、いじめが発覚した時点での、被害者の立場にたたないもののみを強調するだけで、これまでのとりくみは、加害者を擁護する、国家対加害者という考えにたった古い人権感覚だと切りすてられる。

 1つの事例を証明抜きで、全体にあてはめるという議論の仕方は、まるで右翼の雑誌のように思えてくる。そのぐらい、論理はおおざっぱ。そしてこの本で書かれている、警察力の導入なども、あまりにも安易な議論。アメリカのゼロトレランスを学ぼうという趣旨なのだろうが、あまりにも形だけ。たとえば、アメリカのスクールポリスは、警察とは相対的に区別される組織として、独自の専門性ももつなどさまざまな歴史がある。はたして、日本の警察に、子どもと向き合う専門性があるというのだろうか。

 このゼロトレランスは少年法の「改正」とむすびついている。同時に、「規範意識の醸成」という点で、実は、教育基本法「改正」などにも、強くむすびついている。一連の政策文書のよく分析をして、子どもをこの「教育改革」で、どこに導こうとしているのか、よく見ていく必要があると強く思った。
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