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2006/11/20

安倍首相の教育基本法「改正」への思いなるもの

 安倍首相が、教育基本法「改正」への思いなるものを、自身のメールマガジンで語っている。

 …現在、子供たちのモラルや学ぶ意欲の低下、家庭や地域の教育力の低下といった問題が指摘されています。こうした中で、いじめ問題や未履修問題が相次いで表面化し、子供たちも保護者の皆さんも不安を抱き、教育再生の必要性をさらに強く感じているのではないでしょうか。
 海に平気で空き缶を捨てる子供に対しては、法律で禁止されていなくてもそうした行為は恥ずかしい、やってはいけないのだという道徳や規範意識を身につけさせることが必要です。
 さらに、利益にならなくても、海に捨てられた空き缶を見つければ拾ってゴミ箱に捨てる、といった公共の精神を培っていくことも必要だと思います。
 教育は学校だけで全うできるものではありません。道徳を学び、自分を律し、人を思いやる心は、家庭や地域社会の中で人と人のふれあいを通して醸成されるものです。
 こうした教育に対する基本的な考え方や価値観を、まずはみんなで共有することが大切なのではないでしょうか。毎日様々な問題が発生し、教育のあり方に対する危機感が広く共有されつつある今こそ、家庭が、地域が、学校が、そして一人一人が、自ら何ができるかを考え、自覚することが教育再生の第一歩であると考えています。
 これが新しい教育基本法の意味なのです。最近起こっている問題に対応していくために必要な理念や原則は、政府の改正案にすべて書き込んであると思っています。…

 「道徳を学び、自分を律し、人を思いやる心は、家庭や地域社会の中で人と人のふれあいを通して醸
成されるもの」という。ならばどうして、法律に書き込もうというのか。「法律で禁止されていなくても
そうした行為は恥ずかしい」とまで、いうのに。言っていることと、やっていることと違いではないか。
 「最近起こっている問題に対応していくために必要な理念や原則は、政府の改正案にすべて書き込んであると
思っています」という。教育基本法が変われば、なぜ、いじめがなくなるというのか? 何の説明もなく、ただ、教育基本法を変えることが解決方法だという。
 道徳の問題にしても、教育問題に解決にしても、権力者が、うえからものごとを見、語る傲慢さを感じるのは私だけだろうか。たとえば道徳とは、自己を律すること。ならば、教え込みで道徳が身に付くことは、個々の人間の尊厳を大切にする社会では、ありえない。個人の葛藤と学びの集積うえにのみあるうるのだと思う。ただ、うえからの問題の提起は、権力者の傲慢ということにとどまらず、社会全体を大きな混乱に導かざるをえないのではないだろうか。
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