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2006/09/17

僕たちの戦争

41 今日、テレビでやっていた番組。もともとの荻原浩の小説は、何年か前、読もうと思って、バザーか何かで手に入れたが、結局、まだ読んでいない。が、森山未来くんが熱演して、ものすごく面白かった。再放送もあるだろうから、あらすじは、番宣から

 2005年夏。台風が通過したばかりの海にサーフィンをしにやってきた男がいた。彼は、尾島健太。波は大荒れにもかかわらず、健太は海に向かってパドリングを始めた。今、まさに健太が沖に向かってサーフボードに体を預けているその海の上空を、昭和19年夏、九十三式陸上中間練習機が飛んでいた。操縦するのは石庭吾一。年の頃は健太と同じぐらい。今しっかりと操縦桿を握っている吾一の遠くで稲妻が走る。と同時に彼には飛行機のエンジン音が聞こえなくなり、前方の視界が歪み意識が遠のいていく。一方、現代の健太にも、大きな波を捉えようとした矢先、目の前の大きな半透明の壁が立ちはだかり気が遠くなっていく。
 そして、お互い目を覚ました所は、今まで見た事のない風景が広がる場所。
どうやら2人は、何の偶然からか入れ替わってしまったらしい…。

 作家は、9・11を見て、この作品に挑んだという。現代に生きる人間にとって戦争とは何かを問いかける。
 私は年に何度か若者たちのガイドとして靖国の遊就館にいく。その一階には、回天が展示されている。そのつど、回天にさわりならな、その中にたった一人で入り、出撃した当時の若者は何を思っていたのかと、想像する。その姿を、この物語は、現代の問題として再現する。その結論は、正しい戦争なんてないということ、
 昨日紹介した、蟻の兵隊の奥村さんは、現在は、あの戦争にむかった時期とそっくりだという。もちろん、そのまま、時代が同じように流れているわけではないだろう。なぜ、この世代の人はそういうのか。たぶん、私たちは、しっかりと、過去の、そして現代の戦争に向き合い必要があるのだろう。
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コメント

戦時中からやってきた青年が、現代をみて、戦争の無意味さに気づいたところをもっと鋭くえぐってくれたらいいのかなとも思いました。
現代の青年が過去の人たちを理解するというのは、それだけでは足りないような気もします。
ある意味では、あの時代の青年は、それまでの「いちおうそれなりに平和だった時代」を知らないという、悲惨な育ち方をしているのですから、そういう世界を作らせないことが大事なのかもしれません。

 このドラマは、いろいろ議論になるなあとは思います。ただ、文学の専門家?の方に、こういうのも失礼なんですが、やはり特攻を描くのはむずかしいと思います。時期が戦争の最後の局面にかぎられるので、その本質を告発するにはどうしても説明的になる。そうでなければ、感情的に訴えるしかない。あえて、現代とあの時の若者をかぶせたことに、違う視点を持ち込んだとは思うんです。
 現代をみて、戦争の無意味さに気づくというのは、リアリティがあるのかなあ。この視点は、少し、いろいろな人と議論したいところですね。

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