« 靖国合祀、国主導の原案 | トップページ | クラッシュ »

2006/07/29

若者の学びと葛藤

 タイトルは、こんなふうにしましたが、今日は、歴史教育者協議会という、社会科の先生たちの研究大会に行っていました。久しぶりの首都圏での開催なので、行ってきたのですが、十分すぎるほど学べるものがありました。
 今日は全体集会で、あいさつや基調報告などがあり(基調報告も大事な問題があって、ちょっと問題意識をもったのですが、それはまた別の機会に)、そして地域実戦報告として、「埼玉発 平和をつくる若者たち」です。
 最初に浦和商業定時制卒、在校生の和太鼓――なつかしのぶちあわせ太鼓からのはじまりです。不登校などの子どもたちの学力保障にとりくんだ、浦商定の実践は、何度も学ばされたし、子どもを通わせていた友人もいます。その学校も、あとわずかでなくなろうとしています。……。
 秩父の高校生の詩の朗読は、やはり涙をさそいます。あれから3年経ちました。長男を少しダブらせききました。つぎに、大宮の中学と朝鮮初中学校との交流の話。そして自由の森での韓国との交流です。かつて15年より少し前、つれあいの職場で、まあ自分の庭のように過ごした学校です。日本軍「慰安婦」のハルモニとの交流のとりくみは、子どもを連れて行きたいなあって思っていたんだ。庄和高校や朝霞一中の戦争体験のあとは、三郷の早稲田中学の合唱のとりくみです。『消えた八月』と『木琴』。実は、私の二男は、この『木琴』を歌っているんです、去年。
 最後は、埼玉朝鮮初中学校生徒の舞踊です。未来というのがテーマです。それだけに切なさを感じてしまいます。
 子どもたちの未来を伝えようという実践があり、そのなかで、学び、成長する子どもたちの姿があります。でも、子どもたちは、高校に進学し、社会に出ていくなかで、実際に悩み、葛藤しています。はたして、平和学習をしてたいときの熱意はあるのか、かつてのように自己主張しているのかと。
 舞台にでてきた子どもたちはまぶしく見えてしまいます。でも、『木琴』をうたった二男は、やはり、いろいろな悩みをかかえて、社会認識もいろいろな揺れをもちながら高校生活をおくっています。まぶしくなくても、特別でなくてもいいとは思いながら、やっぱり学び、自己主張できる人間になってほしい、そのために何を伝えられているのかという、正直、親としても思い悩む問題をつきつけられながら、その若者たちのまぶしい姿に、感動を覚える、企画でした。
 続いて、姜尚中さんの講演は、その悩みを、どん底まで(苦笑)突き落としてくれます。先日、このブログでも紹介したNHKのワーキングプアの番組にそいながら、若ものたちの困難をつきつけ、その背景にあるグローバリズム、ファシズムの温床となる事態、などについて話を展開していきます。
 そうなんです。歴史認識という問題は、ただたんに歴史をどう見るかという問題だけではなく、若者たちにとっては、未来をどうつかむかという問題と一体なのです。その未来を提示できない歴史認識は、歴史認識たりえないのかもしれません。では、こんな時代に向き合うのはどうしたらいいのか。その結論を姜さんはどう語るのかと思っていました。そしてそれは、交わること、コミュニケーションしかないと。それはそうなんですよね。安易に、未来は描けないです。この時代に、背筋をのばして、正面から向き合う。そのために、多くの人との共同にふみだす。私たちが子どもに伝え、若者とともにとりくみべきことは、そこにしかないのですよね。
Banner_02人気blogランキングへ 励ましのクリックを

 

|

« 靖国合祀、国主導の原案 | トップページ | クラッシュ »

コメント

おやおや、ニアミスだったようですね。私もその場にいました(^^
「木琴」の合唱、素敵でした。あの人数であれだけの声が出せるのはとても立派。合唱も含め、全体の構成に、私も感動しました。

YOUさんは、あちらにお住まいですか...早稲田中学も訪問したことがあります。新興住宅地である一方、田園も残る、落ちついた街ですね(^^

以下、私の参加記です。長くなって申し訳ないですが、お時間のあるときにお目通しください。

****************
研究会参加記

とある研究会に参加した。民間教育研究団体の一つ。この時期、多くの研究会が全国大会を開く。

全国どこでも夏期休業中の教員への締め付けは厳しくなっていて、このような場で手弁当で研究する自由も奪われつつある。だから、のきなみ参加者は減少、運営は難しくなっている。

そうした状況下で、この研究会は工夫した企画を準備していた。10代20代を舞台にあげ、彼らが平和を創りあげる主体にいかに成長してきたか、それを発表したのだ。これまでは、教師のとりくみ中心であったが、今回の主人公は子どもたちだった。すばらしい演出だ。

この地方も、いまや反動の嵐が吹き荒れているが、一昔前までは、教職員の自由な研究が比較的保証されていて、そのときの成果が、いまこうした形で研究成果を表わす力へと転化しているのだろう。自由な研究というのは大切なのだ。


一つだけ気になったこと。
自己主張をするべきだ、というのが、企画のなかでの大きなテーマであった。子どもたち、若者たちは、論じるだけでなく、歌や踊りなどさまざまな手法で、学びあいでえたものを表現していた。自らの権利を正当に主張することの意義と喜び、それを知ることは重要だ。
しかし、私たちは、さまざまな事情で、「自己主張をできない人たち」がいることも忘れてはいけない。
自らのみならず、彼らへの視野も持ち続けていたいと思う。

投稿: antiwarnowar | 2006/07/30 10:04

少し長くなりますが、昨年4月発行の私の個人通信から転載します。

 「東京大空襲60周年のつどい」で、三郷市立早稲田中学3年7組のみなさんによる合唱「木琴」(金井直詩)をききました。道徳の時間を使って学習し、東京大空襲戦災センターで調べ、被災者の橋本代志子さんの話をきき、話し合い、「この歌はそんな軽い気持ちで歌ってはいけないことに気付」いたということです。前日が高校合格発表だったそうですが、「夢をかなえられなかった人」も含めての混声合唱は、次の世代へのバトンタッチを感じさせてくれました。

 この経験を忘れないでほしい、と思ったのでした。

投稿: さくらおばさん | 2006/07/30 11:34

 続きをエントリーしました。読んでみてください。

投稿: YOU→antiwarnowar,さくらおばさん | 2006/07/30 22:38

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/59689/11146592

この記事へのトラックバック一覧です: 若者の学びと葛藤:

« 靖国合祀、国主導の原案 | トップページ | クラッシュ »