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2006/03/31

59年目の教育基本法

Nec_0038Nec_0039 今から59年前の今日、教育基本法が施行された。つまり、今日は、教育基本法の59回目の誕生日というわけだ。そんな今日、全国で、教育基本法改悪反対のとりくみがおこなわれ、私も、昼には、社会文化会館でおこわなれた全教などの学習交流集会(写真左)、夜は、日比谷でおこなわれた全国連絡会の集会にさんかしてきた(写真右)。緊迫した情勢の中でおこなわれた集会だけに、発言もそれぞれよかったです。昼の集会の小森陽一さんの話がとくによかったと思いました。
 私が教育基本法に関心をもつようになったのは、18歳のころでしょうか。私は、小学校の頃は、生意気な子どもだったので(今もって話もありますが…)、担任の教師に殴られてばかりいました。だから、先生というのはあまり身近な存在ではありませんでした。中学や高校時代に、強い影響をうけるだとか、尊敬する先生にであうこともありませんでした。文学にのめりこんで普通じゃない先生だとか、授業をぬけだして藤井寺球場に行くと、そこでであう先生だとかいて、親しみを感じることはありましたが。それでも、母親が養護の先生だったので、先生という仕事を嫌っていたわけではありません。浪人をしていたときに、自分の現在をつくっている日本の教育制度の問題に関心をもち、新聞の教員たちの研究集会(当時の日教組ですね)の記事をよんで、自分が接してきた教師とまったくちがう先生がいることを知って、教育について学んでみたいと思い、志望を教育学部に変えた。そのときが教育基本法との出会いだったでしょうか。憲法にもとづく教育の精神がここにあると。
 だから、単純に教育基本法改悪には強い怒りをもちます。事態は、正念場。人の心を打つような言葉で、私も、小さな、自分にできる運動をすすめたいと思います。

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コメント

同意見。現場にいる教師としてますます自由に研究することや物事を自由に発言する場が少なくなってきました。ここ2・3年だけでも 春・夏の「休み」がなくなり、毎日 学校に行かなければならなくなってきました。教育基本法を変えることは、今の 「教育」を根本的に戦前のような教育に変えていくように思われます。戦前は「天皇」の赤子をつくるため、今日では一部のエリート「人材」育成の教育のため。現場はますます たいへんで 嫌になってきます。歯を食いしばって頑張らなくてはと思いつつ、あきらめも進行しているように思います。

投稿: yasu | 2006/04/01 09:00

 与党の議論の一片ももらさないというように「改正」論議が密室で行われるのは、彼らにも弱さがあるからだと思います。教育現場でおこなわれていることは、彼らとて決してほこれるものではないのでしょう。ここにも、あきらめてはいけない理由があるんだと思います。ほんとに、歯をくいしばってがんばりましょう。

投稿: YOU→yasu | 2006/04/01 22:57

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