« アクセス・カウンターの異常 | トップページ | 感動や笑いが薄っぺらくなっていないか »

2005/12/10

昨日書きたかったこと

 昨日、書きたかったことは何よりも、12月8日だったので「開戦の日」についてです。開戦の日ですが、決して真珠湾だけではなく、広く、東南アジア諸国への本格的侵略のはじまりでもありました。同時に、それまでに、朝鮮半島や中国への侵略と支配の拡大があったこともわすれてはいけません。

 「東京」の社説に、ジョン・レノンのことが書かれていました。その言葉が心に残りました。

 

「愛は真実、真実は愛」「君が願えば、戦争は終わる」と歌うまっすぐなジョンの言葉とメロディーは、ビートルズ世代にはより懐かしく、若い世代には新鮮に、あるいは深刻に心に響くのだろう。

 だが、ヨーコ夫人はかつてこう言った。「いつか世界が本当に平和になり“平和”という言葉がなくなることを望みます。そのためにだれが何をしたかは忘れてもいい」。ジョン自身も「僕らは指導者じゃない。自分で考えて」と語っていた。

 十二月八日。この国がかつて長く悲惨な戦争を始めた日。それぞれの「愛と平和」を静かに自分で考える日に、なればと思う。

|

« アクセス・カウンターの異常 | トップページ | 感動や笑いが薄っぺらくなっていないか »

コメント

はじめまして、
 カッシーニさんのブログからどこかへ飛んでみようかなと思ってこちらへお邪魔しました。

 どういうわけか12月8日という日には「戦争と平和」について何かしら考えさせる契機が含まれてしまう偶然が重なるようですね。

 心ある人々がそれぞれの12月8日を語っているのに出会うと、「ヒロシマ・ナガサキ」の日々や「8・15」も、1年365分の1日だけに閉じ込めてしまわないで、毎日の普通の1日1日が常に平和を巡る大事な日々であるような社会になってほしいと願いますね。

投稿: ナイトトレイン | 2005/12/11 08:19

こんにちは。
あなたはアジアを侵略したと書いてますが、
それは間違った認識ですよ。
中韓以外のアジア諸国が何故日本に感謝してるんでしょうか?
日本は中国以外のアジアの何処の国と戦争しましたか?
日本はもともと中国と戦う気はありませんでした。しかし、中国の通州で260人の邦人が殺されました。こうなるとどんな国でも戦うしかありません。日本はアジアを侵略してた欧米を追い払うために戦ったんですよ。ベトナムの建国記念日には日本の軍歌が歌われます。フィリピンの独立記念日のセレモニーには日本の軍服をきた人がアジアの開放者として出てきます。インドネシアの軍歌は日本軍を褒め称えています。
もしあの時日本が立ち上がらなければ、
アジアアフリカの国々は未だに欧米の植民地だったでしょう。
平和を願うことはいいことです。
しかし間違った認識を持つといけないです。

投稿: 山狐 | 2005/12/12 12:35

 論争をするつもりはありません。ただ、たいへんな認識の違いをなさっれいると思います。ベトナムでは、ことし、日本の侵略の結果餓死した300万人の被害者を祈念する碑が建てられました。日本がマレー半島全体を攻め落としたとき、シンガポールだけでも4~5万人の虐殺があったのです。あの泰緬鉄道の建設の際は、日本の資料でも、4万に以上のアジア人が犠牲になっています。
 たしかに、これらの国々は欧米に支配されていましたから、当初、日本にたいして幻想があったことは事実だと思いますが、そんなものはすぐにくずれさったのではないでしょうか。アジアの教科書にはそのことが少なからず記載されています。

投稿: YOU→山狐 | 2005/12/12 23:57

 そうですね。私たちの生きる時代につながるものとして、歴史を学び直したいと思います。

投稿: YOU→ナイトトレイン | 2005/12/12 23:59

ベトナムで餓死はありましたがそれを侵略と結びつけるのは間違いです。ベトナムでは戦闘はなく一滴の血も流れていません。マライ半島攻略でシンガポールで4~5万の虐殺があったなんて初耳です。何処の資料か教えて頂きたい。マライ半島はマライ系、インド系、華僑の雑居の地であり、当然華僑は英軍と共に日本軍に対して抵抗し、それを殺すのは虐殺ではなく戦闘ですよ。鉄道の建築で犠多くの事実が出たのは事実としても、侵略とは直接関係ないことです。鉄道が出来る事によりアジアが開放されると思ってた人もいたでしょう。アジアの教科書と言っても色々ありますよ。
バングラデッシュやパラオの国旗の由来をしっていますか?
終戦後インドネシアに残り独立のために戦った日本兵をご存知ですか?
日本に対しての幻想がくずされたのなら何で日本を称えたりする必要あるんでしょうか?

投稿: 山狐 | 2005/12/13 04:10

 論争をするつもりはありません。しかも、多忙なため、最低限質問にはお答えするようにしておきます。ベトナムの餓死について、日本軍の徴発によるためというのは歴史研究の現在の見解です。これは、調べていただければすぐわかると思います。ただ、人数については諸説があると思います。
 シンガポールの件については、中島正人『謀殺の航跡─シンガポール華僑虐殺事件』という本が日本では有名ですが、この作戦の指揮をとった辻政信(戦後の国会議員ですよね)の発言なども残されているはずです。シンガポールには犠牲者を慰霊する「血債の塔」というのがあります。
 もちろんインドネシアをはじめとした話は、知っています。「ムルデカ」という映画がありましたよね。見ましたよ。それでも、スカルノがその後に書いているものが残されているのです。ちょっと、引用を紹介する余裕はありませんが、直接、スカルノの回顧録なども調べられたらいいと思います。

投稿: YOU→山狐 | 2005/12/13 23:29

日本軍の徴発だけで餓死がおこるかは疑問です。なぜなら配置されてた日本軍は一個師団つまり2万5千人程です。2万5千人のために300万人が飢え死にするのなら日本兵は食べすぎで太るはずです。制海権は既にアメリカに握られて他に輸送するのも無理です。ちょっと頭を働かせればおかしな話と思いますよ。1944年は北越で台風やら洪水やらで不作だったんです。しかし鉄道は米軍の爆撃により破壊されつくし南越の豊富なお米を輸送できなかったわけです。フランス支配下のインドシナ政府は打つ手がありませんでした。天災や米軍の破壊を無視して全て日本軍のせいにするのはどうかと思いますよ。シンガポールの件については辻正信氏は証言を残してます。しかし貴方が言う5万って数じゃなく5千人と証言してたはずですよ。スカルノの回顧録も読みましたが貴方はごく一部しか読んでないと思います。

投稿: 山狐 | 2005/12/14 13:25

 ていねいなコメントありがとうございます。あまり大ざっぱなコメントではなく、ていねいにお答えする必要があるようですね。ただ、そのための時間的余裕がこちらにはありません。感情的にならず、ていねいに議論されているので、私としても大事な機会にはしたいという気持ちはあるのですが。
 そこで、2、3点だけ、さっと感じることを、お答えしておきます。
 1つは、ベトナムに関してです。たしかに凶作とアメリカ軍の爆撃がその背景にあったことは事実です。ただ、なぜアメリカ軍の爆撃がおこなわれたかは考える必要があるでしょう(がここではこれ以上ふれません)。同時に、現地の研究では、日本が食料を安い価格で強制的に買い付けたということと、日本軍が戦略物資を得るために稲作面積を減らしたことも明らかになっているです(たぶん、ご存じなんでしょう)。つまり、凶作が不可避だったとしても他の原因がなければ、飢餓はずっと軽微ですんだというのです。
 2つは、シンガポールに関してです。被害の数字は、南京大虐殺をみるまでもなく、さまざまな説が存在します。ただ、問題の核心は、加害の事実があったのかどうかです。
 もう1つ言いたいことは、個々の資料で論争するだけではなく、こうした日本軍の侵略(という言葉を認めたくなければ侵攻)の動機として、日本自体がどんな政策をとっていたかの問題です。これは日本国内の大本営や御前会議の決定です。たぶん読まれていると思うので、機会があれば議論もしたいところですね。
 ただ、議論にふみ込むのには、こちらに時間的な余裕がありません。そのあたりはお許し下さい。

投稿: YOU→山狐 | 2005/12/15 00:05

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/59689/7545833

この記事へのトラックバック一覧です: 昨日書きたかったこと:

» ジョン・レノン 25周忌 [ハリウッドセレブ★最新情報]
ジョン・レノンが凶弾に倒れて、今年で25年。ビートルズの中心的なメンバーだったジョンが、 ニューヨークの自宅前で射殺されたのは、1980年の12月8日。このニュースは世界中を駆け 巡 [続きを読む]

受信: 2005/12/10 11:35

« アクセス・カウンターの異常 | トップページ | 感動や笑いが薄っぺらくなっていないか »