感動や笑いが薄っぺらくなっていないか
職場でも、テレビの話をします。最近のお笑いの話だとか。まあ、ついていけているような、いけていないような。もともと、大阪で生まれ育った私は、子どもの頃、花月などによく連れて行ってもらった。中学や高校時代には、上方落語をよく聞きにいった。笑いには、伝統芸能としての一定の形がある。同時に、現代の笑いは、新しい創造性がたっぷりと付け加えられている。見ていて、すごいなあと大笑いしながら見るときもある。
が、いまのテレビはショービジネス化されすぎている。ちょっと考え込んでしまうこともある。たとえば、タレントがいろいろなことにチャレンジする企画。それを見て、笑ったり、感動したりするが、そこで、考え込んでします。いわば、うそっぽさ、薄っぺらさを了解しながら笑ったり、感動したりしてはいないか、ということだ。
それは、最近の映画やドラマにも通じる。泣ける映画、感動する映画は、よく考えればあまりにも作られすぎている。そのうそっぽさを了解しながら、感動する。
本当は、感動も笑いも、感情の裏には、いろいろな思考がある。想像がある。それが、ちょっと薄れていないか。そんなに難しく考えなくてもとは思うが、でも、そんなことを問いかけたくなるんだけど。
« 昨日書きたかったこと | トップページ | 久々の買い物と外食 »
「文化・芸術」カテゴリの記事
- 在日文学の普遍性、刻みつけ 大阪で「金石範生誕100年記念シンポ」(2025.12.23)
- 遺骨はある 海底炭鉱で待つ183人(2025.10.06)
- 記録をひらく 記憶をつむぐ(2025.09.23)
- なぜ学生にもスキマバイトが広がったのか…背景にブラックバイト「泣いている学生はたくさん」と大内裕和氏 「黒川の女たち」(2025.07.28)
- 「風の声」「ドキュメント 医療限界社会 追いつめられた病院で」(2025.06.04)
「日記」カテゴリの記事
- 自民圧勝を後押し ネット動画(2026.02.14)
- (考論 長谷部×杉田+加藤陽子)「歴史的圧勝」の意味(2026.02.13)
- 「不法滞在ゼロ」 外国人排除で済まない問題 児玉晃一弁護士に聞く(2026.02.11)
- 国論二分する政策「訴えたつもり」 公約実現に意欲 高市総裁が会見(2026.02.09)
- 『あなたを忘れない 朝鮮からの満州移民』 前衛3月号ができています(2026.02.08)


コメント