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2005/12/06

小泉首相と武部幹事長の憲法観

 「朝日」が社説で、「小泉外交 対話の扉が閉じていく」という論評をしている。そもそも、「思想、良心の自由は憲法で保障されている。それ(参拝)がどうしていけないのか、わたしは理解できない」――こう言って小泉首相は靖国参拝を合理化し、中国・韓国を批判している。しかし、憲法は、もともと国民の自由を規定しているのであって、その自由を侵すことを、国家に禁じているものだ。決して、国家がその自由をもっているわけではない。小泉首相は、19条のみならず、政教分離の原則をふくめ、国民の権利を擁護する責務がある。明らかに、小泉首相は、憲法観が逆転している。同時に、前文にものべられこその憲法の根本にある侵略戦争への反省という立場をふみにじることは許されない。対話を閉ざす小泉外交の根底には、こういうあやまった憲法観があることをよく見る必要がある。

 そんなことを言っていると、武部幹事長が、水戸でのパーティーで(まだパーティやってんの政治資金のあり方としても懲りないなあ)、「日本は天皇中心の国だ。中心がしっかりしているのと同時に、中心を皆で支えていく国柄だ」と述べたという。思わず、森さんを思い出してしまうけど、いずれにしろ、国民主権の現憲法の立場とはかなりかけ離れた発言としか言いようがない。政権中枢の憲法観とはこんなものか。

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コメント

武部さんの発言、ビックリです。本当にそう思っているのかな?? いずれにしても、憲法に対する基本的な認識も、民主主義に対する基本的な認識も、あまりにも幼稚だなと思いました。これでよく、「自由」と「民主」を名乗れるものですね。

日本は立憲君主制ですから、天皇が中心というのは正しいですよ。

 憲法学の世界の主流の解釈では、日本は立憲君主制には分類されません。天皇には憲法上、政治的権能がないからです。あくまでも「国民の総意にもとづく象徴」つまり、シンボルにすぎません。日本は、国民主権の国家であり、天皇が中心というのは、憲法上は正しい言い方ではありません。一度、最近の憲法の教科書を読まれればいいと思います。

 この間の憲法の問題を通じて、ある程度ですが、憲法観ということが国民的な認識として、少しですが広がったことはよかったと思います。
 憲法とは、国家を縛るものだといういわゆる立憲主義の考え方を少なくない人が口にするようになった。このことのもつ意義は大きいなあと、いろんな場で思いますね。

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