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2005/11/28

「特攻」についてどう考えるべきか

 sayaさんという方から、私の「男たちの大和」への感想について、コメントをいただきました。まったく違う立場の方からのコメントですが、感謝申し上げます。

 さて、sayaさんの意見は、私が日教組史観に立っているという点と、「太平洋戦争は無謀な戦争、作戦・戦術的な面ではその通りですが、『ならば、当時の日本には、他にどんな道があったのか。』」という点です。
 日教組史観ということについて、全面的な反論をするだけのゆとりもないので、3つぐらい、私が特攻を考えるうえで、大事だと思うことを述べておきます。

 この「他にどんな道があったか」という問いかけには、「アジア太平洋戦争は避けられない戦争だった」という意味を込められているのでしょうか、それとも、「あの戦争の終盤では特攻以外の戦術はなかった」という意味でしょうか。前者ならば、日本の戦争の拡大にかかわっての、ていねいな史実の分析が必要です。これも膨大な議論になってしまいますので、ここでは1言、アメリカの対日石油輸出禁止など、対日制裁の措置前には必ず、日本の戦争の拡大という事実があります。明らかに当時の軍部は、戦争を拡大しても、アメリカなどは、折れてくれるという願望に近い、楽観的な情勢の読み違いがあったことは事実だと思います。
 さて後者はどうでしょうか。私は、「特攻」という戦術は、許されべきではない戦術だと思います。考えればわかりますが、特攻は、若い将兵たちが自発的に考えたものではありません。海軍のお偉いさん方が(決定は、実は陸軍のほうが早い)決め、将兵に強要した作戦です。決して、生還することもなく、実際にはその効果のほども疑わしい死を強いたわけです。私は、この死を強要する決定をした人たちの責任を決して免罪してはならないと思います。

 日本の戦争を考えたとき、アジアへの加害の問題は重要な視点です。同時に、当時に、日本の兵士や国民に、この戦争は何を強いたのか、そして、その問題について、戦後、どんな反省がなされ、またなされなかったのかということを真剣に考えるべきではないでしょうか。
 日本の戦争で死んだ将兵は240万と言われます。その5から6割が餓死だったことは周知の事実です。同時に、240万の約半数は、遺骨すら日本に帰ってきていないのです。現在でも収集が可能な遺骨は60万体あると言われています。それを放置し続けているのです。多くは、南方の熱帯の気候の中で、マラリアに苦しみ、そして飢えに苦しんだ……。

 こうした将兵の死を強いたものが何であったのかは、決して曖昧にしてはなりません。その責任を明確にしていく努力をしてこそ、歴史の「教訓」を私たちは手にすることができるのではないでしょうか。単純に「純粋さ」に共感するだけではなく、その背景にあったものが何であったのかをみつめていくことこそ、彼らの死から私たちが学ぶべきことなんだと思います。

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