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2005年11月

2005/11/30

政府系金融機関「改革」への疑問

 今日の新聞を賑わしていたのは、やはり姉歯問題(偽造問題)、それから政府系金融機関を1つに統合する問題だ。新聞の社説は、1つにするだけでなく改革の中身まで踏み込めと主張している。しかし、ちょっとまてよ、だ。そもそも政策金融とは、政策目的に沿い民間を補完する形で投融資をおこなうことを目的としている。金融市場の機能が高まったといっても、とくに国民金融公庫や商工中金がその対象としてきた中小企業はどうなるのだろうか。金融不安が広がったとき、民間の貸し渋りを補完し続けたことは記憶に新しい。政策金融というのならば、その政策の中身そのものがはたして、どれだけ検討されたのだろうか。ましてや、中小企業は企業数では日本の9割をしめる、日本の産業の生命線でもある。

 郵政民営化といい、今度も問題といい、小泉首相はとになく形だけでもお金を民間に「場」に移したいようである。それがはたして経済的にどんな効果を生むというのだろうか。一方で、政府の資産問題にしろ、三位一体にしろ、案外、まろやかなペースであるとも言える。つまり、お金の「場」の問題に小泉首相はこだわり、案外、その他の問題では、官・政と財(大企業)は、それなりのすりあわせですすめているようにも見える。

 はたして、ここからはどんな経済政策が見えるのだろうか。お金を民間に移すことの効果については、私はあまり、意味を感じないが、そこからは、中小企業や国民生活は確実に切り捨てられる。大企業の都合だけを優先する政策はつづく。大企業と政・官の癒着はここからもかいま見えるのではないのか。

土曜日の事件

 土曜日の仕事からの帰り、電車に携帯電話を忘れるという大失態を犯してしまいました。ちょっと、ウトウトしてしまったんですね。
 途中、乗換駅で電車を乗り換えて、それで、ぽかぽかさんに、日曜日にバザーに参加できなくなったことをメールしなきゃと思って携帯を探すと、ないない! そういえば、さっき、座席に座ったとき鞄から携帯をポケットに移し替えて……。とすぐに気がついて、途中駅におりて駅員さんに相談すると、その列車はまだ終着駅に到着する前で、無事、終着駅で回収。すぐに、取りに行きました。よかったよかった。これはぽかぽかさんに感謝です。

米軍再編―日米「秘密交渉」で何があったか

4061498185 講談社現代新書から出された『米軍再編―日米「秘密交渉」で何があったか』という本を読みました。共同新聞政治部の方が書かれた本です。米軍再編をめぐる日米の交渉の過程を丹念に追いかけ、整理をしていて、この問題の全容がそれなりによく分かるように書かれています。

 最近の大手新聞社の政治部の方の書かれているものを読むと、精力的な取材によるおもしろさは感じますが、歴史的な視野が弱く、ものごとの本質に迫る批判力に欠けるという印象をどうしてももってしまいます。この本にも、それはそれで、同様の物足りなさを感じてはしまいます。

 が、正直、新聞では充分書かれていないような、この問題が出発点からのアメリカによる日米同盟の強化、基地機能の強化にそのねらいがあることはよく分かります。アメリカの基地再編の要求の最大のポイントが座間へのUEXの配備という、機動的な軍の司令部の配備にあることなども。

 著者は、明確な国家ビジョンをもたない日本政府は、アメリカの要求に場当たり的に対応するだけ(つまり結果的は付き従うだけ)であるとのべています。著者の言うとおり、在日米軍基地は60年前の占領の残滓にほかなりません。であるならば、もう一度、この基地の存在する意味をその本質まで深めて考え直すときではないのでしょうか。そんなことを考えながら読んだ1冊でした。

2005/11/29

白バラの祈り

main 映画の報道試写で、「白バラの祈り ゾフィー・ショル、最期の日々」を見てきました。ものすごい面白い映画でした。来年2月ごろから日比谷シャンテシネのほか全国順次公開になるそうです。これは必見の映画です。

 白バラというのは、言うまでもなく、ドイツの反ナチの運動のことです。ハンス・ショル、ゾフィー・ショルの兄妹のことは、私も、本で読んだことはありました。この映画は、90年代まで、東ドイツに眠っていた取調調書などをもとに、ミュンヘン大学での反ナチのビラまきによる逮捕から処刑までの5日間を描いたものです。ゲシュタポの捜査官とのやりとり、人民裁判、そして処刑までに時間。史実に忠実に描かれていると言われています。

 見ていて、正直、日本との違いに愕然としてしまいます。どうしてこんなに違うのでしょうか。
 たぶん、ソフィーはどこにでもいる普通の女の子です。映画は、ビリーホリデイの音楽を聞くシーンからはじまります。そういった主人公が、反ナチ運動に加わっていることそのものが、当時に日本とはだいぶ条件がちがいます。
 戦後の彼女たちの語れら方も違います。ドイツには現在、たくさんの白バラ運動を記念・顕彰する施設や場所が存在します。ほとんどのドイツ人が彼女たちのことを知っています。が、日本で、当時、戦争に反対したり、天皇制を批判した人たちのことは、戦後、ほとんど知られていません。

 戦後60年。ドイツでは、現在も、正面から、ナチへの抵抗を描く映画がつくられています。先日、「男たちの大和」を見ましたが、日本で語られるのかこのようなものなのはなぜなのでしょうか。
 考えてみれば、戦前の日本で、戦争に反対し、民主主義を求めた人を描いた映画なんて、山本薩夫監督の「武器なきたたかい」(山本宣治)と、今井正監督の「小林多喜二」など共産党員やその周辺の人の話ぐらいではないでしょうか。でも、もっと、よく考えてみると、これらの作品ももとになるような西口克己や手塚英孝のような原作や、それをささえる歴史研究があったかたです。無名の人々のたたかいそのものの研究などは充分ではないようにも思えます。つまり、ただ映画という問題ではなく、もっと、文化そのもの、社会そのもののありようにもかかわる問題だとも言えます。

 私たちが歴史を問い直す作業をしっかりとすすめること。くり返しますが、そういうことが課せられているとこの映画を見ても思いました。

座間基地、再投稿

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 先日、座間基地について投稿したものが、ちょっとしたトラブルで不完全でした。再度、投稿したので読んでみてください。

2005/11/28

「特攻」についてどう考えるべきか

 sayaさんという方から、私の「男たちの大和」への感想について、コメントをいただきました。まったく違う立場の方からのコメントですが、感謝申し上げます。

 さて、sayaさんの意見は、私が日教組史観に立っているという点と、「太平洋戦争は無謀な戦争、作戦・戦術的な面ではその通りですが、『ならば、当時の日本には、他にどんな道があったのか。』」という点です。
 日教組史観ということについて、全面的な反論をするだけのゆとりもないので、3つぐらい、私が特攻を考えるうえで、大事だと思うことを述べておきます。

 この「他にどんな道があったか」という問いかけには、「アジア太平洋戦争は避けられない戦争だった」という意味を込められているのでしょうか、それとも、「あの戦争の終盤では特攻以外の戦術はなかった」という意味でしょうか。前者ならば、日本の戦争の拡大にかかわっての、ていねいな史実の分析が必要です。これも膨大な議論になってしまいますので、ここでは1言、アメリカの対日石油輸出禁止など、対日制裁の措置前には必ず、日本の戦争の拡大という事実があります。明らかに当時の軍部は、戦争を拡大しても、アメリカなどは、折れてくれるという願望に近い、楽観的な情勢の読み違いがあったことは事実だと思います。
 さて後者はどうでしょうか。私は、「特攻」という戦術は、許されべきではない戦術だと思います。考えればわかりますが、特攻は、若い将兵たちが自発的に考えたものではありません。海軍のお偉いさん方が(決定は、実は陸軍のほうが早い)決め、将兵に強要した作戦です。決して、生還することもなく、実際にはその効果のほども疑わしい死を強いたわけです。私は、この死を強要する決定をした人たちの責任を決して免罪してはならないと思います。

 日本の戦争を考えたとき、アジアへの加害の問題は重要な視点です。同時に、当時に、日本の兵士や国民に、この戦争は何を強いたのか、そして、その問題について、戦後、どんな反省がなされ、またなされなかったのかということを真剣に考えるべきではないでしょうか。
 日本の戦争で死んだ将兵は240万と言われます。その5から6割が餓死だったことは周知の事実です。同時に、240万の約半数は、遺骨すら日本に帰ってきていないのです。現在でも収集が可能な遺骨は60万体あると言われています。それを放置し続けているのです。多くは、南方の熱帯の気候の中で、マラリアに苦しみ、そして飢えに苦しんだ……。

 こうした将兵の死を強いたものが何であったのかは、決して曖昧にしてはなりません。その責任を明確にしていく努力をしてこそ、歴史の「教訓」を私たちは手にすることができるのではないでしょうか。単純に「純粋さ」に共感するだけではなく、その背景にあったものが何であったのかをみつめていくことこそ、彼らの死から私たちが学ぶべきことなんだと思います。

2005/11/27

9条の会シンポジウム

NEC_0034 午後からは、東京であった、9条の会のシンポジウムに移動しました。自民党の改憲案の検討を内容とするもです。加藤周一さんが、なぜ、自分が9条改憲に反対するのかという思いをのべ、そのためにも専門家の意見を学べなければならないというおはなしのあと、奥平康弘先生と、山内敏弘先生の講演。奥平さんは、分担で9条をはずしての話。ほんとうは奥平さんの9条論をたっぷり聞けるかと思っていたのですが。山内先生は先生の持ち味充分の9条論、おもしろかったです。

 でも、長い講演より、短時間の質疑応答やお2人のかけ合いの方がもっと面白かったです。
 内容を、しっかり報告したいのですが、ちょっとその気力は今日はありません。

横須賀基地

 今日は横須賀基地の近くまで朝早く起きて行ってきました。現地までたっぷり2時間はかかります。電車で、近所に住む平和運動をやっている方に偶然会い、電車のなかで、朝霞基地でのヤマザクラという日米の合同指揮所訓練のビデオなども見せてもらいながら、行きました。横須賀は、米原子力空母の母港にされようとしています。もともと30年前、米空母の母港になったときも、短期間の措置という説明でした、がそれが原子力空母の恒久的な母港化という方向です。さすがの中田横浜市長もこれには反対の意思表明です。

 さて、横須賀では、米軍再編に関するシンポジウムに参加してきました。座間にくる米陸軍第一軍団司令部、そして、そこに陸自の中央即応集団の配備などのねらいなど、貴重な話を聞くことができました。

2005/11/26

座間基地

 今日は、午前中に若ものの集会、午後から、基地再編で、米陸軍第一軍団司令部が移設されるという予定となっている座間でおこなわれた集会にいってきました。1万に以上が集まる活気ある集会でした。

  先日の日米安全保障協議委員会の報告で、この第一軍団司令部が移設されるとされていますが、この第一軍団司令部とはどういうものか。陸軍と言えば、敵国と向き合って、攻撃を抑止するというイメージがありますが、現在、アメリカの「改革」のなかで、陸軍も緊急即応軍として、急速に変貌しています。「ストライカー旅団」というものがつくられているのですが、そういった緊急即応部隊を前線で司令するUEXといわれる機能をはたすのが、この司令部なのです。そして隣接する相模原には自衛隊の中央即応集団がやってくるのです。これを日本版UEXにしようと言うことにほかなりません。

 集会のあと、座間基地のまわりを少し歩いてみました。外がわに張り出した金網が、基地の特徴です。座間基地も広大な敷地を持っていますが、この基地の存在は何とも言い難い威圧感があります。とくにここは周辺に、相模原や厚木などの基地があるだけのなおさらです。基地の問題は、その基地の直面している人でないとなかなか実感できないですという面があることを痛感させられます。
 しかし、今はそんなことを行っているわけにはいきません。重大な基地強化が押しすすめられようとしているわけですし、同時に、先の「報告」では、全国の港湾や空港の米軍による使用などにも言及されているのです。

 この米軍基地再編問題、自衛隊とのいっそうの一体化がすすむ問題を、全国的な課題として考えなければなりません。

ふー

 とりあえず、印刷工場で、なんとか本体を下版して、残すはグラビアのすりだし点検のみ。1冊終わると、もうくたくたです。今月も疲れたー。でも、来月は12月だから、工程も早いし、息つく暇はないんだよなあ。あすは、朝から取材です。

 ほんとうは、今夜も取材予定があったんだけど、工場の作業が時間がかなったのと、疲れてへとへとで、それはあきらめて、夜は、地域の子ども関係の会議に、最後だけ顔を出す。そんでもって、1時間半ほど、飲みに行って。まあ、疲れている私に配慮して頂いて、貴重なリフレッシュの時間です。もつべきものは友人です。まつぼっくりさん、腰が悪いのにつくあってくれてありがとう。明日(今日だ)も、お互い、仕事に頑張りましょう(笑顔もしくは苦笑)。

2005/11/25

今夜も……

 今月も仕事の山場を超えたはずだったのですが。今日も、帰宅はおよそ12時です。
 腰も痛いのにねえ、よく頑張りますねえ。
 今日は、なんとつれ合いも、学校で遅めの帰宅で、駅でいっしょに。んなわけで、二男くんは、寂しい夜だったのかなあ(かわいそう!)。でも、まあ父はちゃんと、ご飯つくっていったしね。

2005/11/24

落ち込んでいます

 腰のぐあいは相変わらずそんな良くはありません。でも、仲間がいて、励まされています(笑い)。
 つれ合いは、長男のところにいって、今日(昨日です)帰ってきました。二男は、1人で映画を見に行っていました。もちろんガンダムZです。私は、1人ぼーっとしていました。仕事も手がつかず。でも、ご飯はつくらなくてはいけないので、今日は、昆布だしで湯豆腐をつくりました。馬路村のゆずぽんもありますし。あと、タラのムニエルと、なすのみそ炒めなどです。

 ちょっと、落ち込んでいます。まあ理由なんてないんですけどね。自分の思考も停滞しているし、そんなときはとくに、自分の存在感のなさを感じてしまいます。まあ家では存在感ないしねえ(爆笑)。

2005/11/23

満州と自民党

4106101424 1940年前後に日本でつくられた、統制経済が、戦後に日本社会の形成のベースになっているという議論がある。おおざっぱにいって著者も、この立場に立つ。本書は、とくにその戦前からの連続性を考えるさいの満州人脈の存在に光をあてる。たくさんの人物がでてきて、結構、軽くよめるおもしろい1冊になっている。なお、著者には、満鉄の調査部に光をあてた『満鉄調査部』などの著作もある。

 さて、この連続性をどう考えるか。なかなか論争にもなっているおもしろい問題でもある。たとえば先日紹介した『財界とは何か』などは、むしろ、財界は、戦前の反省から、統制からの自立を志向したという立場に経っている。

 実際は、どちらもあたっているのだと思う。あるときは、自立を志向し、必要なときは、官の積極的な活用を財界は志向する。ポイントとなるところで、統制の遺産を活用しながら、より財界本位の政治体制をめざしたのが財界なんではなのだろうか。など、この本を読みながら、いろいろ考える。

 ただ、こと政治の面では、連続性は色濃く存在する。同時に、この本には、焦点が当たっていない、戦前の軍部からの連続性はもっと研究されていいのではないのか。そのあたりの立体的なからみもふくめ、もっと日本の戦後史の見直しはすすめられるべきだと思った。

戦争の時代と社会

025957610000 サブタイトルに「日露戦争の現代」とあります。今年は戦後六〇年であると同時に日露戦争終結一〇〇年にあたる。本書は、それを記念し、ある大学でおこなわれたシンポジウムをベースに編まれている。政治的な立場を異にする人が、さまざまな立場から発言している論集です。日露戦争をベースに、戦争に向かう社会の変化などを、現代の日本の戦争と重ね合わせながら問うユニークな一冊になっている。私の良く知る方も著者になっていて、いろいろ、意見の違いなどもあるのですが……。
 私が受けとめた感想は、次の点です。日露戦争は、日本の「防衛」を口実に、そして、日本を盟主としたアジアの欧米からの解放を「目標」におこなわれた戦争であったと言えます。では、それは、いま歴史の事実にもとづいて、しっかりと総括されたのだろうが。「国益」の名で中東に軍隊を送り、憲法を変えようとする日本が歴史から学ぶべき点は多いと思います。

2005/11/22

仕事の山場は続く

 腰が痛いというのに、仕事が山のようにたまっています。結局、今帰ってきました。つれ合いは、長男の様子を見に、長野に足をのばしています。二男は、期末テストが終わり、ホッとして? 寝ていました! だいぶ寂しい夜です。疲れたぁ!!!

2005/11/21

こ、こしが……

 実は、昨日、夕食の準備をしていたとき、腰にビリビリと痛みが……。軽めのぎっくり腰とでしょうか。昨日は、それで早めに寝たのですが。今日、朝、目がさめたときも痛みはひいてはいませんでした。ただ、歩けないというような状態ではなく、慎重に動きはとれるという感じ。どうしても、休めないこともあり、とりあえず、午後から職場に。一日中冷や汗の一日でした。

2005/11/20

高橋尚子、宮里藍……

 正直、すごいなあと思います。あれだけ注目をされていて、同時に、いろんな条件があって、それでも力を出し切って、勝つんだもの。もちろんQちゃんやあいちゃんだけではなく、加藤選手という男性もいます(笑い)。
 精神力、それはもちろんです。でも、能力を伸ばし、その力を発揮できるような日常的な訓練があるんだものね。そしてそれをささえる節制。

 だめですね。私は。なんて言ってしまうのも恥ずかしい。Qちゃんは、勝った後、人生訓をのたまわっていたけど、それはそれで説得力があるんだもの。やっぱ、もっとがんばんないとね、僕らも。

トモダチニナルタメニ

4-406-03206-1L 帯には「フツーの日本の若者が戦争しか知らない子どもたちに出会って――」とある。本当に、普通の若者の、たんなるアフガニスタン・リポートでない体験記だ。ちなみに出版社のHPには以下の紹介がある。

 大学を卒業してすぐの若者が、ひょんなことから米軍の報復攻撃を受けたアフガニスタンへ。死と喪失が当たり前の国で出会った子どもたちの笑顔に、自分自身と日本という国を見つめ直させられた。アフガニスタンを支援しつつ、人間が大切にされる社会へ、地域で表現活動にとりくむ生き方を語る。

 普通の人間より、少し、若ものと長く接し、若ものを対象に仕事をしている人間にとって、最近の若ものバッシングはどうも納得はできない。若ものたちのあいだには大江健三郎が「新しい人」と読んだような若ものたちが確実に生まれている。あえて少し変わったこんな本をつくった編集者の気持ちが伝わってくる。

 若ものは、なんとまじめ、そして勇気あることか。と思うことが少なくない。この本の主人公のような若ものは、私のまわりにもたくさんいる。生きづらく、そして、命の問題を正面から問われるような現実を前にして、正直、少なくない若ものたちは誠実である。いつも勇気があるなあ感心してしまう。それは、自分のどうしょうもない息子を見ていてもそう思うことがあるのだ。勇気の発揮できない、私たち大人にとっては、切ない1冊である。

 アフガニスタンの状態が厳しい。よんでいて、思わず「亀も空を飛ぶ」というイラクの映画を思い出し、凍りついてしまう。でも、人間として大切にされない社会に生きている私たちにはしなければいけないことはたくさんある。

 アフガニスタンでの経験をとおして、この若ものがたどりついた生きる意味がしゃれている。そう「トモダチニナルタメニ」である。

虐待対策の後退への懸念

 今日(昨日です!)の夕刊に、市民団体の調査で、三位一体の改革による税源移譲で、児童相談所長の56%が、子どもの虐待対策について「後退の恐れ」があると答えているといいます。これは全国知事会など地方6団体が子どもの虐待対策などの補助金を廃止し、財源の地方への移譲を国に求めているのですが、これに対し、現場の専門家から、疑問の声が広がっているのです。

 しかも、虐待を受けた子らが入所する児童施設の人件費や子どもの生活費が含まれる措置費が移譲されることについては、8割以上が「自治体ごとに格差が生じる恐れがある」との懸念を表明しています。教育費の国家負担問題にしろ、ほんとうに地方の声とは何か、教育や福祉の面で、国の役割とは何か、よくよく考える必要があると思います。

2005/11/19

広がる米軍再編反対の声

 18日には、座間市で、当局が中心となった基地強化への抗議集会がおこなわれました。座間市長は「(中間報告は)基地の機能強化そのもの、大強化であり、絶対に認めるわけにはいかない」と。集会でも「中間報告の撤回を求め、強く抗議する」という決議を採択しています。

 今回の米軍再編で、基地が強化される自治体では、自治体ぐるみの反対運動が急速に広がっています。文字どおり保革を超えての運動になっているのが特徴です。しかも、もともと、これらの基地がつくられたさい、いずれの自治体でも、協定や覚え書きが交わされているのです。それは、基地は暫定的には認めるが、いずれは負担を軽減するという内容です。こんどの中間報告には、基地を事実上永久化するような記述があるのです。

 郵政を争点として一本化して大勝した小泉内閣。その直後から、このような争点にしなかった大問題で国民に対峙することになっています。この問題は、小泉内閣にとっても大きな弱点になりそうです。

「韓国への挑戦」と

 18日に日韓首脳会談が開催された。ノ・ムヒョン大統領は、小泉首相の靖国参拝について、「韓国に対する挑戦」「日本が過去に戻ろうとしているとの懸念がある。韓国国民は決して受け入れることができない」と厳しく批判しました。

 共同通信によると、小泉純一郎首相は19日夕、韓国釜山で内外記者会見を行い、首相の靖国神社参拝で悪化している中韓両国との関係について『たとえ一つの問題で意見の相違があっても全体の友好関係を損なわないことが必要だ。中長期的に関係を悪化させない努力をしなければならない』と、大局的見地に立って関係修復に取り組む重要性を強調した」ということですが、この問題が戦後の国際政治の原点にもかかわる問題だと言うことについて、理解がないようですね。

第一回目の忘年会

 今日は、団地のちょっとしたつながりの忘年会がありました。もっとも、私は、仕事が終わらず、結局、最後の30分、あわただしく参加ということになってしまいました。まだ、11月。でも、もう年末なんですよね。雑誌には、年間総目次というものがあります。私のかかわる雑誌は、毎年、次の年の1月号にこれを掲載しているのですが、実際に、年間総目次をつくってみて、今年もよく働いたなあというのが実感です。ほんとに。

日米同盟の行方(Ⅰ)

 予告したとおり、この問題を、いくつかの点で考えてみたいと思います。だって、すごいですよ、日米安全保障協議委員会の中間報告なるもの。――もちろん、先の日米首脳会議後の記者会見の小泉さんの発言もすごいし、韓国でのAPECをきっかけに実現した日韓首脳会議での小泉さんの発言や、記者会見での日中関係に言及した発言なんてすごいとしか言いようがない。とにかく、主観と願望と、一方的な自己主張です。

 たぶん、世界観的には、こういった一連の日本の外交的態度と、この中間報告は同一線上にあると言っていいと思います。原文は、日経をはじめいくつかの新聞では全文掲載されています(厳密には英文とは若干の違いがあったりします)。よく見てみると、中間報告ではなく、「日米同盟…未来のための変革と再編」という文書なんですよね。ローレス米国防副次官は、「日米両政府が見いだした原則に関する合意」とまで言っています。つまり、安保条約の再々定義とも言えるものなのです。

 しかし、冷静に考えてみましょう。日米でどんな合意をしようが、アメリカの戦略に変更がないことは、だれが考えてもわかります。つまり、この「合意」というのは、日本の「対米誓約」ということではないでしょうか。小泉首相自身「実現できるように政府一体となって最大限努力」と言っているのですから。
 アメリカに付き従い、日本はどこまできたと言えるのか。次に見ていきたいと思います。(つづく)

2005/11/18

震度5強で倒壊だって!

 まあ、驚くべきニュースが続く。千葉の建築士が、耐震計算を偽造し、震度5強の地震でも倒壊の恐れのあるマンションなどがつくられていたという。その理由は、コスト削減の圧力だともいう。

 少し、考えれば、この建築士に依頼した建築事務所や、発注元、さらには建設した業者がそういった不正に気づかないはずがない。ならば、程度の差こそあれ、こういったことは、一般的に広がっているのかという疑いを持たざるをえない。同時に、このような極端な例も、複合的な企業の犯罪ではないのか?ということ。

 昨日の談合といい、企業の不祥事、つまり、「民」の犯罪がつづく。住宅建設に関わっては、明らかに、90年代後半の規制緩和がこの背景にあることは否定できないだろう。住宅という公共的な分野に、ただ「民」ということがめざされたらどうなるのか。

 「官から民へ」が今の「改革」のスローガンだ。そう変化するとは正直思えないが、しかし、そろそろこの熱病からさめた方がいい。この事実からくむべき教訓はたくさんあるんじゃないのか。

成田空港談合

電機メーカーを一斉捜索 成田空港設備工事談合で(共同)

 旧「新東京国際空港公団」(現・成田国際空港会社)が発注した成田空港電機設備工事で談合があった疑いが強まり、東京地検特捜部は17日、競売入札妨害容疑で三菱電機(東京都千代田区)、富士電機システムズ(品川区)、東芝(港区)など電機メーカーを一斉に家宅捜索した。

 「関係者の話によると、談合があった疑いが持たれているのは、2003年11月7日に実施された成田空港の『南部貨物上屋第2期受変電設備工事』の指名競争入札」だという。2003年といえば、小泉「改革」なるもののまっただ中。しかも、名だたる電機大メーカーによる談合である。経済界が、求める「改革」の正体がわかるというものだ。大企業は、自分たちの利益や既得権を簡単には手放さないということを直視すべきだと思う。

2005/11/17

日本経団連っていったい

mag_cover R25という無料雑誌をごぞんじだろうか首都圏で配布されている、25歳前後をターゲットとしたフリーペーパーだ。
 その今週号で「日本経団連っていったい何をしているところなの?」という記事を載せている。まあ、「『企業の付加価値・創造力の向上を目指し、日本経済および世界経済の発展に、民間レベルで寄与しよう』というものだ」と、当たり障りのないことを述べている。
 ただ、そこで、経団連の事業費内訳ランキングというものを掲載している。その一位は、「政策検討推進活動費」なるもので、2004年で言えば、事業費総額27億円のうち、18億をつかっている。以下に、日本の政策決定に、財界の総力をつくしてかかわっているのかの財政的な面の証左とも言える。しかも、これは、政治献金などとは違う、政策立案など政策活動に使われている金だ。あらためて、その規模にあらわれている、財界の活動について考えさせられた。

なんだか忙しいッス!

 今日も、帰宅は11時過ぎ。本当は、今夜は映画を見ようと思ってDVDを借りてあったんだけど、さすがにもうその気にはなれません。なんか、忙しいですね。やはり、臨時増刊号があり、その直後に、通常の仕事。インタビュー、対談と。おまけに、来月12月は、年末に社会的な休みがはいるため、日程がぐっと繰り上がるのです。そのための、仕事の手だてがたくさん入ってきていて、目が回る状態になっている……。そのための取材が、今週からら来週にかけて、目白押しです。うーん。

 昨日は、実は健康診断があって、体重が以上に急激に増えていて、要注意! 明日は、胃の検査です。いやだなあ。

世界のなかの日米同盟だって!

 昨日の日米首脳会談後の小泉の言葉。そんなことだれものぞんじゃいないぞ。世界のなかの日米同盟って、いじめっ子のきらわれもの同盟じゃないかなって言いたくなる。でも、そんな冗談を言ってられない事態だ。先日の日米安全保障協議委員会の中間報告を読んでも、明らかに、日米同盟は新しい段階に入ろうとしている。日米共同宣言(安保再定義)から、10年の来年、この最終報告で、日米同盟は、まったく新しい姿に変わろうとしているではないのか。だれもそんな政治選択などしていない。この前の選挙でも、郵政が争点だと言っていたではないか。なのに、かってに、日本の外交は大きな舵をとられつつある。そこを直視した方がいい。この問題は、今後、しかりエントリーしていきたいテーマ。

自民党の50年と沖縄の基地

 15日で自民党は結党50年だった。自民党も近代的な政党政治になってきたという評価もあるが、本当にそうだろうか。いまの自民党に現れているのは、むしろ政党政治の危機ではないのか。小選挙区による政党指導部への権力の集中は、むしろトップダウンによる一方的決定という民主政治とは縁遠い様相を呈している。そもそも、利益誘導というゆがんだ形ではあったが地域などとも結びついていた自民党政治が、小選挙区制によってそれを裁ち切り、一方で、政党助成金という麻薬によって、国民とのむすびつきの回路そのものを失いつつあるのではないか。ごく一部の、アメリカや財界の意向にのみそう政党に純化したようにしか思えない。

 それを端的にあらわしているのが、沖縄だ。沖縄タイムズが、日米安全保障協議委員会の中間報告について、世論調査を発表している。「普天間飛行場の名護市キャンプ・シュワブ沿岸部への移設に県民の『72%が反対』し、『84%がハワイやグアムなど米国への移設』を望んでいることが分かった」「本島中南部の米軍基地を大幅に返還し、北部へ集約するなど政府の取り組みについても72%が『評価していない』としており、政府に対する県民の反発をあらためて浮き彫りにした」とのこと。この県民の世論にも背を向けようと言うのが自民党政治の到達点である。

2005/11/16

麻生外相の訪韓

 先日、麻生外相が韓国を訪問したときのことです。新聞に「麻生外相は14日、韓国・釜山で、2001年1月にJR新大久保駅で日本人男性を助けようとして亡くなった韓国人留学生、李秀賢(イ・スヒョン)さん(当時26歳)の慰霊碑を参拝し、献花した」(読売新聞)との記事が載っていました。

 新大久保駅での事件は、記憶に鮮明に残っています。もうあれから5年近く経とうとしているのですね。麻生さんが、李さんの慰霊碑を参拝したことそのものは大事なことだと思います。

 でも、どうしても感じてしまうのは、ときの外相が相手国を訪問したさい、それも戦後60年の節目の年、どうして、たとえば、抗日闘争の記念館や記念施設を訪問しないのだろうかということです。
 おりしも、韓国では、歴史の見直しが大きな規模ですすめられています。たとえば、東学の反乱なども、あらためて独立のためのたたかいの原点として、その歴史が見直され、その顕彰もすすんでいるということを聞きます。この東学の歴史と日本の植民地支配も、きっては切り離せないもので、朝鮮でも日本による激しい弾圧につながっていきます。こうした歴史に無関心でいいのだろうか? そんなことをつい感じてしまうのですが。

学童保育のこのごろ

 地域の学童保育ともすっかり疎遠になっています。まだ、連協の事務局には籍はあるのですが。たまに、指導員の先生から相談をうけたりすることがありますが、なかなか、こたえることもできず、苦しい限りです。もともと、先生たちには口うるさく言ってばかりですが。

 最近も、全国研があったこともあり(仕事で結局行けませんでしたが)、メディアでも学童保育のことがよくとりあげられます。にぎわしているのは、待機児の多さ、大規模学童の広がりなどです。私がかかわっていた学童でもここ数年、50人を超えています。この時代、学童保育への需要は予想を超える広がりを見せ、その役割が大きくなっていることは大事なこと、注目すべきことだと思います。

 ただ、子どもの放課後と言ったとき、セキュリティのことが大きくクローズアップされ、子どもの安全な場をどう確保するのかということだけに焦点があたる傾向があるように思えます。もちろん、それは大事なのはいうまでもありません。
 かつて「共同保育」という言葉がありました。「共育て」という言葉を使うことも少なくありませんでした。そして、私たちが作り上げてきた学童保育は、そのように、親と指導員がともに子育てを行うということをめざしたものでした。

 放課後の子どもたちの生活は、安全と同時に、育ちということも大きなテーマです。全児童対策などの施策も急速に広がるなかで、なかなかこの面に焦点があたらないことに、少し寂しさを感じるのは私だけでしょうか。子育てが、家庭の自己責任の問題とされ、その家庭が孤立しているのがいまの時代です。だからこそ、ほんとうはかつてのスローガンはもっと輝きをもっていいようにも思えます。
 そのなかでこそ、いまの学童保育の制度のもっているいろいろな問題点などにも光があてられるようにも思えるのですが……。

清子さんの結婚と天皇制について考えた

 今日(昨日ですね)は、多くの新聞が清子さんの結婚について社説で論評していた。個人の結婚を新聞の社説で論じるなんて、かなり妙だと言えば妙だが。

 テレビを見ていても一日特集が組まれている。沿道にお祝いにくる人のコメントなどを聞いていると、まるでアイドルやスターの結婚のようでもある。これで、女帝にでもなれば、天皇制は、歴史だとか、伝統だとかとは大きく離れて、その宗教性もどんどんうすまるんだろうなと思う。天皇という存在が庶民的なスター的存在になればなるほど、象徴としての存在の意味、根拠というものが希薄になっていく。いずれは消えていくんだろうことがよくわかる。

 皇室典範の改正の議論はおこなわれているが、この制度を、何も無理して延命させることはない。自然に消えていくのが自然なんだろうなと思った一日だった。


2005/11/15

男たちの大和

 男たちの大和のマスコミ試写に行ってきました。特攻をテーマにした映画なので、昨今の特攻美化の風潮のなかで、どのようにつくられるのかと。一方で、佐藤純弥監督などは、戦争はしてはいけないと言うような主旨の発言をしておられたので、どんな仕上がりになっているのか、ちょっと注目していました。見た感想は……。

 まだ、試写会もはじまったばかりですので、あまり内容にはふれませんが。3つぐらいの感想をもちました。

 大きく、戦争を美化するような内容でつくられているわけではありません。むしろ、戦争のむなしさや哀れさなどがかなり具体的に描かれています。「死んではいけない」というメッセージもあります。主人公が烹炊(ほうすい)所(食堂)の班長という、直接、戦闘にかかわらない人物であるのにもそれがあらわれているんだろうと思います。もう1人の主役も、軍隊内のリンチなどには批判的であったり、冷静で、合理的な判断をする士官なども登場させ、特攻は、日本に誤りにきづかさせるために死にに行くなどと言わせたりするのです。

 2つめには、まったく歴史的背景は捨て去られています。冒頭簡単に、アメリカとの戦争に踏み切り、南方に戦線を拡大し占領したが、アメリカの反撃で追いつめられるということがのべられるだけで、この戦争の目的な実相などにはほとんどふれられていません。もちろん、この戦争が正義の戦争だったという描き方もありません。むしろ、無謀な戦争だったということは伝わってはきます。

 3つめ。それだけに、兵士たちの純粋さだけが強調されることになっています。そんなに強くではありませんが、漠然と、家族や故郷を守る信条が出されています。どちらかと言えば、友情とか信頼とか、そんなことが強調されているという感じをうけます。主人公の下士官たちは少年兵の命を守ろうとしたりします。
 そこで思うことは、それが真実を語っているのかということと。もう1つは、この純粋さの強調こそ、特攻美化の最大の特徴でもあるんだと言うことです。

 この映画単独だけでは、なかなか評価がむずかしいとは思います。が、この純粋さの強調が、ある文脈のなかにおかれたときに、危険性をよく見ておく必要があります。具体的な歴史の事実のなかで、ものごとは語られなければならないと思うのです。
 

2005/11/14

四日間の奇蹟

 佐々部清監督の映画です。もともと、このミスがつくった賞をの受賞作が原作だけに、ストーリーも秀作。監督も「陽はまた昇る」「チルソクの夏」「半落ち」と、日本映画の王道をいくようなていねいな作りをされる方なのでl、文字どおりの佳作に仕上がっています。というか、個人的には、120%〈癒され〉ましたが。

 同じ監督の「カーテンコール」が、はじまりました。この作品以上に社会性もあるようです。ぜひ見たいと思います。

2005/11/13

全国青年大集会

NEC_0033 毎年、この時期におこなわれている、若者の雇用にかんする全国集会に行ってきました(取材ということで)。ちょっと、場所に迷いましたが、行ってみると隣の女性誌の編集長だとか、学生時代からつきあいのある埼玉のSくんとか、いろんな人がきていました。
 私の地域からきている若者たちともおしゃべりをしたり、悩みをきいたりしました。

 集会の内容も、よかったですよ。3年目の集会で、3年とも取材に来ていますが、毎年、発展があります。
 いまの時代、ものすごく若者たちは劣悪な状態のなかで、異常な働かされ方をしていますが、2年前はまず声をあげようと、去年は、たたかいはじめて、成果もうまれてきた。そして、今年は、まだまだ少しずつだけど、組織化がはじまっているという印象です。
 組織化という点では、青年ユニオンのSさんなんかも元気な姿を見せていました。夏にはいろんな集会や研究会で発言する姿がありました。久しぶりに元気な姿を見ましたね。

 途中、国会議員の方のあいさつにもありかしたが、日本の若者の実態は、いまや先進資本主義国では異常な事態と言えます。「人間らしく働きたい」――若者と連帯していけたらと思います。

寄宿舎の仲間

 こんなことをテーマにエントリーすると、つれ合いや、そのお友だちがいったいなんなのと言うかもしれません。私のつれ合いは、障害児学校の寄宿舎に指導員として勤務しています。まあこの世界ではちょっとした有名人かもしれませんね。さて、その寄宿舎には、指導員の有志による研究会やメーリングリスト、そしてブログまであるのです。

 そういうものを眺めていて、結構、興味深いのです。
 もともと、障害児教育をめぐっては、古くは統合教育をめぐるいろいろな議論もあり、最近では特別支援教育ということが花盛りです。そのかなで、寄宿舎はどちらかと言えば、いろんないみで切り捨てというか攻撃の対象になってしまっています。
 しかし、寄宿舎をよく知る人は、その価値を非常に評価しているというのも特徴です。

 最近、この寄宿舎のブログが全国の寄宿舎のホームページをリンクしました。
 寄宿舎は実は、学校教育法に規定されているのですが、その内容については、多くの規定があるわけでありません。先生方は、実践については、たくさんの研究や交流がなされ、そのなかで、寄宿舎の役割などの議論も深まっています。
 ただ、学校などの公式の文書、教育目標や教育計画などでどう位置づけられているのかなどについては、きちっとした分析があるのかなあなどと思うことがあるのです。
 さて、何を言いたいかと言えば、ホームページを2、3見ていて、これ比較したら面白いかもと思ったんです。システムとしての寄宿舎の特徴的な姿が何か出てこないでしょうか。つれ合いは、あまりそんなことには関心が内容なので、ちょっと、そんなことやってみたいなあなんていう衝動に駆られているんですけど(こまった性分です)。

2005/11/12

つれ合いは今ごろ?

 うー風邪気味だぁなどと思いながら、ベッドから出て、朝は、頭痛の頭を抱えながら、家でしかできないパソコンでの仕事。今日は、つれ合いは文化祭。私もお手製チャーハンをつくってから、午後、職場に。午後は経済の研究会に参加。これもまた、非常に刺激的で勉強になりましたが、感想は後日。

 その後、職場のパソコンに届いた、スキャナを接続。あるPCでは、私のパスワードを受けつけない。なぜだとう。
 それはそうと、自分のパソコンが、とにかくフリーズの連続。うーん、再インストールをするのか。もう、マザーボードをとっかえて、組み立て直そうかなどなど考えはじめる。まあ12月の仕事が終わってからだけど。でもなあ、ノートがほしいなあ。お金ないけど。

 今日は7時には職場を出る。つれ合いは、職場の旅行。温泉はいっておいしいものくっているだろうなあ。そう思って腹が立つから、今日は、晩ご飯とともに入浴剤を買って帰った。

テサロニケ・カッシーニ論争!

 今日(やはりすでに昨日だね)は、 朝から風邪の具合が悪くって、どうしようとう一日。でも、対談の取材があるし……。なんて思って、重い身体を引きずって、ずって(笑い)職場へ。ああ会議をやっている。憲法の学習会だったので、ここぞとばかりにしゃべりまくる。うーん、憲法オタク、安全保障オタク、9条オタクなんである。私は。

 午後、対談の取材。面白かった、まじで。
 で、その対談後の雑談で、ある政治研究者の方から「テサロニケ・カッシーニ論争」なるものを紹介される。この政治研究者氏も人気のHPをもつ方である。早速、アクセスしてみる。片や「世に倦む日日」のテサロニケ氏、私のブロクでもTBをもらったこともある注目すべきブロクである。一方の、カッシーニ氏というか「カッシーニでの昼食」でのともえさん。はじめてである。でも友人のTAKUくんのブログとは、お互いにリンクを張り合っているではないか。知らなかったとはいえ、迂闊。

 この論争がまじめなんである。ついつい中に入りたくなる。が、とりあえずは、力が入りそうなので、忙しいこの局面は我慢して、ぼちぼち丁寧に読もうと心に決める。全体として、ブログを通じての、この論議は、真剣で、正直交換をもてる内容になっている。ちょっと、というかだいぶ励まされもする。
 やはり議論は必要である。さてさて、興味あることがまた1つ、増えてしまった。

 追伸、このブログから学んだこと。私も自身の政治ブログ化にはどう対応しようか思い悩むことがある。そうか、雑記のブログと分ければいいんだ。

2005/11/11

法律を金で買ったのか

 朝日の今日の社説が洒落ている。題して「法律を金で買ったのか」だ。日歯連に続く、酒販連の不正経理、ヤミ献金疑惑である。現在、新聞に報道されている政治家は、小杉隆と佐藤剛男氏の2人。いずれも山崎派だ。いわずとしれた幹事長派閥であり、ときの内閣の主流派である。そういえば、日歯連でも、橋本派に隠れてしまうのだが、山崎拓にかかわる疑惑がある。つまり、改革だ改革だとさけばれるかど、自民党の中枢で、まだ、厳然として、政治とカネの問題は解決はしていないということなのだ。いや、先の選挙でも、結局、刺客と言われた人の選挙のたたかいかたもゼネコン頼みだったことを考えると、もしかしたら自民党とお金の関係はよりダーティになっているのかもしれない。

 そもそも、事態はもっと深刻である。財界総ぐるみで、政治献金をおこなう。そのやり方は、政策の点検までする。消費税増税をすすめ、法人税の減税をすすめる政党には献金をたくさんすると経団連は公然と言っている。朝日の「法律を金で買ったのか」は名言である。同時に、日本の政治全体が、そうなっていると言えるのかもしれないとつくづく思う。


財界と日本の政治

 先日の『財界とは何か』の感想の続きをかねて、現在の財界をどう見るかについて書いておく。
 この本を読んで、学ばされたのは、財界の政治支配を考えるとき、従来の図式にとらわれたり、思い込みで見ていくのではなく、実態をありのまま見るということが大事だということ。先日もふれたけど、政官財の癒着だと、行政指導だとか、族議員だとかいうイメージで語られるけど、財界にとってはすべて政治が介入して得なわけではない。そういうときと、そうでないときがあるということ。財界は必要なときに政治の介入を求め、必要なときに「自由」を主張する。たしかに、「構造改革」の経過を見てもそのことはよくわかる。

 いま、財界にとっても転機の時期にさしかかっているんだろう。外資を中心とした御手洗経団連が生まれ、同友会は、米系企業のIBMの北城体制だ。明らかに、財界の流れはアメリカ資本との一体化ではないのか。そういう文脈の中で、「構造改革」や「改憲」を読んでいかないといけないと思う。

 たとえば、改憲の動きの中で、私がいちばん読み違えたのが日商の動き。中間報告の段階では「集団的自衛権」には消極的だったが、それが夏の最終報告では逆転した。そうならないと予測していたことは、以前に書いたことがある。それだけ、財界がこの問題に足並みをそろえることを意識したんだと思う。そこには、アメリカと一体化する財界の姿を見て取れるのではないか?

 この感想は、本の感想を離れ、現実政治のなかで、財界をどう見ていくかの問題意識を書いたものだけど、たとえば「構造改革」にしても、そう財界は理念的でない(同友会は多少そういう傾向はあるかもしれないが)。きわめて現実的に、財界にとって何が利益かで舵取りをしようとしているところはよく見る必要があるんだと思う。

 ちなみのこの本の著者の、博士論文について、大学のHPに掲載されている。興味ある方はぜひどうぞ。

ダイヤモンド富士

 突然ですが、ダイヤモンド富士です。
 ある高校の先生のホームページで見つけました。
 なんでも、私の職場の本社関係が入っているビルの屋上から見える風景なんだそうなんです。
 こんど来年2月にも見られるそうなんで、晴れたら見てみたいものです。

2005/11/10

ニートと公正な働き方

 先日のNHKのニートの番組のエントリーにnaoさんから、コメントもいただきました。
 naoさんの指摘の通り、父母のあいだで、関係者のあいだでいろいろな運動がすすめられていることは、たいへん重要だと思います。
 それだけに、メディアの論じ方というのはもっと本質をついたものであってほしいと思うのです。

 たとえば、このNHKの番組でも、ご両親のもとで働きはじめている青年は、月100時間の残業と、激しいノルマのなかで身体をこわしニートになったと紹介されていました。つまり、ニートの背景には、企業というか社会の異常な「働かせ方」というのが大きな問題としてあるということは否定はできないと思うのです。公正で人間的な働き方というのを社会でどう確立するかです。

 もともと、このニートの議論は、かなり丁寧で、慎重な議論が展開されてきたという経過があります。若者の自立という問題を研究していた、小杉さんや宮本さんなどが、若者バッシングに対峙する形で議論を展開し、それが政府の政策にも影響をあたえてきたということができるんじゃないかと思います。それだけに、全体として、この企業のあり方にかかわるような議論は、全体として、あまりにも抑制的すぎるような気がします。

 政策にかかわるような方々が発言しにくいような問題を、指摘していくのもメディアの役割ではないでしょうか。

風邪ぎみです

 風邪ぎみです。ほんとは休みたいなあなんて思うのですが、今日は、午前中は会議で、夜、当番もあったので、がんばって出勤。昼からは、フロアのネットワーク管理者?として、いろいろLANと格闘です(笑い)。
 井村先生の本を読もうとしたのですが、ねむくって、なかなかすすみませんでした。
 1日のなかでも、気温の寒暖の差が激しく、どうも体調の管理がたいへんです。早く、復活しないとねえ。

沖縄料理店で

 今日(またまたすでに昨日)、朝からだいぶ熱っぽい。朝から、印刷工場で最後の作業……。結局、昼過ぎまでかかって、それから職場に。もう身体がだるいです。
 が夕方から、取材です。夕方にはなんとか気分も回復し、ある歴史研究者の方にお話をお伺いしました。1時間弱。その後、沖縄料理店、1時間半ほどおしゃべり、and 泡盛。60代の女性の研究者の方ですが、落ち着いた話の中に、芯の通った姿勢があって、いろいろ勉強になる時間でした。アジアの話、女性の話、戦後の歩みの話など、いろいろお話をお聞きしました。
 その方から教えていただいたんですが、韓国ドラマは『砂時計』がいいと。DVDを探して、買ってでも見た方がいいって。どこかにないかなあ。

2005/11/09

護憲派のための軍事入門

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 正直、入門書というのはちょっと難しいかもしれません。でも、この本を読めば、たくさんのことを知ることができます。最近、日米安全保障協議委員会(いわゆる2+2)の中間報告が発表されましたが、米軍と日本の自衛隊はなんと一体化がすすんできることでしょうか。そう、日本の自衛隊は、すでにかなり高度な武器(ハード)をもっているのです。ヘリ部隊の配備とそれを運ぶ艦船……。アメリカといっしょになって、世界どこでも作戦を展開できるまでになっています。こうしたハードが先行し、どんどん既成事実も積み重ねられて、軍事化がすすんでいっています。

 たしかに自衛隊は、日本の政治の欠くことのできない部分になっていると言えるかもしれません。世界的な災害に出動する自衛隊を私たちは否定することは簡単にはできません。しかし、自衛隊が軍事力であることは事実であり、現実に、アメリカの従属下で、その高度化がすすめられていることも事実なのです。それにみあうシステムづくりが改憲でもあるのです。だからこそ、私たちは、よく自衛隊の動向には関心をもつ必要があるのだと思います。

星がきれいな夜です

 今日(すでに昨日)は、朝から印刷工場です。ただひたすらにゲラを見つめますが、臨時号だというわけではないでしょうが、仕事がうまく流れません。そんななかで、とんでもない、ミスが発見されたりで、結局、今日は、家についたのは11時半。つれ合いも、二男も、すでにお休みでした。つまんないの。でも、バスから下りて、見上げた空の星は、久しぶりにきれかったです。季節は、どんどん冬に近づいています。

 仕事の材料に、雑誌に載っていた野中広務と渡辺治対談を読む。これ、ほんとに面白い。つづいて、車中では『護憲派のための軍事入門』に夢中です。

2005/11/08

我が子をニートから救いたい(NHK)

 昨日のクローズアップ現代(NHK)で、ニートをとりあげていた。
 番組は、ニート家庭の親の深刻さに焦点をあている。我が子を仕事に就かせたいと躍起になり、責め立てるが子どもを追い込むばかりで悪循環に陥ってしまうといったことにたいし、親たちをサポートする講座が全国で始まっている姿を追う。お互いの苦悩を語り合える仲間を作り、自らの子育てを振り返り、時間をかけて「なぜ我が子がニートになったのか」を気づいていく親たち……。

 ゲストは、小島貴子さん。まず、いまの若者をとりまく就労条件の劇的変化を理解しなければならないとコメント。それはそれで、冷静で、納得はできる。
 しかし、番組の焦点が親に当てられているのは、やっぱりつらい。
 この問題の性質が、本来、親の努力などを中心にすべきなのか。社会の変化のなかで生まれている問題ならば、社会全体で解決すべきであるはず。しかも、実際にニートは、親も含めて階層格差が広がって、このまま家庭のなかに沈殿するような事態になれば、ほんとうに深刻になってします。もっと問題を家庭の外の社会の問題にできないのだろうか。

本田美奈子とある新聞記者の話

 先日、亡くなった本田美奈子さんのことを、私の知人の、元「しんぶん赤旗」記者の方が、ブログに書いていました。すごくいい文章なので、ぜひ、読んでいただければと思います。
http://blog.livedoor.jp/asaodai/archives/50179906.htmlです。

2005/11/07

4X回目の誕生日

 今日は、朝から仕事です。誕生日といっても何があるわけではありません。山手線の事故の影響で、職場につくのが少し遅れます。9日に会う人に、こんな話を聞きたいなどのお願いの文章をつくったり(そのための調べものをしたり)、写真家の人と、電話で打ち合わせをしたり、などです。

 昼からは、臨時号の関係で印刷工場です。そこで、また知り合いにあって、おしゃべりしたり。そんな1日は帰宅は、10時半。昨日、子どもにつき合って朝早起きしたせいでしょうか、月曜日だというのに、とても疲れています。

もう1つのブログも1万5000カウント

 私がもう1つ開設しているブログ「社説を読んで思ったこと」(旧メディアの海)が、昨日、1万5000カウントを超えました。アクセスの多い人気ブロクで紹介されたこともあり、ここのところのアクセスは、こちらのブログより多いという状況です。カウントが逆転するのも時間の問題かもしれません。

瀬川さんおめでとう!!

 本田美奈子さんの訃報など、悲しいニュースがありました。
 昨日のニュースでいちばんうれしいニュースが、将棋のプロ編入試験に挑んでいた、瀬川さんが、6番勝負の5試合目で3勝目をあげ、合格したというニュースです。能力の限界に挑戦する、いまば、知的なスポーツともいえる将棋の世界で、一度は、奨励会のさいなし得なかったプロ入りを、サラリーマン生活をへて、再びの挑戦でなしえたというニュースです。

 実際には、いまの社会は、回り道をすれば、どんどん格差が生まれて、やり直しのきかない社会です。そんななかで、ちょっと、うれしいニュースです。現実には、私たちの想像以上のきびしい世界なんでしょうが。瀬川さんにはがんばってほしいものですね。

2005/11/06

子どもの模擬試験など

 今日は、お休みです。子どもが模擬試験だったので、つき合って早起きです。おまけに、午後から数学検定の試験もあり、その移動をサポートするのにもつき合いました。模擬試験会場の南浦和から数検の会場の大宮。12時45分に試験が終わって、1時10分に数検がはじまるというハードスケジュールです。受験生もたいへんですね。二男が唯一、自分で意欲?をもっている数学ですから(笑い)。まあ、しかたがないですね。

 そんな、こんなで、一日が過ぎていきます。本当は、私の誕生日(明日)のお祝いという予定もあったのですが、それもなんやかんやで中止。まあ「る菓壇」のケーキでがまんということでしょうか。

米海兵隊 比国女性暴行

 朝日新聞では、4面のベタ記事で、「米海兵隊員が比で強姦容疑」という記事が載っています。これにたいし、沖縄タイムズは、社説で「[比国女性暴行]対岸の出来事ではない」を掲載しています。

 フィリピンで起きた在沖米海兵隊員六人による女性暴行事件は、何とも憤まんやる方ない出来事だ。
 十年前、県内で起きた米兵三人による暴行事件の記憶をよみがえらせただけではない。
 事件を起こした海兵隊員らがキャンプ・ハンセン所属であり、県民にとって繰り返される米兵の蛮行は近隣諸国の演習先の事件であろうと、対岸視できるものではない。
 ……今回の事件で、米比地位協定に基づきマニラの米大使館に身柄を拘束された五人の海兵隊員は、キャンプ・ハンセンに司令部を置く第三一海兵遠征部隊(31MEU)所属であることが分かった。
 31MEUは、歩兵、砲兵、軽装甲戦闘車、水陸両用車、攻撃・輸送ヘリなどとともに約三千人規模の部隊を編成。長崎県・佐世保を母港とする強襲揚陸艦エセックスなどに乗り込み、グアム、テニアンの第三事前集積艦隊と一体となって任務に当たる。
 いわゆる「殴りこみ部隊」である。
 日米両政府は、普天間飛行場の県内移設と絡めた「パッケージ論」の中で、在沖海兵隊約七千人の削減を在日米軍再編の中間報告に盛り込んだ。
 だが、削減されるのは司令部要員が中心であり、31MEUをはじめ実戦部隊は手つかずのまま沖縄に残る。
 その意味でも、キャンプ・ハンセンを抱える金武町や恩納村民をはじめ、多くの県民にとって、今回のフィリピンでの事件が「よそ事でない」のは自明の理である。
 その上、日米両政府は米軍再編の一環として「ノーザンプラン」を示し、中南部の基地をも北部に集中させようとしている。今回の事件が北部住民をはじめ県民の怒りに、さらに火をつけるのは避けられまい。
 と言っている。もっともな指摘である。

楽天問題とプロ野球のあり方

 楽天のTBS株の所有、横浜との関係をめぐってプロ野球のオーナー会議が新聞の話題になっている。昨日の新聞の主張でも問題点は指摘するがその視点はさまざま、システムの限界をいうもの。ルール違反を許すべきでないというもの。でも、問題の根源は、日本のプロ野球が、選手本意、ファン本意になっていないことになるのではないのか。選手が、限界に挑戦し、力一杯プレーし、それをファンが応援し感動するというものには遠い。

 なぜか、プロ野球の運営が球団の儲け(広告塔としての役割をふくめ)本位、興行としての性格を脱しきれないでいることになるからではないのか。
 問題の中心にあるドラフトは改革できず、昨年おこった、アマチュア選手への金銭の授受問題も、結局、適切な解決はなされなかった。
 株の保有だとかなどなどは、たしかに大事な問題かもしれないが、大きな球界のあり方がかわらないと、権力のある企業に振り回されて、そんな問題も解決しないのではないんだろうか。

2005/11/05

アジアの日本観・日本のアジア観

 最近はまっている内海愛子さんが10年前に書いた、「アジアの日本観・日本のアジア観」という論文を読みました。岩波の「日本通史」に載っていたのですが、もう発刊されて10年もたっているんですね。

 論文では、日本の戦争が「アジア解放」の戦いだったという認識がどうつくられたかを追っています。戦前の早い時期からこの考えは日本のなかで広げられていたことがわかります。
 一方でアジアではどうだったか、日露戦争で日本に期待し、また「大東亜戦争」・アジアでの戦争でも日本にたいする期待は生まれるのですが、それが直ぐに裏切られていくことが明らかにされています。ここにアジアと日本のあいだで戦争についての認識の乖離が生まれるです。それは戦後にも引き継がれます。

 この10年、この論文で指摘している認識の乖離は今日の問題でもあります。まず、戦後、東京裁判での論陣を前後してくりひろげられた、アジアの解放戦争観は、いまなお靖国神社を中心に生き続けているわけですから。そんなことを感じさせられました。

仕事も、家庭もあれこれと

 今日(正確にはすでに昨日)は、朝から、電話で相談したり、ファックスをおくったり、いろいろ忙しい。その合間をぬって、経済の学習会、テーマは、”鳥のように自由な労働者”だ。そして、昼。なにをやっていたのかと言われるとよくわからないのだが、何かと、いろいろ。メールを送ったり、急ぎの原稿を、お願いしたり、企画の変更を相談したりなどなど。

 臨時増刊のほうは今回は、私の担当ではないのだが、新しく担当した若手?の相談相手にもいろいろ。そちらのほうも最後の仕上げにかかる時期。年の最後の年間総目次なるものの作成を合間をぬってすすめたり。今年もよく働いたなあなどと思いながら。まあ大した仕事をしているわけでもないしなあ、そんな誠実でも自分はないなあなどともいろいろ落ち込んだりもするんだけど。

 家に帰ってくると、二男の受験の問題はそれはそれで、頭が痛い問題。親の思いと二男の気分はまったくすれちがっているしね。いろいろ親子で衝突したりもする。本人がしっかり目標もって、がんばってくれればいいんだろうけど、そうはうまくはいかないもの。子どもにとっても、そんなに簡単な問題じゃないしねえ。など、あれこれ考え込んでしまうんだけど。

 (追加)たとえば斎藤環じゃないけど、いまの子どもたちはほんとうに、自分に自信をもっていない。だから、自分が比較されるような場所に身を置くのは嫌がる。
 たんに学力だけじゃなく、個性にいたるまで、いろいろ競争させられるわけだから、そう思うのはある意味自然かも知れない。下りる子が多いのはよくわかるんだ。でも、それと同時に、夢を夢としてもれなくしているのも事実。目標がとてももちづらいのだと思う。
 どんな言葉をかければいいんだろうか? 

2005/11/04

「財界」とは何か

4582832857 私より、一回りも年齢の若い、30代半ばの研究者の手による本。

 「財界」は、政・官・財の一角として、政治や経済にきわめて大きな影響を与えてきたが、それにもかかわらず、その実態はあまり知られていない。しかし戦後の日本は、政治家や官僚ではなく、ほとんど財界の意向によって動いていたとさえ言えるのである。本書は、そうした「財界」の絶大なる影響力の源泉を見つけ出し、その功罪を明らかにする。
 このように平凡社のHPには紹介されています。一般の理解としては、日本の政治を考えるとき、政官財の癒着ということに着目をする。財界は、官僚による行政指導を利用して戦後発展をとげてきたなどなど。これに対して、本書は、基本的には財界は政治から距離を置き、自立し、自分たちの問題は自分たちで解決し、必要以上の政治の介入を嫌うとしている。
 結構、読むのに時間がかかっている。現在4分の3まで来た。これまでの通説とは違った視点を提起しつつ、なるほどと思わせる指摘もしくなくない。現在すすむ「構造改革」も、財界のイニシアティブですすんでいる。が、その「改革」が財界の存在基盤を掘り崩していると読めそうだ。続きは、全部、読み終えてから。

友人のお気に入り?

 最近、友人のTAKUさんは、インリンのブログにえらくはまっているようだ。
 正直、彼女のホームページなどには抵抗感がないわけではないが、ブログの記述には、正論がつまっている。
 たとえばTAKUさんも紹介する沖縄を守れ!などその典型。彼女は「武器でなく『言葉』で平和な世界を築くべきだと思います」と訴える。
 靖国の記述なども見事なもの。何ものだあ!
 でも、それは、同時にアジアの視点だということも、あらためて痛感する。

2005/11/03

憲法公布59年

 今日は、憲法公布59年めです。10月末に、自民党、民主党の改憲案があいついで発表され、憲法をめぐる動きは、きわめて重大な局面を迎えています。そんなわけで、今日は、自民党の新憲法草案批判をテーマにしたシンポジウム(学習会)にいってきました。
 とにかく、この1年半ぐらい、自民党は6つぐらいの改憲案を出し、民主党も3つの改憲案を出しています。経団連、同友会、日商、JS、はては知事会までが、改憲案を出してきているのですから。

 たしかに、このように保守政党や財界などがさかんに改憲ムードをもりあげようとしています。が、世論調査をつぶさに見ていくと、国民のあいだでは、そんなに改憲についての議論がもりあがっているのかどうかは疑問です。まあ、もりあがっていたら、この前の選挙でも問題が争点になったはずですしね。

 今日の学習会では、数人の方がそれぞれの立場から、報告されました。学ぶべきこともありましたが、改憲派が出してきている案も、この10月に発表されものは、そう目新しい特徴があるわけでもない感じもします。それだけに、国会での数にものをいわせて、国民のあいだでしっかり議論はふかまらないもとで、なんとくなく改憲の政治的環境というものがつくられることが心配だという感じがします。

 あらゆる改憲案に共通していること、それは9条を改悪し、日本が海外で武力行使をできるようにすることでしょう。もちろんほかにも何点かありますが。軽視できない情勢のもとで、どんなふうに情報を発信したり、語ったりしたらいいのかなあなどと、いろいろ考えた1日でした。

子猫をお願い

en_mov_ka09_001 職場の友人からすすめられて、DVDを見ました。自立に向かっていく女性の話だから、すべてよくわかるというわけではないんですが。とくに後半、主人公たちが壁や挫折に直面して、悩み、そこから立ち上がろうというする姿は、共感をもって見ました。
 韓国の映画は、若者をすごく「優しく」というか、正面から描いているという感じがします。日本の映画はどことなく冷たくさめた作品が多いから。逆に、日本の若者たちの状況を少し考えてしまいました。
 ちなみに映画のストーリーは

 1人でいることを好み、容易に心を開かない神秘な動物、猫。そんな猫に似た20歳の5人の彼女達-愛の夢想家テヒ、美貌の野心家ヘジュ、シンピナアウトサイダーのジヨン、陽気な双子のピリュとオンジョ。高校を卒業して別々の生活を送っている5人だがそれぞれ将来への漠然とした不安を抱えている。事あるごとに集まっては、時にぶつかり合いながら友情を育んでいる彼女達を結び付けているのは拾ってきた1匹の子猫。捨て猫ティティと共に過ごした時間、生活は予想も出来ない方向に流れていくけれど、悩みながらも彼女達はそれぞれの道を見つけていく・・・。

情報公開の魔力?と批判精神

 最近、ブログを書いていて少し思うことがあります。それは、いまの政治の面でも、情報公開のスピードの速さです。政党は、たとえば、今度の自民や民主の改憲案も、まずその日のうちにホームページで公開しています。
 政府などもそうです。これまでなかなか手に入らなかったような防衛関係の文書も、今度の2+2の報告なども、その日のうちに仮訳が公開されていましたから。

 情報公開は本来、非常に積極的なことです。しかし、これらは本来、いずれもきちっとした批判的な検討が必要な文章です。この公開のスピードの速さに批判勢力の論陣はなかなか追いついていない気がします。情報公開されたものが、きちんと批判されないですぎれば、それが公式の文書であれば、認知されたという言えるような状況をつくりだしてしまいます。とくに、そういった文章を、よく読む人たちは、どちらかいというとそういう文章の政治的な立場を了解している人が多いかも知れません。それだけに、こうした文章への、機敏な批判は、たいへん重要になっているのかも知れません。本来、ジャーナリズムがその役割をはたすべきことなのかもしれませんが、現実のなかでは、ブログというものがはたさなければならない役割なのかもしれませんね。

2005/11/02

中国と東アジア経済の行方

 今日は、仕事です! 朝から会議。それからメールをいくつか。今月の仕事もだんだん埋まっていきます。メールは、海を越えますからね。今日は、中国に滞在中の人とメールでやりとり。最近の中国事情(靖国参拝の現地の反応など)も返事であり、貴重な情報。
 午後からは、経済の研究者のお話を、その会場の隅っこで聞かせてもらいました。
 そこでも出てきたのですが、最近、私が関心をもっている問題が、東アジアの経済の協力関係をすすめていくうえでの中国経済の問題。貿易など実体経済の面では、東アジアの域内での経済関係は格段に強まっています。政治的にも、日本の靖国問題などの問題を抱えながらも、ASEANという1つの大きな流れを形成しています。
 が、金融面を中心にドルの影響の圧倒的強さが実際にあることも否定はできません。対米貿易がアジア経済を支えているのは現時点でも事実ですし、金融面でのドルへの依存も簡単に解消されるわけではありません。そのなかで、東アジア経済の進路は岐路にあるんでしょうね。中国がどういう舵取りをするのか、興味ある研究課題でもあります。

機動戦士Zガンダム―星を継ぐ者

 突然の変な話だが、私も、ガンダムが好きである。も、というのは二男はもっとガンダムが好きである。でも、二男がガンダムが好きなのは、私がガンダムが好きだったからだ。
 ガンダムは、葛藤の物語りだ。ジブリなどとはまったく違ったアニメの作り方だが、ストーリーは見事なもの。
 この映画版のストーリーは、

 人類が初めて経験した大規模な宇宙空間での戦争が、地球連邦政府とジオン公国のものだった。その最後の一年間は、人型の機動兵器、モビルスーツの実用期ともなった。あれから10年弱……。ユニバーサル・センチュリー0087(ダブルオーエイティセブン)。地球に住む人々とスペースコロニーに住む人々との確執はいまだくすぶり、人々の魂もいまだ地球の重力から解放されていなかった……。
スペースコロニー、グリーン・ノア2に住む少年、カミーユ・ビダンは連邦軍軍人への反発から、新型モビルスーツ、ガンダムMk-を奪取。反地球連邦組織『エゥーゴ』へと身を投じる。ガンダムMk-を奪われた連邦軍のエリート組織『ティターンズ』は、カミーユの両親を人質にとるような卑劣な作戦を強行した。結果、カミーユは眼前で両親を失ってしまう。そんなカミーユの側にいるクワトロ・バジーナ大尉は、かつてのジオン公国軍のエース、シャア・アズナブルだったが、彼は軍をあるべきものにしようという夢を抱いていた。両親の死を悲しむ間もなくエゥーゴの作戦に参加したカミーユは、大気圏を突破して地球へ降下して、出会った男がいた。かつてのシャアのライバルだった伝説の男アムロ・レイだった……。

 この映画を法学館憲法研究所のシネマDE憲法のコーナーで、平和憲法を学ぶ映画として紹介している。
 暇があればぜひ?

2005/11/01

火垂るの墓

 後半だけ、見ていました。ドラマとしては、いろいろ評価が生まれるとは思いますが、エンディングは、イラクやパレスチナの子どもたち? さすがに今日は、精神的にボロボロです。

亀も空を飛ぶ

1000356_01 今日は、休みをとって、つれ合いと映画に。最初は、「私の頭の中の消しゴム」にいこうかなっとも思ったんだけど、この映画のことが頭から離れず、結局、岩波ホールに。映画の日ということで400円引き。

 舞台は2003年春、イラク北部クルディスタン地方の小さな村。イラン・イラク戦争、湾岸戦争などで荒廃したこの地方に、再び新たな戦争が始まろうとしている。大人たちはアメリカ軍の動向を知ろうと、衛星放送を受信するためのパラボラ・アンテナを利発な孤児の少年サテライトに買いに行かせる。彼は近在の村々を巡る便利屋として大人たちに重宝されている。またこの村では、子どもたちが地雷を掘り出して国連の出先機関に買ってもらっている。サテライトはこの仕事の元締めもしていて、掘り出した地雷の値段交渉から、地雷除去を依頼する地主たちとの交渉までを一手に引き受けて、子どもたちから慕われている。この危険な仕事で子どもたちが得るわずかな金は、大切な現金収入なのだ。
 サテライトは村のモスクにパラボラ・アンテナを設置し、衛星放送を受信するが、肝心のニュースは英語放送で誰も理解できない。開戦の情報はどうやったら得ることができるのか…。
 ある日サテライトは、ハラブジャから来たという、赤ん坊を連れた難民の少女に恋をする。かたくなに心を閉ざす彼女には、両腕のない兄がいた。米軍の侵攻が刻々と迫る中、サテライトは彼が予知能力を持っていることに気付く…。 

 子どもへの優しい視線を保ちながら、しかも、厳しく、切ないストーリー。
 でも、この世界に、この現実があることを、僕たちは知っていなければならない。この現実と向き合っていかなければならない。そう思った。

 『ぼくたちもそこにいた』を読了した。ラストシーンはつらい。子どものうえに、戦争がある…。

ぼくたちもそこにいた

4001145677 斎藤美奈子さんの紹介記事に刺激されて読み始めました。KATEKさんのおっしゃるように、ほんとうにいい本で、みんなにすすめたいと思います。

 いま3分の2まで読みすすんでいます。水晶の夜から、主人公たちがヒットラーユーゲントに入団し……。という展開です。
 前半の部分でも、たとえば、私は以前『茶色の朝』を読んだとき、頭では理解できるが、その恐怖をもう1つ想像しきれないところがありました。なるほど、茶色の朝というものはこうすすんでいくのかということが、子どもの世界でもよくわかるのです。

 もちろん、単純に、いまの日本と当時のドイツとを重ね合わそうとは思いません。しかし、この歴史の教訓を知らないで、いまの日本の行く手を考えることはできないのも事実だと思うのです。
 

民主党の憲法提言

 小泉さんの内閣改造の影にかくれて、まったく注目されませんでしたが、今日(もう昨日だ)、民主党は、憲法提言なるものを発表しています。実は。

 ざっと読んでみたところですが、やたら「人権」ということが強調されています。そこで、自民党と差異を強調しているのでしょうか。ただ、首相の権限の強化ということもうたわれ、「公共」ということも強調されていますから、新自由主義的な範囲での「人権」の強調であり、矛盾も少なくなさそうです。じっくり読み込む必要がありそうです。

 民主党の場合、自民の草案とちがって逐条的な草案になっていないので、よくわかりにくいのですが(マニフェストのときもそうだったのですが)、あれやこれやいいながら、海外での武力行使を容認しているのが、実は、最大のポイントだと思います。結局、憲法で、何を変えるのかということを考えたとき、いちばん変わるのはここなのですから。
 自民党との差異化をすすめなければなりませんから、そう簡単に自民との調整はすすまないと思いますが、改憲シフトの民主党の指導部ですから、けっして軽視もできません。

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