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2005/10/16

新聞週間と二者択一を求める世相

 10月15日からの1週間は、新聞週間と言います。朝日新聞は、今日の主張で「報道」の役割を問いかけます。東京新聞は、「重み増す『権力監視』」と主張します。しかし、現実は、どうでしょうか。今日の新聞の社説でも、象徴的な議論があります。

 たとえば、日経は、「小さな政府へ次の改革を進めよ」と説きます。ひたすら、小さな政府がいいのだと主張しているのです。たとえば、ここでは、政府系金融機関の整理が議論されているわけですが、考えてみれば、この分野の手をつけるべきは、官僚の特権的な天下りをただちにやめることではないのでしょうか。これは、政治が決断すればすぐにでもできることでしょう。一方で、政府系金融機関の役割については、正確な吟味が必要です。

 この種の議論は、実は大手紙だけの問題ではないようなのです。たとえば、沖縄タイムスは、地方分権を議論するさい、義務教育の国庫負担の問題を次のようにとりあげています。「文部科学省、中央教育審議会の反発は強く、十二日の中教審義務教育特別部会では『国庫負担制度の維持』を柱とする答申素案を提示している。廃止に対する異論は地方側にもあるが、地方分権を見据えた取り組みであれば、きちんと削減額を打ち出し地方に財源移譲すべきではないか」。大手紙に比べて、トーンは弱いながらも、国庫負担の削減が地方分権につながるという議論です。

 しかし、国庫負担の削減が地方分権に必ずしもむすびつくわけではないことは、多くの論者がのべているとおりなのです。単純に二者択一をもとめる、YESかNOかを求める、そんの薄っぺらい議論がメディアの隅々までひろがってしまっているのでしょうか。そのことはよく考えなければならないと思うのです。

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コメント

ちょうど今日のサンプロをみながら同じようなことを考えたので、トラックバックさせてもらいました。二者択一を迫る議論は、マスコミ全体をとらえている弱点になっていますよね。ホント、考えていきたいテーマだと思います。

 同じ日に同じテーマというのは、それだけ世相の反映なんでしょうね。違和感を感じながらも一方で、思うことが2つあります。

 1つは、やっぱり、この世相への対応が必要なこと。私の職場でも、そういうことが必要な人々が現実にはいますし、カン・サンジュさんなんかも、田原の番組に出た体験をもとにだと思いますけど、短く語る技術にこだわらなければと強調しています。

 もう1つは、考えてみれば、これまで、進歩の側がやってきたことも同じようなことだということ。これまでは、権力にたいして、YESかNOかという選択だったということです。

 きっと、そのNOの側に権力がいるとうのが新しい図式なんだと思います。小泉さんの戦略、それにのったメディアがそういう構図をつくったのかもしれないし、もっと根元的に、情報化社会というものが、そういう新しい問題を生んでいるのかもしれません。それは一過性なのか、もっと長期に続くのか?

 NOという国民の問題より、こうした新しい?事態にどう対応するのか。きっと「私たちに課せられている新しい日本の姿をしめしていく課題」は、私たちの世代をふくめ、若い層ほど真剣に考えなければならない課題なんだと、強く思っているところです。

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» 「イエスかノーか」とジャーナリズム本来の役割り [帆をたて海に出よう]
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