スガモプリズン
先日、内海愛子さん話を聞きにいくさい、随分前に買ったまま、読まずにいた『スガモプリズン』という本を読み始めました。いろいろ忙しかったので、1週間近く、読むのにかかってしまいましたが、無茶苦茶、良かったです。この間、読んだ本のなかでは、最高の1冊です!
スガモプリズンに収容されたBC級戦犯をていねいに調査したのがこの本。BC級戦犯たちの思いは複雑です。当時の国際社会では、上級の命令といえども国際法に違反した戦争犯罪を犯せば、責任が問われるとう合意が広がっていました。ところが、日本は、上官の命令は朕の命令だと思えと、天皇がよびかけた軍隊の規律が存在しました。だから、戦犯たちは、みずからの犯罪を、素直に受けとめることができなかったのが実際です。スガモでは戦犯たちによって、さまざまな議論がなされ、新聞なども発行されているのですが、アジアへの加害意識が希薄だったのは、明白です。
ところが日本社会は、「冷戦」下でアメリカの戦略のもと、再軍備がすすめられていきます。それに呼応して、戦犯の解放が主張されていきます。そのなかで、戦犯たちの葛藤や分化がすすんでいくのですが、そのなかで、スガモには、平和運動が生まれ、共産党組織までつくられていきます。その流れが、「私は貝になりたい」という作品につながっていくのです。
行き着いた意識がつぎのようばものです。B29搭乗員の首を切った戦犯の言葉です。
「命令だったとはいえ、私はいま有罪を肯定しています。しかしそれは戦争犯罪じゃない。あのとき勇気をもたなかったという罪なのです。その罪をつぐなうために、私は平和運動に命をなげだして、てってい的に真の戦争犯罪人を追及する以外にないと思っています」
日本のように、圧倒的に兵士も国民も無権利だった世界では、加害と被害の両面をしっかり光をあてないと、ほんとうの歴史認識はうまれてこないではないのか――たぶん、これが内海さんのいちばんの問題意識なんだと思います。日本の国民の戦後の意識を紐解いていくうえですごく大事な視点だと思います。
「私は貝になりたい」をつくった岡本愛彦さんに、一度、お会いしたことがあります。岡本さんたちが、この問題をどう受けとめていたのか、今から考えると恥ずかしい限りです。大きく視野をひろげてくれる一冊になりました。
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