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2005年10月

2005/10/31

軍事力が前面に出過ぎるのでは

 オクムラ@横浜さんから、「抑止力」についての丁寧なコメントをいただきました。こういう問題に関心のある方が、どういう議論をなされているのかというのは、私なりにも、興味も関心もあります。この場でお礼を申し上げていきます。

 さて、コメントへの返事でも少しふれましたが、「抑止力」という考え方自身が、軍事力を増強するためにもちだされた論理だと理解しています。
 あえて、再度、この問題をエントリーさせていただくのは、今日の新聞の社説では、「米軍再編」が多くとりあげられ、「読売」「日経」「産経」の大手紙は、日本にいる海兵隊をはじめとした機動力のある即応部隊が「抑止力」だという立場にたっているからです。

 私は、アメリカの海兵隊の実態をみれば、それによっておこなわれている戦争が、イラクでの戦争であり、ファルージャへの攻撃だということを直視する必要があると思います。こうした軍事力の行使に歯止めはあるのでしょうか。
 もう1つは、アジアでおこる紛争を、いま私たちは、どういう立場で解決するべきかという問題です。現在6者協議がおこなわれていますが、かつて、ヨーロッパ(とくに独仏)がたどっていったように、いかに軍事力にもとづかない、平和的な信頼関係をどう醸成していくのかということこそ考えなければならないと思うのです。
 率直に言って、今の日本の政府というか、日米関係というか、は、あまりにも軍事力を前面に出しすぎ、外交的な選択の幅を極端に狭まっているとしか思えません。日本政府は外交を考えるとき、軍事力に頼りすぎているとしか思えないのですが。

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2005/10/30

芝居、映画そして読書

 行きたいなあなんて思っているのに、なかなか映画にも演劇にも行けません。先日も、えむさんのお芝居を見に行くことはできませんでした。海南さんの映画も見に行けなかったし。愚痴を言っても仕方がありません。もう少しの工夫ですよね。

 さて、先日、本を1万円も買ってしまったとの報告をしました。が、それ以外もに買ったり、もらったりという本が少なくありません。たとえば
○井村喜代子『日本経済 混沌のただ中で』けいそう書房
○リード『ヨーロッパ合衆国の正体』新潮社
○杉田敦『権力の系譜学』岩波書店
○安田浩, 趙景達『戦争の時代と社会 日露戦争と現代』青木書店
○リヒター『ぼくたちもそこにいた』岩波少年文庫
○内海愛子『朝鮮人BC級戦犯の記』
○内海 愛子ほか『ある日本兵の二つの戦場―近藤一の終わらない戦争』社会評論社

などです。
 読書の秋を満喫しなければなりませんね。

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日米安全保障協議委員会

 2+2の中間報告が発表され、その仮訳が、すでに外務省のポームページにアップされています。「日米同盟:未来のための変革と再編」と題された、この報告、日米政府の本音がある程度出ているという気がします。改憲の動きの背景を知るうえで、とくに自民党の草案の第2章がなぜ「安全保障」なのかを考えるうえで、重要な文章であると思います。

 ざっと読んでみて、印象に残る言い回しは、「周辺事態」という言葉が、何回も出てくるうえに、「地域及び世界における共通の戦略目標」なる言葉が出てくることです。決して、日本の防衛のための協力ではないことが明らかにされています。そして、その戦略とはアメリカの「戦略」にほかなりません。

 もう1つ特徴なのがやたら自衛隊の役割が強調されていることです。そもそもこの間の新防衛大綱の方向を丁寧に確認したうえで、それがのべらているわけですから、現在の自衛隊の変貌が、アメリカの戦略のもとですすめられていることがよくわかります。
 政策及び運用面の調整、情報共有及び情報協力の向上、相互運用性の向上、訓練機会の拡大、施設の共同使用、そしてMDなどなどが提起されています。具体的には横田基地の共同使用などなどが提案されていますが、結局、海兵隊の7000人のグアムへの移設にしても、主要な実働部隊を日本に残し、自衛隊を強化し、米軍を「補完」させる。同時に、日米の共同使用や共同運用を広げていく。軍事行動をおこなうときは、日本の基地が拠点になる。こうしたなかで、横須賀の原子力空母の母港化や岩国、沖縄へのオスプレイの配備など、日本の基地が強化されていくのです。

 日本の軍事化の到達点をはっきりしめしているのではないでしょうか。

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2万カウントですね

 2万カウントですね。1万5000から49日ですから、1万から1万5000よりずいぶん、テンポが落ちています。当時は選挙でもりあがっていたし……。やっぱ、内容がマンネリ。でも、いろいろな人のブログを拝見していて、自分の論立てがまだまだ中途半端だなあと思います。それは、日頃考えていることが、まだ中途半端なんだと思います。

 さて、今日は、久しぶりにお休みでした。朝、ゆっくり寝て、家事と読書の一日です。つれ合いも、何やら、必死で勉強しています。

 夕食は、けっしてぽかぽかさんに触発されたということではないのですが、数週間前から、無性に餃子をつくりたく、休みだったので、餃子をつくってみました。家でつくると、具だくさんのボリュームたっぷりですから、満足です。

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2005/10/29

自民党新憲法草案の読み方

 昨晩(?)のエントリーでは、中身についてはふれなかったので、自民党の新憲法草案の読み方について、書いてみたいと思います。
 どう読むかを考えるうえで、今日の新聞の社説が特徴的なので、それに即して考えたと思います。

 大手紙で草案を評価するのが、【読売】[自民新憲法草案]「国民的論議へ重要なたたき台だ」、【日経】新憲法草案、民主・公明も自民に続け、【産経】自民新憲法草案 国を守る責務は評価する

 一方、疑問を呈しているのが、【朝日】自民改憲案 なぜ「軍」にしたいのか【毎日】自民自主憲法案 これで国民を動かせますか
 正直、朝日や毎日の社説は、正直、不満だ。論旨は簡単に言えば、憲法を変える理由を語っていない。9条の2項を変えて何をしたいのかが語られていないと言うもの。それは、ほんとうだろうか。自民党の憲法草案のねらいが9条を変えることにあることは、自民党自身がくり返し語っていること。では変えて何が変わるのか。これはで、9条(とくに2項)がはたしていた歯止めがなくなるということだ。武力の不保持と交戦権の否定という2項がなくなると、これまで自衛隊は「武力」でなかったためできなかったことが、できることになる。しかも、自衛軍による「国際貢献」を憲法に明記することで、世界のどこでも軍隊として行動できるようになる。これほど、はっきりしていることはないのではなか。
 
 ブロック紙、地方紙は、【東京】自民憲法草案 みんなで突こう問題点はは、やや曖昧だけど、【北海道】自民新憲法案*九条改廃の本音あらわ【中国】自民新憲法草案 国民の理解得られるか【沖縄】[自民党改憲草案]戦争できる国にするのか など、9条を変えようとしていることをはっきり批判している。そうアメリカといっしょに世界のどこでも戦争できる国にする。問題は、明確だと思う。

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自民党の新憲法草案

 今日(昨日ですね)、家に帰ると、つれ合いと、近所と人と、それとアロマの先生(チェジウ似?!の美人)の3人で、なんだか知らないけど、宴会になっていた? まあ、いろいろあって、近所の友人と、1時半まで飲んでました。
 こういうときって、いつも私は難しいこ理屈を言うんだよね。悪く言えば威圧的。はあ。いつも、落ち込むんだけど、そんな話題になるとしゃべりたくなりしねえ。人間、修行がたりないんですかあ。

 さて、今日の最大のニュースは自民党の憲法草案
もうちゃんとホームページにアップされています。ちゃんと読んでの感想は後日。でのそうはいっても最大の特徴は9条2項の「自衛軍」でしょう!

 新憲法起草委員会は28日、総会を開き、「新憲法草案」を提示し了承された。同案は10章99条で構成され、立党以来わが党として初めて条文の形で示す憲法改正案となる。  今年1月から草案策定作業を続けてきた起草委員会では、今月12日に了承された「新憲法第二次案」をもとに、検討事項として残されていた前文と第9条の最終調整が森喜朗委員長を中心に行われてきた。前文は、現行憲法の国民主権、平和主義、基本的人権の尊重の3原則を堅持し、国際協調主義、国民の責務や地方自治、環境保護などを盛り込み、簡潔な文章にまとめられた。現行憲法第9条にあたる安全保障の章では、現行の第9条1項は変わらず、2項で内閣総理大臣を最高指揮権者とする「自衛軍」の保持が明記された。会議終了後、同案は総務会で了承され、11月22日に開かれる立党50年記念大会で発表される。
 自民党のhpです。

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2005/10/28

俗論が蔓延するなかで

NEC_0032 今日、新宿では、もうクリスマスのイルミテーションが登場していました。

 さて、今日は、朝からグラビアの刷り出しにいって、それから、職場で、バザーや救急法やなんやらかんやら。会議があって、当直当番があって。なんかバタバタ。

 今日の新聞を読んでいて感じたこと。全国紙も、地方紙も、中教審の答申に非難をおこなう。何回も言うが、あまりにも俗説に引きずられているのには愕然とする。財政を地方に移さないと教育の分権はすすまないのか。現在でも、教育費は総額裁量性と言って、国庫負担で総額は規定されているが、使い方はかなり地方の自由裁量に任されている。教育費を確保し、教育条件を全国に一定の基準でもれなく保障するのが国の責任という考え方だ。かつて外的事項とも言われた、そういう教育条件の整備を、地方分権と区別してどうして考えられないのか? これはアメリカも含め、欧米でも常識でもある。
 俗論の支配という点は、医療費でも同じ。ほんとうに医療費は抑制が必要なのか? そもそもGDPにしめる医療費の比率は日本は低い。同時に、この間、国と企業の医療費の支出は日本は世界的にも小さくなる傾向にある。その一方で、新薬や医療機器での企業の利益は守られている。ここから疑って議論しないと、正直、まともな議論は見えてこない。


 

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スガモプリズン

4642055762 先日、内海愛子さん話を聞きにいくさい、随分前に買ったまま、読まずにいた『スガモプリズン』という本を読み始めました。いろいろ忙しかったので、1週間近く、読むのにかかってしまいましたが、無茶苦茶、良かったです。この間、読んだ本のなかでは、最高の1冊です!

 スガモプリズンに収容されたBC級戦犯をていねいに調査したのがこの本。BC級戦犯たちの思いは複雑です。当時の国際社会では、上級の命令といえども国際法に違反した戦争犯罪を犯せば、責任が問われるとう合意が広がっていました。ところが、日本は、上官の命令は朕の命令だと思えと、天皇がよびかけた軍隊の規律が存在しました。だから、戦犯たちは、みずからの犯罪を、素直に受けとめることができなかったのが実際です。スガモでは戦犯たちによって、さまざまな議論がなされ、新聞なども発行されているのですが、アジアへの加害意識が希薄だったのは、明白です。

 ところが日本社会は、「冷戦」下でアメリカの戦略のもと、再軍備がすすめられていきます。それに呼応して、戦犯の解放が主張されていきます。そのなかで、戦犯たちの葛藤や分化がすすんでいくのですが、そのなかで、スガモには、平和運動が生まれ、共産党組織までつくられていきます。その流れが、「私は貝になりたい」という作品につながっていくのです。

 行き着いた意識がつぎのようばものです。B29搭乗員の首を切った戦犯の言葉です。

 「命令だったとはいえ、私はいま有罪を肯定しています。しかしそれは戦争犯罪じゃない。あのとき勇気をもたなかったという罪なのです。その罪をつぐなうために、私は平和運動に命をなげだして、てってい的に真の戦争犯罪人を追及する以外にないと思っています」

 日本のように、圧倒的に兵士も国民も無権利だった世界では、加害と被害の両面をしっかり光をあてないと、ほんとうの歴史認識はうまれてこないではないのか――たぶん、これが内海さんのいちばんの問題意識なんだと思います。日本の国民の戦後の意識を紐解いていくうえですごく大事な視点だと思います。

 「私は貝になりたい」をつくった岡本愛彦さんに、一度、お会いしたことがあります。岡本さんたちが、この問題をどう受けとめていたのか、今から考えると恥ずかしい限りです。大きく視野をひろげてくれる一冊になりました。

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問答無用というのか

 今日は、朝から(ほんとうは昨日、ちょっとピリッときて)腰痛で憂鬱。

 少し、遅刻して職場に。今日は、実務デーだったけど。昼間に、ある著名な教育学の先生と電話でお話。政治的な立場は必ずしも同じというわけではないが、社会的な活動をいろいろされている方で、著作はよく読むようにしている。20分ほど、いろいろ話をされた。

 夕方から、私の尊敬している、経済学者のお宅に、おしゃべりにいった。齢はすでに80近い。聡明で、経験も知識も抜群。中国経済の話などをお聞きしたのだが、最後は、お酒を飲みながら、先生の手料理も頂いた。戦後史を最前線で生きてこられた方なので、いろんな思い出話をとおしても、学ぶことは多い。日本の戦後史の歩みの中にこそ、日本の明日があるんだろうと思う。その意味で、日本国民が経験し、積み上げてきたことの大きさはもっと学ぶべきなんだと思う。ひたすら悲観的なことが多いが、あらためて、信頼ということを考えた。

 さて、タイトルの問答無用というのかは、今日の夕刊の話。そう義務教育の国庫負担の中学校分は廃止という方針を政府が決めたとある。中教審が先日、国庫負担の堅持の答申をまとめたばかり。専門家の議論である。それをまともに検討すらする必要はないと言うわけだ。先に、官邸の決定がある。なんともおそろしい話ではないか。アメリカもふくめ、はっきり言って世界に例のないこの異常な方針。冷静な議論の場も、専門家の発言も排除して、トップダウンでことを決めるというこの政治――首相のリーダーシップってそんなにすばらしいんだろうか。

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2005/10/27

普天間移設 毎日の社説への驚き

 最大の新聞社説のテーマは、普天間の移設。正直、毎日の社説を読んで驚いたというか、腰をぬかす思い。もう毎日はここまできてしまったのか。

 ……だが、移設に合意した以上、今度こそきちんと計画を実施しなければならない。地元の沖縄県などへの説明はこれからだが、政府はまず全力で地元の同意を取り付ける必要がある。実現に向けて着実に前進するようロードマップも作らねばならない。環境問題に配慮するのは当然だ。
 地元に普天間飛行場の県外または国外への移転を求める声があるのは理解できる。だが、周りに住宅密集地を抱えた普天間からキャンプ・シュワブ周辺に移設するのは一歩前進ではないのか。
 在日米軍の再編によって、日本の防衛のあり方が大きく変容するはずだ。
 米ワシントン州にある米陸軍第1軍団司令部のキャンプ座間(神奈川県)への移転や、米空軍横田基地に航空自衛隊航空総隊司令部を移し、弾道ミサイルに共同対処することなどが検討されている。
 地元の合意がすんなりと得られるかどうか。「抑止力の維持」と「基地負担の軽減」はともにおろそかにできない課題だ。政府にとってはこれからが正念場だ。
 この移設案は、環境の面でも、安全の面でも決して、何を解決するものではない。沖縄で9年も前に検討されて、問題ありとしてほうむりさられたものが、地元の相談もなく復活したものだ。なぜ、その問題に目をつくるのか。

 沖縄に基地が必要な理由は何なのか。政府の説明は「抑止力」だ。毎日の社説もあえてこの言葉を使っている。でも、沖縄にいる部隊の主力は、陸軍ではなく、海兵隊だ! たとえばイラクへいっている部隊だ。どうしてこれが抑止力なのか。遠く、世界を攻める部隊ではないのか?

 まったく理由にならない理由で沖縄の基地を固定化するのか。批判力をうしなったマスコミの姿がここまでしめされると悲しい。


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読書週間

 10月27日~11月9日は読書週間だそうだ。

 わが家の子どもたちは、なかなか本を読まない。ほんとに読まない。長男は、高校3年生ぐらいになって、やっと少し読むようになった。そこで「セカチュー」の果たした役割は大きい。さて、二男は、輪をかけて読まない。何でもいいからとのすすめのなかで、最近、少し読むようになったのが、ガンダムのノベライズ本。どこまでのオタクである。どこから見ても。まあそれでも活字だからいいか(笑い)。でも、ジュンク堂では、漫画本の片隅に置かれていて、探すのに苦労した。

 そう言えば、私が本をよく読むようになったのは、いつごろだろうか。小学校のときは、ホームズを少し、それから、ヴェルヌを少しぐらいか。中学校は宿題が中心?? 高校の時は、少しだけ文学少年。やはり、よく本を読んだのは20代、それも後半からかもしれないなあ。活字の仕事をするようになって、格段の読書量はふえた。
 
 今日の、朝日で、斎藤美奈子さんが、すてきな文章を読書週間によせていた。日本のいまから、ヒトラーの『我が闘争』そして、リヒターの『ぼくたちもそこにいた』でナチスドイツの熱狂を論じ、清沢洌の『評論集』で2005年を警告する。締めくくりは、たとどまって、対話を通して思考を練り直すことのすすめ。市村・杉田の『社会の喪失』などを紹介している。ちょっと、私の気分にぴったりの一文だった。

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デザインを変えたよ

 なかなか、ココログがうまくいきません。
 さて、ここのところすっかり、アクセスカウントが減っています。マンネリで、エントリーの内容ももう1つ面白くないのかなあ。情報満載、論点満載などなかなかいかないですよね。ささやかながらもう少し充実をはかりたいとは思います。
 さて、気分を変えようとデザインを変えようと思うのですが、もう1つうまくいきません。まあ、しばらくはシンプルにいこうかな。

 今日、やっと仕事が一段落。朝、晩ご飯はつくっていったので(タラのにんにく焼きとやさいたっぷり煮物)、今日は、本屋のよって久しぶりにいっぱい本を買いました。これでも、数冊はキャンセルしたんだけど。買ったのは
『ドイツの政治教育』近藤孝弘 岩波書店
『護憲派のための軍事入門』山田 朗 花伝社
『働く過剰』玄田有史 NTT出版
『財界とは何か』菊池信輝 平凡社
『フリーターの法律相談』井上幸夫、笹山尚人 平凡社
『イスラーム文化』井筒俊彦 岩波文庫 ほかです。
1万円以上使いました。冷や汗です。

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2005/10/26

米軍再編日米合意?!

 今日の夕刊で、米軍再編にかかわる日米合意についていっせいに報道がなされています。
 毎日新聞は
 普天間移設 日米「沿岸案」で合意 米側が大幅譲歩

 大野功統防衛庁長官は26日昼、在日米軍再編に関する外務・防衛審議官級協議のため来日中のローレス米国防副次官と電話で協議し、普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の移設先をキャンプ・シュワブ沿岸部(同県名護市辺野古)とする案で合意した。シュワブ沿岸部に代替空港を建設し、海上にはみ出す部分は北東側の大浦湾を中心とする日本側提案について、米側は最終的に譲歩する形で受け入れを表明した。代替空港は1500メートル規模とする予定だったが、米側は日本提案を受け入れる条件として1800メートル規模とするよう要求。日本側がこれに応じたため、一部が南側の海上にも出る見込みとなった。

 昨日も書きましたがこの合意は、環境の面でも、安全の面でも地元の合意をえられるものではありません。海を埋められますから、沖縄県の合意が必要で、それすらとれないかもしれません。では、なぜ、こんなに合意を急いだのか?

 米軍にとっては、普天間から動かなくても、とりあえず不都合はないのかもしれません。沖縄の基地がとりあえず、固定化さえされればいいのでしょう。むしろ急ぎたかったのは、座間などの基地機能の強化だったのではないでしょうか。そんな気がする今日の合意です。

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メディアと選挙を考える

 今日の朝日に選挙とメディアにかかわる有権者の意識の世論調査が掲載されていました。

 今回の総選挙を「おもしろかった」と答えた人は52%で、「そうは思わない」の39%を上回った。とりわけ20代では「おもしろかった」が男女とも6割以上だった。  メディアの選挙報道から「影響を受けた」人は「大いに」と「ある程度」を合わせ53%。影響を受けた人は、70歳以上(49%)を除く各年代で過半数を占めた。自民候補に投票した人では、「影響を受けた」が63%と目立つ。  総選挙で一番参考にしたメディアは、「テレビ」が51%、「新聞」が40%、「インターネット」が4%だった。自民候補に投票した人では「テレビ」が56%と多く、「新聞」は39%。一方、民主候補に入れた人は「新聞」が48%、「テレビ」が44%と、対照的な結果となった。
 朝日の記事では、例によって、世耕参議院議員を中心としたメディア戦略なるものが、大きく取り扱われています。たしかに、今度の選挙で、彼らがとりくんだことが大きな意味をもったことは否定はできないでしょう。ただ、それが選挙の本流だと、見なしていいのでしょうか。問題は、国民のあいだの民主主義の成熟にかかわる問題です。それでいいのでしょうか。

 たしかに、国民が政治に関心をもつうえで、メディア(とくにテレビ)が果たす役割は大きいものがあります。とくに政治に対する不満を顕在化させるうえで、それは大きい契機になります。問題は、そこからなんです。そこから、メディアや、政策をうったえる政党や政治活動をおこない団体などが、どのように国民とのあいだでの政治的な対話や議論がおこなわれ、どのように国民の政治意識が豊かになっていくのかなのです。
 この間の、自民党のメディア戦略を議論するメディアは、そういう意味で、問題をすべて政党の問題にする無責任さを感じざるをえません。同時に、政党や政治団体の側の、議論のすすめ方も問われていくでしょう。このまま、ワンフレーズを中心でいいのか。いろいろ考えたい問題です。

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政府は当事者能力を失っている

 普天間基地の移設問題は、最終局面を迎えている(そうな)。在日米軍再編協議の日米審議官級協議のため来日中のローレス米副次官は、焦点の普天間飛行場移設先見直しについて「狭い問題で終わりなき対話を続けていく余裕は、われわれにはない」と言ったという。

 ここにきて、新たな折衷案と言えるような、日米両側から新しい沿岸案が出されているようだ。
 ただ、はたして、この案には意味があるのだろうか。いずれにしろ、辺野古では、環境の点でも、基地の県民生活への危険という点でも、県民が受け入れる可能性はゼロである。
 なぜ、こんな協議を続けるのだろうか? たとえ合意しても、その実行への道のりは、疑問が残る。ならば、普天間が当面、固定化されるということにつながらないのか。

 危険を直視せず、抜本的な議論をアメリカとのあいだですすめることをしない。日本政府は、完全に当事者能力を失っている。

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2005/10/25

仕事が山場ですが

 忙しいですね。ちょうど、今月の仕事の山場です。いまやっと帰ってきました。今日は、つれ合いは夜勤。帰ってきたら二男はもう寝てました。いまから、家事ですね(笑い)。ちょっと、しんどいですけど。まあ、明日をすぎれば、ちょっと、一息です。

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馬路村のゆず

NEC_0031 いわゆる共同購入というか、職場で、なんやかんやとつながりがあって、地方のものを買ったりする。今回は、ごぞんじ馬路村のゆず商品。いよいよ寒くなるので、ゆずポン酢しょうゆ。それからジュース。職場で、ゆず茶なるものも飲んだけど、おいしかった。
 別に、馬路村の回し者ではないが、高知とはいろいろつきあいもある。そう言えば、学生時代の友人も何人もいるなあ。

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2005/10/24

靖国あれこれ

 月曜日は、まず職場に行くと、メールをチェックした後、月曜日に定期的に更新されるホームページをチェックします。たとえば、水島朝穂さんの「平和憲法のメッセージ」が、伊藤真さんのところの憲法研究所のホームページがそれです。

 今日の水島さんのHPを読んでいて、へーっと思わされることがありました。
 「少数派とも同居する、異端とも共存する――これが民主主義だ。多数だけで、少数は否定するということでは立憲主義に反する。政治は与野党や多数、少数の摩擦熱で動くのだ。権力を手にした総裁・幹事長が自制し、議会主義、立憲主義をわきまえてそれを行使しないと、政治が紊乱する危険性が出てくる」。これって、だれの言葉かわかりますか? 九月二九日の朝日新聞に掲載された、中曽根元首相の、小泉首相への忠告なのです。
 あの、中曽根さんをして、このような内容のことを言わざるをえない。それがいまの小泉政治なんでしょう。

 この水島さんのHPでは、靖国訴訟の大阪高裁判決を高く評価しています。ここんところ、何人かの人と話をしたり、少し、判決の内容をていねいに見たりすると、この意見の判断を下した、この高裁判決の画期性は、たしかに、もう少していねいにとらえたほうがいいんだなと反省しています。水島さんも指摘する首相の参拝の職務行為性の認定だけでなく、信教の自由や思想・信条の自由のとらえ方、人格権の侵害についてのとらえ方など、新しいこともありそうです。少し勉強が必要なんでしょうね。

 その直後の、小泉首相の参拝です。その形式は、実は、本殿にあがらないなど、読売新聞がことし六月に出した社説の内容どおりだったりします。その主張の中心は、国立追悼施設です。さて、政治はどのように動くのでしょうか?

 ちなみの、世界の反応という点では、アメリカの反応がいちばん大きそうな感じですね。ニューヨークタイムズをはじめ、ほとんどの新聞が批判していますし、下院の外交委員長までもが、「遺憾」の書簡を駐米大使にとどけたそうです。遊就館の展示をはじめ、この間の靖国の主張が、アメリカの開戦責任ということを強く出していることの反映だと思います。

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最近、ココログの絶不調

 昨日(もう12時をすぎてましたから)、残っているウイスキーを飲んじゃおうとしてしまったのが、失敗で、少し2日酔いの朝(笑い)。午前中は、いろいろ絶不調です。午後から、取材に出て、家に帰ってみると、つれ合いは、近所のいつもの人たちと飲み会。まあまあ。そんでもって食事をして、管理組合の委員会を1時間半。最後に少しだけ、飲み会に合流してという一日です。

 ところで、最近は、ココログも、ただいま混み合ってますと、絶不調ですね。なかなかエントリーがままなりません。

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2005/10/23

がんばれ 高橋みゆき

 今日のTBS(毎日放送)の「情熱大陸」という番組で、女子バレーボール、現在、イタリアのセリエAに挑戦中の高橋みゆき選手をとりあげていました。

 実は、私は、元バレーボールの選手。まあ中学、高校のはじめと。末端の選手にとっての、先端にいる選手をみて、この選手はすごいと思う選手がいます。女子で言うと、ここ数年の選手のなかで、この高橋という選手は、郡を抜いています。センスの固まりというか、天才というか……。

 イタリアでの登録名は、シン・タカハシというそうです。シンというのは、「心」。心が弱いから、強う心をと、日本代表のなかで、そういうニックネームで呼ばれていたそうです。イタリアでも、心の葛藤をくり返している姿が描かれていました。ちょっと、びっくりしました。

 メンタルという問題は、スポーツの世界でもむずかしい問題なのでしょうね。そんなに簡単に論じることはできないけど、ジタバタしたり、葛藤したり、天才の全然予想もしない、一面をかいま見た気がしました。

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靖国神社と追悼

 日本の戦争責任資料センターのシンポジウム「靖国神社と追悼」に行ってきました。田中伸尚さん(ノンフィクションライター)、内海愛子さん(恵泉女学園大学)、吉田裕さん (一橋大学)という、超豪華な顔ぶれでのシンポジウム。すごく、すごく、勉強にもなり、よかったというのが感想です。

 田中さんの話は、靖国にかかわる裁判の話が中心。違憲判断をした大阪高裁の判決のとき、報告集会で、「勝訴」という張り紙があったのを、台湾の原告の抗議ではずした顛末。靖国によって精神的苦痛を被っているアジアの人たちにとってこの判決を勝訴というのは通用しないと。内海さんの話は、アジアを歩いた経験から、日本軍の死亡将兵240万のうち116万人以上の遺骨が収集されておらず、しかも、約60万体が収集可能にもかかわらず、それがなされず放置されているというのはどういうことなのかという問題提起。日本の戦後は被害ばかりを強調していたのではなく、その被害そのものを主張することも中途半端だったと。そこで靖国の果たした役割。吉田さんは、十八番の話。靖国に対する批判意識の広がりの一方で、ナショナリズムの昂進。ことしは靖国に20万人以上が参拝しているそうな。基本的には靖国をめぐる矛盾が広がっている。話のなかで私も登場しましたが(笑い)。

 あっと言う間の3時間半でした。久しぶりに知的に充実した時間だったという感じです。

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2005/10/22

沖縄を論じるために必要なこと

 Nasbon さんコメントありがとうございます。
 さて、今日の朝日の社説で、沖縄の基地問題がとりあげられていました。朝日がやっと普天間移設問題で、口を開きました。ほんとうにやっとです。でも、私は、正直、ガックリしました。朝日の主張は、基本的に、沖縄の意見を聞かないすすめ方でいいのかとう問題提起です。そこ限りでは、正しい指摘です。

 でも、この問題で問われるべきなのは、SACOの最終報告からすでに9年、沖縄の基地被害の実態が放置され続けたことではないのでしょうか。いま、沖縄がどんな状況にあるのか、このことについて朝日の主張にはまったく言及がありません。その意味では、傍観者と批判せざるをえません。私たちは、もっともっと沖縄との連帯を考えるべきだと思います。


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もし9条がなかったら

 まあ、やっぱり今日も仕事です。ごそごその家族で一番最初におきて、朝ご飯をつくって。つれ合いと子どもは、今日も学校見学だということで、少ししてごそごそと起きてくる。厳しいですね、受験は。
 職場では、いろいろ仕事をこなしながら、数人に電話をして追っかけたり。内海愛子さんの『日本軍の捕虜政策』という本とにらめっこ。面白そう。明日は、この人の話を聞きにいこうなか?
 今日は、よる、あるところで、名古屋大学の愛敬浩二さんの講演会があったので、思わず話を聞きにいった。ユーモラスで、それなり政治的センスもあって、ちょっとだけ、自分の世界にはまる人だけど、護憲派の若手(というのは失礼か)のホープ。話は面白かった。現実におこっている事象から憲法を照らし出す! 質問もしましたよ。例の国民投票法について。愛敬さんの立論は、基本的には私と同じというのが私の感想です。

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ソン・イェジン

 私は、実は、ソン・イェジンの大大大ファンである(笑い)。ラブストーリーがよかったから。職場のパソコンの壁紙は、彼女の写真であったりする。

 最近、4月の雪、そして、私の頭の中の消しゴムで、彼女が注目されている。毎日の新聞に、彼女の写真が大きく載る。うれしい限りである。ヨンさまなにするものぞだ! 職場にも彼女のファンがふえつつある? あるとき、その俄ファンに、こういわれた、「昔からファンだっていって、どんな優位性があるの?」。

 たしなに、レベルは同じである。せっかく、鼻高々だったのに、その思いはもろくも崩れた。

 でもいいんです。頑張れ! ソン・イェジン!

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2005/10/21

沖縄の「10・21」から10年

 少女暴行事件に端を発した沖縄のたたかいの画期となった8万5000人集会から、今日で、ちょうど10年目です。翌年には、SACO最終報告があり、その後99年には、普天間の辺野古沖合への移設の閣議決定がなされました。10年目のいま、おこっていることはこのSACOの路線が完全に破綻したと言うことだと思います。すでに、日米両政府とも、辺野古沖への移設は放棄し、次の案――浅瀬案だとか――の調整を最大の課題としています。

 このSACO破綻は何をしめしているのでしょうか。この時期、確かに、条件つきでの、基地の移設を受け入れる動きがありました。しかし、その後の沖縄の事態、たとえば嘉手納基地の現状、普天間での事故、そして、金武町伊芸区「レンジ4」での実弾射撃訓練など、基地と県民生活の安全が両立しないということが、白日の下にさらされたというのが今の特徴だと思います。

 しかも、あの危険な(墜落事故が相次いだ、新しい米軍の政略を象徴するような兵器である)オスプレイが、移設される基地には配備される――つまり、沖縄の負担の軽減では決してなく、基地の再編強化です。

 目の前にあるのは、基地国家日本の醜い姿にほかなりません。問われるべきは、どこまでもアメリカに追随する異常な小泉政権なのではないでしょうか。

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20世紀ドイツ史(続き)

 先日、この石田勇治さんの『20世紀ドイツ史』という本の前半の感想を書きました。今日、後半も読み終えました。後半の「テーマで学ぶ」は、前半の通史より、数倍も刺激的で、面白く、夢中にさせてくれました。

 「帝国の幻影」では、よく聞くドイツにとっての「ライヒ」という言葉のもつ意味、いわば特殊な国家観がどのような役割をはたしたのか、「戦争責任問題とヴァイマル外交」では、第一次世界大戦の開戦責任をめぐる議論が、ヴァイマル共和制の崩壊にどうかかわったのか――現在の日本に重ね合わせて考えざるをえません。「あるドイツ・ユダヤ人の軌跡」から「強制移住から大量虐殺へ」そして「東部戦線」の各章は、ナチのホロコーストにたいしての理解を、より立体的に深めてくれます。はっきりいって、これまでの理解は、その前史や、展開や、そこにかかわってのユダヤ人のことなど何も知らなかったようにも思えます。そして「『過去の克服』とは何か」と「あとがき」は、あたらめて、日本に生きる私たちが、このドイツ史から何を学ぶのかを考えさせられます。

 しっかりと、ドイツ史を学びたいとともに、日本史ももう一度も、二度も学んでみたい。戦後六〇年の今年、靖国に行く首相がいる国で、私たちが考えなければならないことは少なくないでしょうね。

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党首討論と医療改革についての大手紙の社説

 最近の社説には、よく驚かされる。すでに昨日となった20日の大手紙の社説は、党首討論と、医療改革が二大テーマである。

 とくに驚いたのが、前者。全国紙は、どの紙もおおむね好意的だ。ちゃんと見ていたわけではないが、それほど、岡田代表時代に比べて、緊張感があったと言えるのだろうか。内容的に充実していたと言えるのか。前原氏の外交を中心とした質問は、日米関係重視という点を全面的に押し出したものだ。小泉首相が、岡田氏の際とちがった、わけのわからないかわしのような答弁をしなかったのは、基本的に、岡田氏以上に、日米関係を前提とする、前原氏の質問にこそわけがあるのではないか。

 つまり、かわす必要がないほど、前提が一致しているのだ。本当に、「日米関係」=日米同盟というものをすべてすべての前提にしていいのだろうか? 普天間の移設もテーマになっていたが、結局、そこからは、どう沖縄を説得するのかということしな生まれないのではないのか。

 医療改革の社説にも驚きを禁じ得ない。厚生労働省が発表した、「医療制度構造改革試案」というものの前提にしている、医療制度の問題点を、そう簡単に認めてしまっていいのだろうか。最近の新聞は、「構造改革」という名が付くと、無批判に追随しているように思いえてならない。

 そもそも、日本の医療制度そのものが、国の政治(財政の支出)という点でも、ふさわしい位置にあるのかという検証はなされなければならない。もともと、医療制度そのものがゆたか、ふさわしいものではない。それをことさら、このままで破綻すると「危機」を叫ぶことで、覆い隠そうとする。いちばん隠されるのは企業の負担の少なさや、薬剤メーカーや医療機器メーカーの利権ということではないのか。

 もう1つ気になるのが、結局、いちばん弱い人が切り捨てられるということをまともに検討されていないこと。この間の「改革」の特徴だが、数字を優先するあまり、個別に、深刻な影響をうけざるをえない人たちの問題が、ほとんどまともに検討されない。たくさんの人の存在が、この「改革」の外に投げ出されているというのに……。

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2005/10/20

「小泉論理、アジア国家には通用しない」

 引用の引用です。朝鮮日報が、ブルームバーグのコラムニストであるウイリアム・ペセックの主張を紹介していました。
 ペセック氏は19日、「アジアの過去が依然、未来に向けた経済の発展に陰を落としている」という見出しのコラムで、「アジア各国は原油高、鳥インフルエンザ、負債増加、金利急騰、貧困など数え切れない経済的難関に直面している」とし、「特に、日本、中国、韓国という強大国が現在のような成長を続けるためには、自由貿易地帯の創設、域内債券市場の構築、株式市場の連携などに集中しなければならず、北核問題の解決も協力しなければならない」と主張したと言います。
 そして、しかし小泉首相が靖国神社参拝を強行したことにより、アジア域内の外交関係が悪化、各国は現在、問題解決のための話し合いさえ難しい状態と説明した。

 「小泉の曲がった論理(twisted logic)」が自国内では通じるかもしれないが、アジアのほかの国家では受け入れられない」「小泉首相が最近『中国と韓国が結局は理解するだろう』と話したが、絶対にそのようなことはないだろう」
 と言ったそうです。

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イラクで市民が殺される

 昨日の新聞で、もう1つ気になる記事がありました。これは、朝日の報道なのですが、「イラク・無線起爆を電場で妨害」「米軍が爆弾対策 市民が『身代わり』」という見出しです。

 つまり、米軍の車列をねらった仕掛け爆弾にたいし、米軍が特殊な装置で、電波を発信し、携帯電話や車のリモコンキーなどを使った起爆を妨害する。その爆弾は、米軍が通過した後、爆発し、市民が犠牲になっているというのです。

 いずれにしろ、いまイラクは密室です。メディアがほとんどいない状況のもとで何がおこっているのか。昨日も、米軍の空爆で70人の死亡というニュースも流されています。少なくとも、市民が多数死んでいるのは事実なのでしょう。そのなかで、憲法制定の選挙がおこなわれました。その先にはどんな未来が見えるのでしょうか?

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今日は少しは元気?

 Nasbonさん、コメントありがとうございます。

 今日は、もう午前中はお休みしました。朝、起きて、朝食づくり、洗濯、ついでに子どもとつれ合いの夕食づくり、子どもの送り出しを終えた団体で、すごく頭痛がひどかったんで、横になりました。はじめは、寝れませんでしたが、しばらくすると、昼頃まで、爆睡していました。まあ、寝ると元気になります。

 気分を取り直して、たまった仕事をしに、職場に。テキパキと仕事を処理しながら、9時過ぎまで仕事して、帰宅です。
 よく、眠ったり、もっと理論的な読書をすすめるためにも、ブログの時間は30分に制限ですね。11月に向け、もっとしっかり気分転換の休養もとろうと思います。

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2005/10/19

「理解できない」という言葉

 最近、新聞に掲載されている言葉で気になっているのが「理解できない」という言葉です。そう、小泉さんがよく使う言葉です。たとえば、靖国参拝にかかわって、大阪高裁の判決に対して、彼はこの言葉を使いました。

 この言葉には、相手の主張にたいし、聞く耳をもたないという強い意味を感じます。同時に、こう言ってしまうことで、理解できない主張をしている人に対して、異常で、異端な人、もしくは、ある種の特権を守ろうとするとんでもない人というふうに決めつけてしまうという効果をねらっているように思えます。

 昨日、自民党の与謝野政調会長がこの言葉を使っていました。中教審の義務教育部会の議論の対してです。中教審は、いわゆる義務教育国庫負担を地方に移管することに反対の報告をだそうとしています。心配なのは、メディアが、こうした言い方に、のせられてはいないのかということです。

 今日の東京と北海道新聞が、この義務教育国庫負担問題にかかわる社説を掲載、いずれも、地方分権をいうのなら義務教育費の国庫負担は地方に移管すべきとの主張です。地方にまかせれば創意工夫が働いてうまくいくと何の検証もなくのべています。

 はたして、社説子は、少しでも、中教審の報告素案や議事録を読んだのでしょうか。反対の論陣をはる、小川さんや藤田さん、苅谷さんたちの著作を読んでの発言なのでしょうか。何の検証もない決めつけで、世論が形成されるあやうさを、感じてしまうのです。

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靖国参拝 海外での反応

 小泉首相の靖国神社参拝は、アメリカのメディアでも批判をひろげているようです。十八日付米紙ニューヨーク・タイムズは「無意味な挑発」と題する社説を掲載し、「首相は日本軍国主義の最悪の伝統を公然と奉ずる挙に出た」と厳しい批判を行いました。「靖国神社とその付属博物館は、朝鮮、中国、東南アジアに非道なつめ跡を残した日本の暴挙を謝罪しようとしない見解を鼓吹している」と指摘。首相に対し「日本は二十一世紀に誇りを持って踏み出せるよう二十世紀の歴史を直視する時期にきている」と勧告しました。
 ロサンゼルス・タイムズ紙十七日付は、国内外の批判をよそに小泉首相が靖国参拝を行ったと報道。小泉首相が正装ではなかったことについて、「それは靖国神社参拝自体を国粋主義是認と見る人々をなだめるには十分ではないだろう」と指摘。「神道は、日本軍がアジアの広範囲を侵略し植民地化した帝国日本時代の国家宗教である」とも述べ、靖国神社には「アジア解放を崇高な大義とし、日本の軍国主義を美化する博物館がある」とも。

 韓国や中国は、日本との外交日程を大幅に変更するという対応のようです。

 さて、私が注目した記事は、次のもの

 小泉首相の靖国神社参拝について、日産自動車の中国での合弁会社、東風汽車の中村克己総裁は18日、東京都内で開かれた討論会で「非常に残念。小泉さんに私的な立場はないと思う」と批判した。
 ……中村氏は「われわれの車を買ってくれたお客さんやいっしょに働く地元の人までが残念な思いをすると語った。

 朝日のベタ記事ですけど、中国の地にいる財界人の発言として、ちょっと注目しました。

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切れちゃいました

 少しずつ、寒くなってきます。長雨が続いて、ちょうど、毎日、どんな服を着るのか選択がむずかしい季節ですね。気分は、あまり晴れません。正直、毎日、朝、職場に向かうのがただただ気分が重く、体がだるく、実につらい日が続きます。休もうかなあ(願望!)。

 今日は、午後から、会議です。会議で、少し、ひどい発言をされたので、めずらしく切れちゃいました。あまり気が長いほうじゃないですけど、そんなに切れる方でもないです。でも、今日は、感情的にプツンとしちゃいました。なかなか、率直な議論にならないことへの苛立ちとともに。こんなに、つらい思いして仕事してんのに、なんでそんなこといわれなくっちゃならないの、なんて。大人げないですね。

 でも、考えてみれば、いまから5年ぐらい前って、もっと激しい議論をしていたのかもしれません。いま、その前段で、議論が成り立たなくなることが少なくない。うーん、これも、年かなあ。そろそろ、男も更年期というのがあるしねえ。
 冷静になって、よく考えて。でも、ちょっと休もうかなあ(願望!)。

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2005/10/18

靖国参拝 中国の反応

 人民日報のホームページが、中国外交部の声明を掲載しています。

 日本の軍国主義は近代史上、最も深く重い傷を中国の国民に与えた。日本は加害者として、あの不幸な歴史に正しく対処し、被害者の民衆の痛みと感情を尊重すべきであり、これは中日関係の政治的基礎に関わっている。日本政府とその指導者は過去に、歴史問題について数度にわたり厳粛な態度表明や約束を行った。しかし近年、日本の一部指導者は何度も約束を破り、歴史問題をめぐって絶えずいざこざを引き起こし、中国の国民の感情を著しく傷つけ、中日関係の正常な発展に障害をもたらした。

ときびしい批判です。

 同時に、「小泉首相はどうすれば世界の信用を得られるか」との論評を掲載。

小泉首相は参拝当日、中韓両国からの抗議について「心の問題に他人が干渉すべきでない。外国政府がいけないとかいう問題ではない」などと詭弁を弄(ろう)した。これは、自分も人も欺く言葉にほかならない。日本軍国主義は近代史上、中国の人民に最も深く重い傷を与え、靖国神社に祭られている14人のA級戦犯のうち、13人の手は中国の人民の鮮血にまみれている。感情を深く傷つけられた中国の人民が、なぜノーと言ってはならないのか?

中日関係が「政冷」(政治関係の冷え込み)の局面にあることは、誰の目にも明らかだ。「政冷」は中日関係についてよく使われる言葉の中では比較的新しいボキャブラリーで、小泉首相の就任後に「生まれた」ものだ。中日関係の「冷却」が、小泉首相による靖国参拝がもたらした「寒波」と直接的関連を持つことは明白だ。この「寒波」が過去4年続けて現れ、日本のほかアジアの隣国に波及し、その害は政治分野から経済・世論・社会心理などへと次第に拡大し、中日関係を1972年の国交正常化以来最悪の局面へと追いやった。小泉首相は、自分の誤った行いが中日関係の冷え込みを招いたことに対し、全責任を負わなければならない。

小泉首相による参拝は、中日関係を破壊しただけでなく、実のところ日本自身をも傷つけた。日本の対外関係を損なっただけでなく、日本の国際イメージにさらなる汚点を加えた。考えてみれば、自国による侵略の歴史と戦争責任に対し理性的認識と正しい姿勢を持たない国であり、さらにその指導者がまたも人類の道義を顧みず、独断専行でほしいままに妄動している状態となれば、どうやって世界の信用を得られるというのか。日本が真にアジアの近隣諸国と国際社会の信用を得て、今後の国際問題において積極的な役割を演じたいのなら、他人が納得できる実際の行動によって「歴史を鑑(かがみ)として、未来に向う」精神を体現しなければならない。歴史問題において頻繁に面倒を起こしたり、何度もいざこざを引き起こしたりすべきではない。

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靖国参拝 韓国の反応

 韓国の中央日報紙は、早速「靖国参拝は周辺国を冒とくする事件だ」という社説を掲載。

小泉首相の靖国参拝は執権後5回目となる。 「個人の資格で参拝した」という釈明は聞き苦しい。 「首相の靖国神社参拝は違憲」という大阪高裁の判決を意識した、理解に苦しむ弁解にすぎない。 スーツ姿であれ、黙祷だけであれ、周辺国を刺激するのは同じだ。 そこは隣国を踏みにじったA級戦犯14人の位牌がある所だ。
参拝の写真を見るわれわれは非常に不快だ。 過去の深い傷がうずき、抑えてきた敵がい心と報復心理が刺激される。 こうしたわれわれに対して「なぜ内政干渉だ?」と言うのは侮辱であり冒とくだ。

 社説は、小泉首相の好きな「赤穂浪士」を引きながら、「小泉首相は本当に周辺国が赤穂浪士のように血の報復に動くことを望むのか」とまで、厳しく批判している。

 韓国政府の通商外交部はスポークスマン声明を発表し、遺憾の意を表明。そして

 特に、小泉首相の靖国神社参拝問題によって燐国諸国の関係が大きく梗?され、こうした懸念から韓国政府は参拝の中止を強く求めた経緯があるにも拘らず、小泉首相が過去の侵略の歴史を美化する靖国神社に再度参拝したことにつき失望と憤怒を隠せずにいる。
 韓国政府はこれまで、正しい歴史認識の確立が韓日関係の根幹であるという一貫した立場の下で、過去日本の指導者達が行った謝罪と反省を無效化する行為はするべきではないと何度も強調してきた。
 日本が未来志向的韓日友好関係を発展させ、引いては国際社会で責任ある役割を担っていこうという真剣な意思があるのであれば、過去史に対する真摯な反省と、これを実践する姿勢を行動で見せるべきである。また、日本の首相を始めとする責任ある指導者たちがこれ以上靖国神社を参拝しないことを改めて強く要求する。
とのべている。

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アメリカ大使館の賃料

 今日、インターネットをいろいろ眺めていると、日経の「米、大使館の所有権主張・賃貸料8年未納」という記事をみつけた。
 産経新聞にも同様の記事がのっていて

 米国大使館(東京・赤坂)の敷地(国有地)の賃料をめぐり、日米間の交渉が暗礁に乗り上げている。米政府が平成十年以降、賃料の支払いを拒否しているためで、滞納額は計二千万円にのぼる。日本側は督促状を送ったり、外交ルートで支払いを求めているが、解決のめどは立っていない。

 これってどういうことという感じです。ほんとうかなあと思っていたら、『週刊朝日』の中吊り広告にものっていて、どうやら事実のようである。
 「日本側が賃料の値上げを提示したところ、米側は、明治時代から大使館が現在の場所にあることなどを理由に、賃料の支払いを拒否している」そうなのだが、支払いを拒否するほうも拒否するようだけど、許す方も許す方だ。あまりにもゆがんだ、日本とアメリカの関係を象徴しているように思えた。

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麻生氏の発言

 小泉首相の靖国参拝の影に隠れて、消えそうな話題だけど、気になったのが麻生太郎総務相の発言。
 15日、福岡県太宰府市の九州国立博物館であった開館記念式典の来賓祝辞で、「一文化、一文明、一民族、一言語の国は日本のほかにはない」と話したというのです。この式典には、在福岡韓国総領事など韓国や中国の関係者も出席していたのです。

 この皮相な歴史観。というか事実を事実として見ようとしない薄っぺらさ……。
 そう言えば、彼は、九州の麻生セメントの御曹司。そこは、朝鮮人強制連行の1つの現場でもあったのです。自分のルーツにもかかわる、歴史の事実は、彼の目にはどう映っているというんだろうか。

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傍観者からの手紙

ISBN4-622-07157-6 少し、目前の仕事の課題から離れて、読書を楽しむ時間ももちたいものです。ここんところ、昨日紹介の『20世紀ドイツ史』や、今日紹介する『傍観者からの手紙』などを、電車のなかや、夜、少しのんびりしながら読んだりしています。後者は、日曜の朝日の書評を読んで、またまた思わず買ってしまいました。

 著者は朝日のヨーロッパ総局長。傍観者というのは、著者が、現実に進行している、9・11以降の事態にたいして、当事者から離れた、冷静な目で、見ていこうという思いがあらわれているのでしょう。こうした、著者の姿勢に対し(この著作に対し)、「サロン」とも揶揄される、「大朝日」の特権的な立場をしめしていると嫌い人もきっと少なくないんでしょうが。

 「他人の言葉に対する寛容は時に、自分が言葉に重きを置かない人の怠慢の証です。怒りを忘れない人は、言葉で戦っている人は、日本に住むあなたの周りにいるでしょうか」
 「ロンドンの事件の前後にも切れ目なく、イスラエルやイラクからは自爆テロや戦闘による死傷の報道が流れています。昨日もまた、イラクでタンクローリーを使った自爆テロが起き、70人以上が亡くなりました。9・11事件後、世界中を覆い始めた社会の砂漠化が、とうとうロンドンにまで来てしまった。残念ですが、それが実感です」

 本文からの引用です。こうした言葉を著者は、名著と呼ばれる小説の古典や、「映画」の名作から最近の作品をふんだんに引用して論じています。知的営みの遺産とも言える作品をベースにした、こうした方法は、私たちが、現在おこっていることがらの背景に何があるのかについて、想像力を働かすことを助けてくれます。
 ある研究者の方から、「最近の運動には文化がない」と言われたことがあります。なるほど、文化は、私たちの想像力を刺激するのです。

 どうしても、私の読書は偏る傾向があります。少し視野を広げ、新しい想像力をかき立ててくれる力になればと思うんですが。
 

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2005/10/17

世界の貧困と男性と

 今日の東京新聞の社説に、「世界の貧困 期待される男性の協力」というものが載っていました。
 「貧困撲滅を目的として国際間で決めた『ミレニアム開発目標』を実現するには、男女平等と『性と妊娠・出産にかかわる健康』に関する教育などが不可欠だ。とりわけ男性の協力が期待される」というのです。

 世界の人口六十五億人の半分近い三十億人が二十五歳未満の若者で、十五歳から二十四歳までの五億人以上が、一日二ドル以下で生活していると言います。二〇一五年までに貧困撲滅を目指す「ミレニアム開発目標」には、極度の貧困と飢餓の撲滅、子どもの死亡率の削減、エイズウイルス(HIV)のまん延防止など八項目が掲げられているが、現実には、目標達成が危ぶまれる状況にある。今年の「世界人口白書」では、初めて男性向けに一章を設けられている、というのだ。白書では、男性に家事や子育てへの参加を促したり、暴力につながる「男らしさ」の見直しにも触れているという。これは日本が抱える問題でもある。
 「協力」という表現がふさわしいのかどうかは疑問も残るが、貧困の問題を見る視点として、少し、考えさせられた。

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小泉首相が靖国神社参拝

 今日は、朝から、気分の重い一日でした。小泉首相が靖国神社を参拝というニュースが飛び込んできたからです。秋の例大祭の時期に参拝するのではということは、噂されていたことではあるのですが、やはり……。

 参拝形式は、本殿にはあがらず、一般の参拝者と同じく拝殿で、神道形式をとらずなど、一見、世論に配慮したようには見えます。が、この問題の本質が歴史認識の問題であることを考えると、問題の重大性を薄めることにはなりません。

 こうして日本の政治は、また世界の流れから取り残されていくのかということを考えると暗澹たる思いにかられます。もちろん、「世界標準」なんて、そう簡単に言えるものではないでしょう。が、誤りの歴史から、人間は多くのことを学んできたはずです。人間の知性の営みの積み重ねのうえに、つくりだしてきな「営み」というものもあるのだと思います。

 この参拝を、世界がどう見るのか。このブログでも、追いかけていきたいと思います。私たちは、この誤りのつくりだす困難を乗り越えていかなければならないのですから。

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20世紀ドイツ史

4560026068 同じとき、同じ予備校に通っていた、この研究者の著作は、どれも刺激的で、面白く、できるだけ読むようにしています。
 さて、20世紀のドイツの歴史を概観したこの本は、まあ、教科書のように簡潔に記述されていますが、あらためて、こういうふうに外国の一国の歴史を学んでみると、たくさん感じることがある。今度はポーランドとか勉強してみたいなあとか。

 前半は通史、後半はテーマ別。前半の通史のところまで読んで、あっと思ったのは、東ドイツの崩壊のくだり。そうか、こういう経過だったのか。いわゆる「社会主義国」の崩壊は、基本的なことがらは、そのとき、よく勉強していたつもりだが、その後、しっかり、総括的に勉強したことがない。

 自分の生きた時代のなかで、まちがいなく大きな事件であった。別にさけていたわけではないけど、案外軽視していたのかもしれない。ここを学んでみることは、当時「社会主義」と呼ばれていた国の崩壊ということだけではなく、案外、いまのように閉塞した、日本の政治を考えていくうえでも、新しい視点を提示してくれるかもしれない。

 刺激をうけ、またまた、勉強したい課題がふえたとため息をつく、私であった。

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2005/10/16

何思うのか

 私は職場へ、二男とつれ合いは学校見学に向かう。もう1つ二男の顔はさえない。電車のなかでも、つまらない様子。

 そういえば、昨日、つれ合いと、バカ話をしていると、それを聞いて二男が「ぼくの性格はお父さんに似たのかなあ」なんて、言っていた。おいおいそれはどういう意味だ、うじうじと、煮え切らず、いつも、斜めから一歩引いたようなひねた性格かい? 電車のなかで、外の風景を見ているその目には、父と同じように、いっぱいのつらく悲しい思いを秘めているのかい?

 成績はいっこも上がらないけど、こつこつと、マイペースで、面白くないなあ、これ以上はがんばれないなあと言いながら、よく頑張っている受験生なんだけどなあ。まあ、それが世間のペースに合うとは、たしかにちっとも思わないけど。不器用なんです、父に似て。

 君には、どんな明日がまっているのかなあ。でも、いいことあるよきっと。なんて思っちゃいますけどねえ、この二男を見ていると。まあ、そんな父は、うざったいんだろうけどねえ。

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新聞週間と二者択一を求める世相

 10月15日からの1週間は、新聞週間と言います。朝日新聞は、今日の主張で「報道」の役割を問いかけます。東京新聞は、「重み増す『権力監視』」と主張します。しかし、現実は、どうでしょうか。今日の新聞の社説でも、象徴的な議論があります。

 たとえば、日経は、「小さな政府へ次の改革を進めよ」と説きます。ひたすら、小さな政府がいいのだと主張しているのです。たとえば、ここでは、政府系金融機関の整理が議論されているわけですが、考えてみれば、この分野の手をつけるべきは、官僚の特権的な天下りをただちにやめることではないのでしょうか。これは、政治が決断すればすぐにでもできることでしょう。一方で、政府系金融機関の役割については、正確な吟味が必要です。

 この種の議論は、実は大手紙だけの問題ではないようなのです。たとえば、沖縄タイムスは、地方分権を議論するさい、義務教育の国庫負担の問題を次のようにとりあげています。「文部科学省、中央教育審議会の反発は強く、十二日の中教審義務教育特別部会では『国庫負担制度の維持』を柱とする答申素案を提示している。廃止に対する異論は地方側にもあるが、地方分権を見据えた取り組みであれば、きちんと削減額を打ち出し地方に財源移譲すべきではないか」。大手紙に比べて、トーンは弱いながらも、国庫負担の削減が地方分権につながるという議論です。

 しかし、国庫負担の削減が地方分権に必ずしもむすびつくわけではないことは、多くの論者がのべているとおりなのです。単純に二者択一をもとめる、YESかNOかを求める、そんの薄っぺらい議論がメディアの隅々までひろがってしまっているのでしょうか。そのことはよく考えなければならないと思うのです。

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悪夢ふたたび

 どうも昨日も、悪い夢を見たようです。仕事がうまくいかない夢です。ただでさえ、肩の痛みで、なかなか寝られないと言うのに……。
 昨日も仕事、今日も、仕事に出かけることになりそうです。つれ合いから、子どもの学校見学はどうするのなどの厳しい声が聞こえてきそうです。そもそも、オーバーワークで、ここのところ格段に、仕事のすすみ具合、集中力は低下しています。でもねえ。どうしょうのないほど、決断力もなく、仕事をうまくこなせない自分がそこにいます。

 もう、だいぶ参っているんですけどねえ。ウィークデーは控えるようにコントロールしていますが、週末となると、酒の力で気分転換なんて、酒量も増えそうです。あぶないなあ。
 大丈夫、何とか、健康的に気分転換です。うーん。

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TBS、楽天が問いかけること

 TBSと楽天の問題が、マスコミをにぎわしている。ライブドアのときとちがって、好意的とまではいかなくても、いたって冷静な議論である。ネットという新しいメディアにどう向き合うのかは既存のメディアの直面する課題だということなのであろう。
 だが、メディアがこうも容易に市場にさらされていいのかという問題は依然として残っている。楽天も村上ファンドも、ライブドアと同じように株主の利益を第一に掲げることをはばからない。儲けで、メディアの役割がゆがめられることはないのか。
 しかしこう考えると、もともと、メディアと株式会社という形態の問題につくあたらざるをえない。現在でも、経営上の利益が報道をねじまげるということは広範におこっているのではないのか。広告会社の批判をメディアができないという事例はたくさんある。
 メディアのあり方に、自主規制なり、社会的な規制なりは必要ないのか? もちろん、それは、政治による規制、国家による規制はなじまない。国民の知る権利をベースにした、メディアの組織としてのあり方が、何がふさわしいのか、ほんとうは根元的な問いかけをしているのではないのか。

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2005/10/15

郵政民営化法の成立をめぐって

 郵政民営化法の成立にかかわって、先の国会で、反対したいわゆる造反議員たちが、賛成に転じたことをめぐって、さまざまな議論がなされています。
 たしかに、総選挙で、反対をかかげてたたかった造反議員が、賛成に転じたことは公約違反というそしりをうけざるをえません。
 また、参院で反対票を投じた人が、今回、賛成に転じたことには疑問を感じざるをえません。もともと、参院は、衆院とちがい、独自の視点から審議が求められているわけですから、単純に、選挙で示された世論をうけというのは理由にはなりません。しかも、その選挙でしめされた世論は、小選挙区で49%にすぎないわけですから、これで説明責任が果たせたとは言えません。

 ただ、これは天木直人さんが主張されていることなんですが、この造反議員の批判は小泉支援につながるというのも的を射ていると思います。「批判すべきは、強引な形で欠陥法案を成立させ、それを「政治的奇跡」だと自己宣伝に利用している小泉首相の慢心なのだ」と天木さんは言います。
 まあ、天木さんの主張のすべてを賛成するわけではないですが、よく見なければいけないのは、よく見なければいけないのは、小泉自民党の暴走であり、そうしたトップダウンの政治をつくりあげている、小選挙区をはじめとした政治制度や小泉流の「構造改革」だということです。そのことは肝に銘じたいと思います。

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辺野古をめぐって

 沖縄、普天間基地の移設問題が、急ピッチで展開しています。さまざまな案が、次々、報道され、今月中にも日米のあいだで、合意という報道すら出てきています。
 問題なのは、出されている案が、防衛庁の陸上案(キャンプ・シュワブ内の射撃訓練場に移設)、縮小案(浅瀬案とも言われ、沿岸部の浅瀬に1300mに滑走路を縮小して建設する)、そして、ここ数日、取りざたされている沿岸部案(折衷案とも言われ、キャンプ・シュワブの兵舎地区から大浦湾の一部に突き出る形で建設する)というもので、どれも、住民の危険や、環境の破壊など、これまで指摘されている問題を解決するものになっていないことです。

 当然、県民の反発は必至です。今日の沖縄2紙には大きくこの問題が報道されています。沖縄の動きは、ぜひ、ジュゴンネットワーク沖縄で。沖縄では、30日に、県民決起集会が計画されています。
 県統一連の新垣代表の言うように「県民の60年間の苦しみをまったく理解していない政府の態度がはっきりみえてきた」という事態なのです。

 注目すべきは、ここにきて、オスプレイの配備など、沖縄の海兵隊の機能の強化と一体に、この問題をアメリカが語りはじめていることです。自民党の大勝で、アメリカの要求もかさにかかってきています。そのアメリカに追従する醜い日本の政治の姿が露出しています。日本政治のあり方を問う問題として、向き合わなければなりません。

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イラクの未来はどうなるの?

 いよいよイラクの憲法国民投票が実施されます。結果が出るのは、少しあとになるでしょうが。この投票の結果は、イラクに何をもたらすのか、とても危惧されます。

 実際に、この間(七月に)、イラクに行かれた綿井健陽さんの話などを聞いていても、この間、イラク人の死者が増えていることがわかります。アメリカとイラク軍による空襲や掃討作戦の一方で、外国人武装勢力による自爆テロの暴力の連鎖はとどまることを知りません。その範囲も、北部やバグダッド周辺から、最近では、バスラでのイギリス軍の事件(刑務所突入)など、南部にまで広がりつつあります。

 何よりも、懸念されるのは、宗派間の対立の激化です。憲法が制定されれば、連邦制となり、分裂が固定化されますし、否決されればされたで、対立が深まります。
 もともと、イラクは世俗国家で、宗派間の対立は(差別があったとしても)大きくはありませんでした。それが、人為的にもたらされているとしか言いようがありません。

 こうした社会で、最大の被害者は言うまでもなく、子どもと女性です。しかし、そのイラクでいま何がおころうとしているのか、実際には、イラクで活動するジャーナリストなどほとんど存在しないのです。
 問題の解決には、武力によらない和平しかありません。そのために、日本ができることがあるはずなんですが。

 そんな心配をしながら、この投票は注目したいと思います。

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2005/10/14

暴走はとどまらない

 郵政民営化法が、成立してしまいました。内容については、すでになんどもコメントしているので。こんなまやかしの法案の中身が、どれだけ議論されたというのでしょうか。

 おまけに 衆院政治倫理確立・公職選挙法改正特別委員会では14日、政治資金規正法改正案です。ここには、いま問題になっている迂回献金の問題は、政治団体間の献金の上限を決めるというまやかしの規制で、実際には何もふれられていません。そして政党支部の解散手続きを党本部が行えるようにするというのです。これって、政党内部の問題でしょう?

 先にエントリーした、障害者「自立支援」法という、いよいよ、多数与党の暴走がはじまった感があります。そのことから、決して目を背けてはいけないんだと思います。

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障害者自立支援法、参院委で採択

 障害者自立支援法案が、参院の委員会を通過しました。
 同法案は、これまでの障害者の収入に応じた負担(応能負担)を、定率の一割負担(応益負担)に変更するというもの。障害の重い人ほど利用するサービスも多くなるため、障害が重くなるほど負担が重くなるという内容です。障害者の権利を、応益負担の名の下でふみにじるというのです。これまで、障害者が受けてきたサービスは、障害者が生きていくための権利、それを「利益」だという理屈です。

 しかも、入所施設を例にあげれば、入所者の収入のうち手元に残せる生活費は月二万五千円で、あとはすべて負担となる仕組みです。月二万五千円、一日わずか八百円を残して、あとは身ぐるみをはぐというもの。

 今日(正確には昨日)、国会周辺には、障害ある人たちの抗議の声が響きました(体調を悪くし、救急車で運ばれた人もいるそうです)。
 この声は小泉さんには聞こえないのでしょうか。巨大与党の暴走はぜったいに許せません。

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2005/10/13

「歴史認識」とその「共有」

NEC_0030 日中韓3国共通歴史教材委員会が開催した、国際シンポジウムに行ってきました。『未来をひらく歴史』は、中国・韓国・日本でどう迎えられたかをテーマにしたものでした。

 中国社会科学院の歩平(プー・ピン)さん、ソウル大社会発展研究所の辛珠栢(シン・ジュベク)さん、そして日本からは笠原十九司さんがパネリスト。会場には、梁美康(ヤン・ミガン)さんや大日方純夫さんの姿もありました。

 少し遅れていったので、最初のほうは聞けなかったのですが、この『未来をひらく歴史』は、中国では12万冊、韓国では4万冊、日本では7万冊の普及がなされたそうです。韓国では、政府からも高い評価をうけ、中国では、地方によっては副教材に採用していくような動きもあるそうです。中国では、旧字での翻訳出版もはじまるそうです(海賊版には頭を悩ましているそうですが)。

 中国では、いろいろな制約はあるようですが、個人の資格での活動はばが広がり、そのつみ重ねの運動のひろがりもあるようです。韓国は、さまざまな場所でこの教材をつかった研究も広がっているようで、この国の新しい力を感じさせてくれます。

 日本でも「つくる会」の採択を、十分には許さなかったたたかいがありました。しかし、日本の歴史認識を深め、共有していくとりくみはまだ遅れていると痛感させられます。とくに、中学や高校での、歴史教育の比重の弱まりもあいまって、若い人の間で、その認識をどう広げていくのかは、独自の努力が必要です。この次の世代に、この問題を積み残すわけにはいきません。

 もちろん、そのためにも大人世代の私たちの努力こそが、いまいちばん大事なんだろうと思いました。会場には、思った以上に、若者たちの熱心に話に聞き入っている姿がありました。

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天使のナイフ

4062130556 この前の日曜日の朝日新聞に、この本の書評が載っていて、ものすごく読みたくなって、一気に読んでしまいました。

 講談社のHPの紹介は、「殺してやりたかった。でも殺したのは俺じゃない。妻を惨殺した少年たちが死んでいく。これは天罰か、誰かが仕組んだ罠なのか。『裁かれなかった真実』と必死に向き合う男を描いた感動作!
衝撃の展開!驚愕のラスト!」

 少年法という重いテーマに、誠実に向き合っています。朝日の書評で、池上冬樹氏は、「だが何よりも見事なのは、テーマである少年法を多角的に捉(とら)えていることだろう。厳罰にすべきなのか、それとも子どもの人権を守り、更生に期待を寄せるのか。そんな厳罰派と保護派との相剋(そうこく)を、桧山がつぶさに検証する。少年犯罪の被害者として、”えぐられた肉と神経が剥(む)き出しになった”ような激しい心の痛みをいまだ抱えて生きているのに、安易に厳罰派に与(くみ)することをせず、かといって理想論に終始する保護派も疑問視しながら、謎を解きながらテーマを考えぬく」と書いています。

 しかも、2重、3重にどんでん返しを繰り広げながら、こうしたテーマがより深まっていくという内容です。読んでいて、亡くなった黒沼克史さんのことを思いだしてしまいました……。
 個人的な、注文としては、犯人の人間像にもう少し。少年の「闇」にも、せまってほしかったといは思いますが。
まちがいなく、お薦めの作品です。

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2005/10/12

団塊の世代いろいろ

 いま雑誌や新聞で、団塊の世代についての議論が、さかんです。堺屋太一が、団塊の世代の消費が、今後の日本経済をバラ色に導くみたいな議論をすすめて、それが加速しているようんな感じです。今月の中央公論などは、「団塊世代の老年格差社会」という特集まで組んでいます。

 その堺屋氏が、松原隆一郎氏と「会社人間は呪縛を解かねば日本ごと沈む」というテーマで対談。職縁社会から切り離された彼らは、過去の栄華を捨て、まったく新しい消費文化に入ることをすすめています。慶応の熊坂氏は「”福祉”を求める老人は負け犬になる」というどきっとしたテーマで格差社会を予想します。

 まあ、そのほかも興味深い内容ですが、私が団塊世代に対してもつイメージは、やはり反感のほうが多いのが正直なところです。『大人になれないまま成熟するために』(金原端人著)なんて、感覚的には近いですね。『昔、革命的だったお父さんたちへ―「団塊世代」の登場と終焉 』(林 信吾, 葛岡 智恭著)まではいかないですけどね。
 うちのつれ合いなんて、もっと極端な反感を持っています。50代半ばで退職していく先輩の先生方をみて、いいところだけとって、厳しいなかたたかおうとしないのは卑怯だと。

 先日の毎日新聞でも、このテーマをとりあげていて、慶応の金子勝氏が次のように書いていた。

 「今団塊の世代が定年後も働いて社会の主人公になってゆけば、日本経済の見通しは明るいなどという癒しのメッセージが盛んに送られるようになっている。だが、冷静に現実を見ろ」「今の日本の社会は、少なくとも400万人を超えるフリーターや約80万人ものニートがおり、今も増え続けている。こんなフリーターだらけの社会で、団塊の世代が(定年後もなお自分たちの都合を優先して)臨時雇用や安い賃金で働き出せば、若者たちはますます安い給料で過重労働を強いられるか、使い捨てのフリーターばかりになる……、しかも団塊の世代の年金を支える多くはフリーターだ。彼らはフリーターゆえに結婚できず、子供もつくれない。出生率の低下はとまらない……国と地方の財政赤字は1000兆円を超え、すでに公的年金の積み立て不足は800兆円に及ぶ。このままで年金制度がもつと考えるほうがおかしい」「根拠のない癒しのメッセージに騙されてはいけない」「今団塊の世代に求められているのは社会的責任を果たすことだ。それは自らが定年退職する2007年になる前に、年金制度や雇用ルールを持続可能にする政治を選択することだ」「だが先の総選挙でそのチャンスを逃した……責任を果たせなければ団塊の世代はずっと社会のお荷物になり続けるだろう」

 でもねえ、団塊の世代はマジョリティだから。
 僕らが、考えなければならないことは、こうした世代論をどう乗り越えていくのかということかもしれないなあ。そうしないと、若ければ若いほど、たいへんな社会、経済だけが遺されていくから。

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悪夢

 悪い夢を見たようです。うなされるているで、朝、起きたとき、何とも言えない気分だったのです。だから、今日は、一日、とても身体がだるく、しんどい一日を送りました。悪夢っていうのはときどき見るんだろうけど、そして、目覚めた瞬間には覚えているような感じなんですが、実際に、生活をはじめてみると、どこかにもぐって隠れてしまいます。

 さて、今日は、そんなふうにさえない一日だったように思います。まあ、それでも何とか一日、仕事をして。
 電車のなかでは、久しぶりに推理小説の人になっています。

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2005/10/11

パキスタン地震

リンク: @nifty:NEWS@nifty:死者4万人の可能性パキスタン(共同通信).

 まるで、この地上で人間がおこなっていることをあざ笑うように、災害が続きます。アチェの津波、ハリケーン、そして今回です。
 人間の社会や政治がもっとも大切にすべきことは何なのか、そのことを問いかけているようにも思います。
 人間の価値や誇り、それが示されることを願うばかりです。

リンク: @nifty:NEWS@nifty:パキスタン地震、自衛隊派遣を正式決定…政府専用機も(読売新聞).

 いろいろな問題をはらむことは百も承知ですが、上記に視点から、9条をもつ国にふさわしい行動であればと思います。

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センポ スギハラ

 日本テレビの「日本のシンドラー 杉原千畝物語・六千人の命のビザ」を見ました。数年前、劇団銅鑼の舞台を、子ども二人といっしょに見に行きました。そのドラマ化です。今日は、つれ合いと二男と三人で見ました。舞台の時は、二男には少しむずかしかったようです。今日は、いろいろ質問もでました。

 ご承知のように、センポ・スギハラは、リトアニアに赴任した外交官が、ソ連によるリトアニアの併合、そして退去の瞬間まで、ポーランドからのユダヤ人難民に、通行ビザを発給し続けたという物語です。
 人間の命というものの価値が優先するそういう政治や外交が行われたら、こんなすばらしいことはありません。それでけに、このスギハラの物語は心をうちます。

 それに対し、歴史は皮肉です。ジェノサイドの対象となったユダヤ人の理想をかかげたイスラエルという国は、いまでは、パレスチナでその人々を抑圧する側にたっています。ここでも、暴力の連鎖は断ち切ることができないでいます。

 だからこそ、掲げるべき理想を大事にしたいと思います。必ず、その理想が実現できる。われわれは一歩一歩前進するしかないんでしょうね。

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何も急ぐ必要はない

 昨日の北海道新聞の社説に「国民投票法案*なにも急ぐことはない」というものが載った。ここでは、国民投票法に疑問を呈している。立法不作為という議論に対する疑問まで提示する。

 「これまで国民投票法がないために改憲ができなかったわけではない。国民の間に『改憲の必要はない』という共通認識があったからだろう。そもそも、ここしばらく国会で改憲の熱気は薄れていた。衆院選でもほとんど争点にはなっていない」。

 この指摘は、重要だと思う。なにも、この法律がないために、国民の権利が侵害されたわけではない。立法不作為と美名でごまかされてはならない。

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2005/10/10

教育

4000270079 ご存じ?広田照幸先生による、岩波、思考のフォロンティアの1冊である。結構、挑発的であり、たくさんの刺激をうけた1冊だった。

 新自由主義の「改革」は未来像を提示しているのである。彼らなりの社会像が提示されているという。たしかに、それは言えるかもしれない。では、新自由主義に対峙する側からは、オルターナティブな社会像は提示されているのか。
 われわれは、たしかに子どもたち一人ひとりにとって、大切なものを大事にしようとしてきた。が、その議論は、現実政治のなかでは、新自由主義を補完するような議論にはならないのか。我々の側が提案する、子ども1人ひとりをケアしていくような提案が、実際には、格差を承認し、それを拡大する議論にからめとられないのか。

 なぜ、そうなるのか社会構造的な分析がほんとうは大事なんだろうなという思いに駆られる。マルクス主義の陣営が、そういった現実に効果的な議論を提示できているのか? 

 「公共性」、「福祉国家」と「分配」――実は、自分自身消化しきれていない課題があまりにも多いように思える。うーんちゃんと勉強しなくっちゃなあ。ここは若い人に負けずに、原点にもどって挑戦すべき課題は多い。

 氏の議論は、現象をどう考えるかという議論であり、決して、本質に迫ったものではないと言ってしまえばそうだけど、自分たちの議論に反省を突きつける、そういう課題をたくさんもらったような気がする。そんな1冊だった。

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答えは県外しかない

 「普天間移設難航 首相の責任で事態の打開を」、昨日の毎日新聞の社説だ。
 この社説について、ジュゴンネットワーク沖縄(暫定ブログ)は次のように書いている。

 「防衛首脳会談では、抑止力の維持を前提にしながらも、基地の地元の負担軽減を共通認識にするような議論をしてもらいたい。なかでも普天間飛行場など沖縄の米軍基地については、部隊の海外への分散移設も含めてあらゆる負担軽減の方策を検討してほしい。」と主張していた。これよりも後退している。

 日経は次のように書いている。「政治の責任で普天間問題の対立解け」と。政治家が地元の反対派を説得しろというのだ。
 沖縄タイムズは次のように主張する。「[普天間「浅瀬案」]なぜ本土は引き受けぬ」
 「なぜ、本土は引き受けぬ」と問いたい。
 県民は、憲法で保障された「平和に生きる」権利を米軍基地によって、長年、さまざまに侵害されてきた。
 もはや、沖縄の将来は県民自らの手で決定されるべきだ。

 普天間の解決は、県民の負担の軽減、県外移設でしかありえない。

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2005/10/09

沖縄の貧困

 この夏、沖縄に引っ越していった友人から、昨日、突然、電話がありました。沖縄で感じたことの第一報です(続報はあるのかなあ)。
 ある日、国際通りから、公設市場へのいくところに、路上で店をだす親子を見つけたそうです。子どもは小学3年生ぐらい、学校に行っているんだろうかがすごく気になったというのです。

 実際、沖縄の経済はちっとも好転していません。公共事業によりさまざまなものがつくられているようですが、それが地域の経済に直接はむずびつかないような問題もたくさん残されているとのことです。
 基地、そして占領下にあった沖縄の負の遺産はけっせいて解決したわけではない。「癒しの島として、ブームだけど、本当の沖縄のことはちっとも知られていない」と、その友人は言っていました。

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”約束の地”からの撤退

 NHKスペシャル「”約束の地”からの撤退」を見ました。ガザ撤退のなかで、そのガザ地区が神がユダヤ人に与えた土地だということを信じる宗教右派の人たちを追った番組です。こういう角度からつくられているので、すべてイスラエルの問題としてとらえられています。占領された側のパレスチナの人々はほとんど登場してきません。やはり、この問題をイスラエルの国内の動きだけで描くのは、違和感が残ります。イスラエルのなかの対立のもっと向こう側にある、この地で流された血の問題は、決して過去のことではなく、現在も続いています。現在も、続くイスラエル軍による占領地への空爆。そのもとで子どもたちはどんな思いですごしているのでしょうか。

 ただ、宗教右派は大きな影響力をもっているのですが、同時に、和平のために譲歩をもとめる世俗的な人々の声は、今後(外国からのさらなる入植者の増加などの問題はあり)、紆余曲折をへながらも、きっと大きくならざるをえないと思います、
 この地に、必ず平和は訪れる、そう願わずにはおられません。

 

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ノー モア クライ

 進路説明会から帰ってきて、テレビをつけて。今日はNHKのETVでアフリカの特集です。これは真剣に見なければいけないなあなんて思いながら、これは知人にDVDに焼いてもらうお願いをしておいたので、結局、ごくせんスペシャルを見てしまいます(笑い)。

 教育の世界にも少しは関わってきたので、必ずしも、ごくせんには共感しきれないところは正直あります。単純に考えても、暴力を賛美しているし、ジェンダーバイヤスは激しいし…。
 一方で、今年の全教の教研集会の青年教員のテーマソングは、ごくせんの主題歌のD-51のノー モア クライ なんですよね。おいおい、全教がごくせんかいなんて思っちゃいますけど。

 私の感覚から言えば、ごくせんは、GTOの延長線?って感じがあります。
 でもねえ、たぶん、きっと、教師が教師たることができない、誇りをもつことができない、状況があるから、ごくせんに共感するんだろうなと思います。そう考えると、すごく切ないんですけどね。子どもにとっても、先生たちにとっても。
 私も見てしまいますから。それほど、教師が教師であることを貫くのがたんへんなんだろうなと思います。

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自民党の憲法草案前文?

 naoさんのコメントに、エントリーで返事することにしました。
 今日(もう昨日ですね)の新聞には、自民党の新憲法草案の前文の骨子が報道されていました。8月の初旬に発表された第一次案(前文をのぞく)では、復古的な内容は、かなりそぎ落とされていたわけですから、たぶん、党内の復古主義的な意見をここですくい上げようと言う思惑なんだろうと思います。具体的には

◆自民党新憲法草案前文原案の骨子◆
 ▽日本国民は、天皇を国民統合の象徴として戴(いただ)く
 ▽日本国は国民が主権を持つ民主主義国家
 ▽自由、民主、人権、平和、国際協調を国の基本として堅持
 ▽自ら日本国民の名に於(お)いて憲法を制定

 ただ、問題は、憲法草案そのものの性格は、前文よりも、本文の9条にあるというのが最大のポイントだと思います。それほどまでに、第一次案のねらいははっきりしていると思います。

 さて、私も、naoさんの意見には違和感はありません。
 憲法というものを議論するとき、むずかしいのは、法律というのは、きわめて理論の世界です。ときには、現実と無関係に理論そのものを対象にしなければならないという側面をもたざるをえません。
 そのときどうしても2つのことを感じます。

 1つは、よく政治学や社会学を専攻する人が言う言葉でもありますが、「われわれは理念の美しさよりも、実際に何が起きるかという点に注意を払わねばならない」という点です。これはたとえば9条を議論するとき、理念で言えば自衛隊は憲法違反以外なにものでもありません。が、現実に、自衛隊が存在し、社会的な活動をおこなっていいるわけですから、そのことを無視して議論できるのかということにもつながるとは思うのですが。

 もう1つ、特別委員会で、中山委員長は、国民投票法がないのは立法不作為だと言っていたことです。ここでも議論はわかれると思うし、私も慎重に勉強したいとは思いますが、ただ、改憲の国民投票については、現在の憲法では、改憲の発議は国会にしか権能はないわけですから、国会が発議しないかぎり、国民投票法がなくても、国民の権利を侵害したことにはならないという点です。ある法律がないため国民が不利益を被ったという話ではないのです。

 いま必要なのは、実際におこっている問題を冷静に議論することだと思います。

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2005/10/08

進路説明会

 学会を途中で抜けて、子どもの塾の進路説明会に、駆けつけます。この連休は、つれ合いが、大阪である研究会です。そんなわけで、私が、説明会に参加。うーん、偏差値の羅列。こどもはとっくに勉強を嫌っているのに、それでも、その世界のなかで生きていかなければいけないと言う、避けがたい矛盾があります。

 バリバリの進学塾ではないので、塾の先生たちは悪い人たちではありません。大手に押し込まれて運営もままならない状態のようなのですが。子どもと進路についてもいろんな話ができれば理想ですよね。でも、子どものほうがそんなに具体的に考える状態でもないので、あまり追い込まないように注意しないとねえ。むずかしいですね。

 いろんなことを考えながら、ただただお金の心配をしている父親ですね。

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SNE学会

 特別ニーズ教育学会という学術団体の大会に行って来ました。このブログの読者のみなさんは、「特別支援教育」という言葉をご存じでしょうか。この言葉を解説するだけで、たぶんに論争的になってしまうほど、ややこしい問題なんですが、LDやADHD、高機能自閉症など、これまで十分に特別なケアを教育のうえで意識されてこなかった子どもたちの教育に光をあてようという角度で「改革」が論議されています。実態は、いろいろあるんですけど。

 茂木前都立大学長の講演、そして、現場でとりくんでいる先生や研究者などのシンポジウムを聞いて帰ってきました。
 私は、教育行政や学校運営なんかにずっと関心をもってきたわけです。この問題もそういう角度から関心をもってしまいます。現場の先生たちの苦労やそれにかかわる専門家の方々の苦労を具体的によくわかりました。それだけに、実際に、とくに義務教育の現場でおこっているいろいろな問題を見たとき、そういう努力や模索を阻むようなことがたくさんおこっていることを痛感させされていまいます。本来、従前の学校システムがおこなわかえればならないようなことが、そういう分野に押しつけられている面もあるようにも感じました。
 (義務)教育の制度をもう一度よく考えている、そのなかでいますすめられている「教育改革」の制度設計も批判的に考えていく、もんもんとした問題意識だけをひきづって帰ってきました。

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2005/10/07

タイガース騒動

 阪神タイガースのことを「昔、別れた女みたい」と言ったら、笑われた(職場で)。母が熱狂的な阪神ファンであったので、小さいころから甲子園球場に連れて行ってもらった。江夏だとか藤田平という選手が好きだった。84年に東京にきて、85年の優勝のときは猛烈に熱狂した。
 そのころから所沢に住むようになり、西武球場にいったりするようになり、そのまま西武ファンにかわった。が、はやり阪神は忘れられない?存在でもある。

 さて、タイガースの株式上場をめぐっていろいろな議論がおこっている。上場がいいのかどうかの議論はいろいろなりたつと思う。ただ、滑稽に思うのは、上場に反対する財界人たちの議論である。タイガースという公的な存在が、株主の利害に左右されていいのかというのが主要な論点である。

 しかし、そう主張する人たちが、民でできることは民でと主張し、保育園から、ハローワークから、はては学校まで、なんでもかんでも株式会社でって主張している人たちではないか。

 「上場」ということが主要な論点ではない。本来、単純に、資本の論理ということになじまないような性格をもつような事業、言い換えればあるていど公共性をもつ事業のあり方がどうなのかということがその本質にあるのではないのか。
 球団のありようを問うのなら、どんなルールをもつべきなのか。あらためて、いまの問題も同時に問うべきでもあると思う。

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赤い運命

 昨日、風邪で寝ていて、よる何となく、ぼやーっとドラマの「赤い運命」を見ていました。若いころは、山口百恵はあまり好きでなく、見ていなかったのですが。(実は、当時は、桜田淳子のファンでした。某宗教?謀略団体の広告塔になったときはすごくショックでした!)

 見ていてびっくりしまいした。殺人犯の動機が、満州少年義勇軍の現地での未成年徴兵、そしてシベリア抑留、下士官たちのうらぎりという展開です。元検事だったほうの父が最後に法廷で、殺人の動機に同情をしめしながらも、同時に、現地では加害者であったことは忘れてはいけないと主張するシーン。こんなにも歴史に向き合おうというドラマだったのかと。いまから30年前の番組のリメイクです。

 今日は、10年前の「白線流し」をやってましたよね。昨日は「電車男」でしたね。いろんな時代の青春が描かれています。そこからかいま見れるものも少なくありません。何が真剣で、何が幸せなのか。いろいろ考えさせられたりもしますが。

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2005/10/06

病気でお休みです…

 本格的に体調をくずしてしまいまた。今日は、じっくりと寝ました。心安らかに、静かにしています。

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2005/10/05

メディアと選挙

 『論座』の11月号が、総選挙特集を組んでいます。そのなかで、「メディアと選挙」という企画をおこなっていて、興味深く読みました。その1つは、もともとNTTの広報マンだった自民党の世耕参議院議員のインタビューです。先日、紹介した『現代』の記事を、本人が語っているような内容です。なるほど、CMの作り方やPR会社の使い方、メディアへの広報活動のやり方、そして、世論の調査のあり方など、これが、大企業の広報のセオリーなのかと驚きました。

 その特徴をうまく解説しているのが、R30さんの小論です。自民党のメディア戦略は「広告」から「広報」へと大転換したというのです。
 選挙プランナーの三浦博史さんの分析は、もっと、前段というか前提になるような小泉自民党の戦略を民主党と比較しています。

 興味深かったのは、東大の蒲島さんたちの共同調査の分析です。今度、自民党を勝たせたのは、「柔らかい構造改革派」だと言うのです。これは、政治や経済の知識は豊富ではないが、構造改革を支持している層だという分析です。

 ここと、自民党のメディア戦略とが合致したというのなら……。いま私たちは何をすべきなのか?
 杉田敦さんが、同誌に「わかりやすく透明な政治とは何か」というインタビューを載せています。今度の選挙での、「一年後に、郵政民営化が焦点化した理由を、筋立てて言える人はいないと思います」「あらゆる既得権を打破するという議論は、すべての人の生活を不安定化させかねません」と論戦を分析・批判をしながら、その結果をもたらしら小選挙区制が、「派閥政治・利益政治の解消、そして政権交代の実現を目的と考えていた」とし、「党中央の権限が強化され、政党が政策本位でまとまるとした」が、「政治的な決定は、さまざまな声のせめぎ合いの中なら、なされていくもの」と言います。そして、「選挙制度の変更によって人為的に一定の方向に進めることは許されるのか」と問うています。

 杉田さんは、「政治が漫画のように面白くないとしても、仕方がないことなのです」とも言います。
 大事なのは、対話であり、討論であるんだと、つくづく思います。

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毎日が憲法世論調査

 今日の毎日新聞に、憲法をめぐる世論調査が掲載されていました。

○「あなたは今の憲法を改めることに賛成ですか、反対ですか」には、「賛成」が58%、「反対」が34%です。 同じ毎日の4月の調査では、60%と30%でした。昨年9月は、46%と19%でした。

○「賛成」と答えた方に、どのように改めるべきかと思いますかには
「憲法の文章が翻訳調なので、わかりやすい日本語にする」が43%(昨年9月は35%)
「自衛隊の位置づけを明確にする」が41%(昨年9月は45%)
「集団的自衛権を行使できるようにする」は15%でした。(昨年9月は14%)
「首相を国民の直接投票で選べるようにする」が43%で1位でした。(昨年9月は43%)

○「賛成」と答えた方に、改正に賛成する理由はなんですかには、
「今の憲法が時代にあっていないから」が56%
2番目が「今の憲法は制定以来、一度も改正されていないから」が18%でした。

○戦争放棄や戦力不保持を定めた9条を変えるべきだと思いますかは
「変えるべきだ」が30%で
「変えるべきでない」が62%でした。

 ここからは、何を読みとることができるでしょうか。
 憲法を変えるほうがいいと考える人も、海外で戦争をする国になることを支持しているわけではないということだけは明らかだと思います。

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自民党 迂回献金システムの闇

 自民党は変わったのか、そんな問題意識で読んだ本だ。東京新聞の取材班が総力をつくして調査した報道がここにある。

 そんなにすごいという感想はないが、深い深い闇がここにある。歯科医師会という、性格的にも特殊な団体がおこした特殊な事件ではけっしてない。橋本派の使途不明金のいったんはここにある。しかし、これは橋本派の問題ではなく、この政治とカネの関係は、小泉内閣の中枢にもおよんでいる。石原伸晃しかり、山崎拓しかり。

 では、自民党は変わったのか? たぶん過渡期なんだろうと思う。自民党が依拠してきた勢力との関係は、カネの面でも実態の面でも決してかわったわけではないことは、選挙中、刺客と呼ばれた候補者たちが、必死で業界団体をまわっていたこと1つをとっても明らかだろう。そして、この政治とカネの問題は、小泉首相が決して語らない問題の1つでもある。
 でも、小泉改革は、よりシンプルにグローバルな企業の展開に集中した政治をすすめようと指向する。そこで生まれる矛盾、乖離を資金の面で埋めようというのが政党助成金だということができる。

 しかし、政党助成金は、資金の面でも、組織という面でも解決しようがない問題をはらんでいる。麻薬のような政党助成金に依拠する政党は、国民に決して根を張ることはできない。宙にうく、不確かな自民党がそこにはある。

 たぶん、ダッチロールのように自民党は、劇場政治を展開したり、右や左に揺れながらすすんでいくしかない。その間、政治とカネの問題は、表に出たり、隠れたりし続けるんだろうと思う。
 国民に根をはり、国民の政治的要求をストレートに反映する政党が、政治の主たるアクターとして登場することになれば、日本の政治は大きく変わる。

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2005/10/04

なぜ事実に光があたらないのか

 戦時中、日本企業に徴用・雇用され死亡した朝鮮半島出身者の遺骨問題がクローズアップされています。犠牲者の推定は約5万人とも言われています。しかし、この間、政府の調査で遺骨が確認されたのは868人分。朝鮮人強制連行真相調査団は、「理屈にあわない」と批判しています。

 日韓の政府間のあいだで、この問題がクローズアップされ、政府が重い腰を上げたのは評価できます。が、60年間放置したあとの、調査です。真相にせまる努力やとりくにがなければ、真相は明確になりません。しかし、この点でも、情報は十分公開されていないのが実際のようなのです。調査団の請求に、事業所ごとなどの資料は公開されていないのです。

 現在、朝鮮人強制連行についても、「バックラッシュ」とよべるような現象があります。「強制連行」という政策はなかったなどの主張です。しかし、歴史の事実として、同時、日本の一部とされていた朝鮮で、労働力の徴用や募集があったのは否定できません。具体的にどのような状況で、こうしたことがすすめられたのが、当時の政府がどのような言葉をつかっていたのかではなく、何がおこっていたのかを事実で1つひとつ確認していくことが大事だと思います。それはそんなに先送りしていい課題ではありません。

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富豪の60年

 昨日の朝日新聞の「戦後60年」のコーナーは、「富豪の60年」というテーマだった。そこで取り上げられていた富豪の1人が、折口雅博氏、グッドウイルグループの会長だ。本社は、六本木ヒルズ。プライベートジェット機をもち、別荘をもち、プール、フットサルのコートなど趣味の施設もあるという。彼は言ってのける。「一定以上持つと、もうそれ以上持っても意味がないのがお金。毎日、高級ステーキを食べるわけでなし、私なんか、納豆と赤身肉中心の食生活です。大きな仕事をなしとげた達成感。求めるものはそちらです」

 同時に彼は言う。「今の格差社会は、いい社会。だれでもがんばれば勝者になれる。人間の能力にそんな違いはない。差は努力したか、しなかったかだけですよ」と。

 いつの時代からか、こういう人のこういう発言が、社会で当たり前のようにおこなわれるようになった。堀江貴文氏や三木谷浩史氏なんて、まるでアイドルあつかいだ。だれもがこういう人の発言には共感しているわけではないとは思うが、あまりに不自然なく、こうした発言が受け入れられると、気持ち悪いぐらいの違和感を感じてしまう。はたして、社会からいま弱者が大量に切り捨てられようとしているのは、努力のちがいだけなのか。

 同じ欄で、内橋克人氏が、言っていた。「今の成功者の言動を見ていると、自分を肯定し、チャンスはみな平等にあったと錯覚している。格差の拡大を是認しているようにさえ見える。自分へのさめた目がない。実につまらないですね」と。
 もはや、こう感じるのは、少数者なんだろうか。香山リカさんの『いまどきの常識』を読んだときも思ったが、この違和感が、マイノリティのものになっているのか、そうではないのか。そうでないのなら、なぜ、一方で、公然とこうした主張がひろがるのか。いろいろ思いめぐらせてしまう。

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2005/10/03

NHK裁判報告集会

 夜は、そういうわけで、VAWW-NETジャパンの「NHK裁判報告集会」に行ってきました。「情報流出」で問題になった例の『現代』の魚住昭さんの講演が目玉です。場所は、表参道。このきらびやかな街は、僕はあまり好きではありません。妙に落ち着かないのです。この街でお酒を飲んだのは、たった1度きりですね。今回も、行く途中で迷子になってしまいましたが。

 さて、集会は、すごくおもしろい内容でした。魚住さんは取材でつかんだ、この問題の経緯を、鋭く、ときには奥歯にものがはさまったような言い回しで報告されました。基本は、『現代』9月号です。この9月号と、手に入るこれまでの政治家の発言などを重ね合わせて、考えると、中川氏が、番組放送の前にNHKの関係者と何らかの接触があったことは、ほぼ疑いようのない事実と判断できると思いました。また、えん曲な発言であったにしろ、安倍氏がNHKの幹部に、例の「公正中立」発言をおこなったことははっきりした事実です。そして、当時、若手議員会は組織的に、このNHKの番組を問題にしようとしていたことも間違いはないでしょう。

 NHKと政治家の距離の近さをすごく感じることができる経緯だと思います。NHKのほうは、少しの動きでも政治家が何を求めていたのかを理解していたのでしょうし、政治家のほうはどういう動きをすればNHKが、自分たちの思惑で動きのかを十分知っていたのではないのか。そんな、NHKと政治家の異常なもたれあいはなかったのでしょうか。
 最近の、メディアのこの問題の扱い方は、ほとんど朝日の問題の処理だけにしぼられています。なぜ、メディアは、何が事実だったのかを掘り下げないのでしょうか。なぜ、番組が改変されたのかを追及しないのでしょうか。

 朝日の動きもすっかりおかしな方向にむかっているのが心配です。ここ数日の、朝日の説明や報道を検証する識者の委員会の内容も、読者を納得させるものでは到底ありません。その内容については、後日また。

 さて、NHK裁判は、もともと、女性国際戦犯法廷をとりあげた番組が、改ざんされたことによって、被害者たちを侮辱し、名誉を傷つけたと、おこされた裁判です。この裁判が、政治家の介入が社会的に注目されるなかで新しい局面を迎えています。12月には、裁判の証人として、松尾放送局長(当時)と、内部告発をした長井暁さんが出廷するそうです。注目される局面です。

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月曜日は?

 たまに休みと、その次の日に、仕事に入っていくとき、やはり、すごく疲れを感じます。そんなにアルコールを飲んだわけでもないのに、妙に二日酔いのような気分です(変?)。昨日は早く寝たのになあ。
 そんなわけで、もう1つ2つ、今日は何をしていたか、昼間についてもなんかはっきりしません。なんとか夜の取材まで気持ちをひっぱっていくのが大変な一日でした。

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自民党の新しい選挙戦略?

 先日、プラップジャパンについての疑問を書いたら、tsurezurejiji21さんから、コメントをいただきました。最近では、あのタイゾウ議員の記者会見も事前レクチャーしたと言います。

 そんあことをあれこれ考えていると、今月の『現代』に、こんどの総選挙にかかわるいくつかのレポートが載っていました。そのなかで、鈴木哲夫さんというジャーナリストが、「これが自民圧勝を演出した広報戦略だ 特命チーム”情報戦”工作の全貌」というレポートを書いています。そのチームは、コミュニケーション戦略チームというそうです。その責任者は世耕弘成参院議員。そういえばタイゾウ議員のときもこの人がついていましたよね。このレポートでは、プラップジャパンの活動にもふれながら、どちらかと言えば世耕氏を中心とした、チームの動きを追っています。

 世論の動向を押さえながら、着実に戦略的なマスコミ利用の方向をうちだしていくのです。候補者の演説、テレビに誰を出すか、そして、本番中、党首討論は一局各一回(これは気がつきませんでした)、時間は短く、候補者とのFAX通信……。みごとに世論を動かしていく姿が描かれています。

 もちろん、もっとそれ以前からの戦略が今回の選挙ではあったように感じます。ただ、政策論戦とは、直接は関係のないところで、メディアがそしてその結果、世論が動かされるのなら、あらためて政治のあり方を検討しなければなりませんね。

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2005/10/02

昼からビール!

 子どもは模擬試験。草取りのあと、私は、つれ合いにつきあって、池袋のジュンク堂までいってきました。いろいろ勉強する本を買いにだそうです。ちょっと真剣に勉強しようという決意は伝わってきます。どこまでがんばるのかなあ――いろいろ楽しみです。

 3時過ぎには帰ってきて、ビールを飲みながら、のんびりした1日です。すっかり飲まなくなったビールなるもの。でも、今日みたいな暑い日は、おいしいです。銘柄は? もちろんエビスです。

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今日は草とり

 今日は、お休みでした。朝から、団地の草取りです。以前も書いたかもしれませんが、わが団地は、夏場は1カ月に1回、みんなで草取りをします。団地内の樹木の管理なども基本的に自主管理ですから。そこで、団地の人々と交流します。今日は同時に階段清掃もおこないました。5階から1階まで、みんなで掃除するのです。これが、結構、もりあがるのです。階段で10世帯、心1つに? 今日は暑かったので、汗だらけになってやりました。

 共同住宅というのは、ユニークな世界です。お互いの財産をその管理もふくめて、共同でおこなうのですから。難しい法律を理解するという仕事もたいへんなのですが、管理の事業をどうするかというのもなかなかむずかしい問題です。簡単に、外注という方法もあります。が、これは滅茶苦茶お金がかかります。かといって何から何まで自分たちでというわけにはいきません。それに外注に頼ると、肝心の、団地内の人間関係をどうきずくかという点でいろいろむずかしい問題も生じます。

 共同の社会をどうつくるかというのは、古いようで、きわめて新しい問題かもしれません。それは、これからの地域社会をどうつくるかということとも結構、重なり合いますから。おたがいの生活のあまり無理もなく、かといって、適度な参加と分担がおこなわれ……。市場にさらされるだけということではなく。そこにはいろんなセクタがそれぞれ役割があるのだろうと思います。政治というものもふくめ。
 小さなことにも、結構、むずかしい課題があるんでしょうね。

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2005/10/01

二男の受験モード?

 そろそろ、二男も高校受験に向け、学校公開だとかにいく必要性が出てきています。のんびりしているわが家でも、少しずつ話題になりつつあります。もともと、中学は不真面目人間。内申書は、滅茶苦茶ですから、私学かあ? なんて心配な話もあります。

 もう1つの変化は、つれあいが、某大学の研究生になる話をすすめていること。勉強が嫌いな癖して、何を考えているのやら。仕事に対する姿勢を豊かにしていくうえでも応援したいですけどね。でもねえ、学生三人なんて、わが家の家計でどうするんでしょうかね。

 当面、私は、遊びはなしですね。

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着々と?

 今日も仕事に出て、でも、今日の職場はお休みしている人が多く、着々と、一人で仕事します。年に数回ある、臨時増刊号の実務的なツメをして、あとは通常の発注や相談です。辺野古を追い続けている写真家と、少し長めの相談などなど。

 合間に読んでいる本が数冊。1冊は、『自民党 迂回献金システムの闇』。これは、自民党の今を考えるうえで結構大きな問題だという問題意識。数日中に読み終えて、エントリーします。もう1冊は、『義務教育を問い直す』。すごく大事な問題が凝縮されていて、むずかしい本だけど、知的な刺激をいっぱい受けながら読んでいます。これも何とか読み終えてエントリーしたいですね。関連して、広田照幸さんの『教育』だとか。

 後者のほうの大きな問題意識として、いま、構造改革とか新自由主義とかが、一見して、国民の受け入れられていると言えるような意識動向が存在することは事実だと思います。それをどう見るのかということを考えたいのです。公務員の特権への批判などをふくめ、構造改革や新自由主義が「」つきで「受け入れられる」には、客観的な根拠があるように思えるのです。問題なのは、公共性というものをどう問い直すのかという課題だと思います。そのことの答えを、教育という問題をつうじて、見つけられないのか。

 自分のとりくんできた運動もふくめ、関係する人々というのは大きく変化しています。とくに子育ての問題は、若い人たちの問題です。それだけに新しい観点での議論の成り立ちを発見できるかもしれないなあなんて考えたりしてるんですけどね。

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