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2005/09/06

俺は、君のためにこそ死ににいく

 洋さんのエントリーに刺激されて、先月、「近ごろの日本映画は」でも書いたことだけど、愛する人のために死ぬということについて。昨年9月の『文芸春秋』に石原慎太郎が「特攻と日本人」という一文を寄せている。このエントリーのタイトルの映画のもとになっているものだ。石原の主張は、特攻は、愛する人のために死ぬという純粋な行為だというもの。軍部首脳愚かさや過ちとは無縁の行為だという主張。このことについて、ずっと考えていた。靖国の思想にしても、小林よしのりの主張にしても、結局は、この特攻の美化を核としているという点では共通している。
 戦前の日本の軍隊は、住民の虐殺に代表される対外的な残虐と一体となった、兵隊を虫けらのように扱う体質があったと思う。愛するためという行為と、特攻という行為には明らかに飛躍がある。この議論は、そこを一体にすることでこの軍隊の本質を巧妙に覆い隠しているのではないか。
 そのとき、この飛躍を乗り越えるために、もちだすのが小林よしのりなどの「公」の議論であったり、故郷の自然と一体となるような愛国心だ。ここには、「愛する」ということを、国家にとりこんでしまうレトリックが存在している。いつのまにか、あの戦争自体を美化したり、その戦争を遂行した天皇制そのものを礼賛するようなしかけが忍び込まされている。
 実は、ことの本質は、では若者の「生きがい」ってなんだろうという問題もあるんだと思う。ここに、いまの若者、とくに男の子たちが、気分として、この「愛する」を受け入れやすい、「生きがい」をめぐる、困難さ、むずかしさもあるのだと思う。歴史認識の問題、平和にかかわる問題であると同時に、きわめて、現実的な生活にかかわる問題でもあるのではないのかと感じたりもするが。
 このテーマは、私にとっては、2カ月ほどまえ、ある現代史の研究者から問題提起されたもの。どうしあげればいいか、進行中の課題である。

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コメント

こんばんは。私もいろいろ考えさせられています。いま、青年のなかで、「愛するもののために…」という議論が受けるのかどうかは、私自身は疑問ですが、こういう大宣伝が影響力をもつことは確かでしょうね。いずれにしても、私は、戦争を許さない生き方こそ、愛する人や自分のためであり、生きがいある人生だということが、一番大切だと思っています。

投稿: | 2005/09/07 00:07

誤解を恐れずの発言です。ただ、私の長男は、高校のときは、いろいろ平和運動にとりくんだりしていましたが、学生になって、彼女とのつきあい方などを見ると、親としてというより、そういう社会的な活動をしてきたものとして、ほほえましいなあという思いと違和感が同居していまいます。うまく言えませんが、彼女との関係に、居場所を求めざるを得ないような生きるうえでの”つらさ”を感じてしまうのです。
 ところで、洋さんのブログに、うまくコメントやTBがつきません(汗)。

投稿: YOU→洋 | 2005/09/07 00:19

私のブログ…というより、dionのブログをやっている人の何人かが、最近の調子の悪さを感じています。私は、いま引っ越し先を検討中。選挙後、リニューアルするかもしれません。そうなれば、ご迷惑かけずにすむかな??

投稿: | 2005/09/09 01:30

2005年最後の日
朝・ブログを開いて
リンク元先
3番目に出てきた<ささやかな思考・・・
でした。
2006年も遭遇を期待して
良いお年を

投稿: takoyo | 2005/12/31 06:28

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