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2005/07/28

沈黙のファイル(再)

 やっと読み終えることができたので、追加の感想。
 なぜ、あの戦争を参謀として主導した、服部卓四郎にしろ、辻政信にしろ、この主人公の瀬島龍三にしろ、戦後大きな政治的力を発揮するようになったのだろうか。戦後の社会で、「冷戦」がはじまり、アメリカの実質的単独占領だった日本は、ドイツと違い戦前と強い連続性をもつようになる。しかも、中国にしろ、韓国にしろ、そのもとで発言するような主体的条件がなかった。
 こうやってつくられた戦前との連続性は、ある意味で保守政治が危機に陥ったとき、その力を戦後政治のなかで発揮しているように思います。70年代後半、90年代前半……。それだけに、日本は、ドイツとはちがう困難性をもっているのかもしれません。この歴史認識の課題は、戦後政治の民主化にとって避けることのできない課題なのかもしれません。
 考えてみれば、時期首相候補の安倍晋三の祖父は、中国人強制連行の主務大臣であり、町村の父は、慰安婦の募集に深く関わり、麻生は、強制連行によってなりたっていたセメント会社の御曹司である。

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