サイパンの戦争の傷
天皇が、サイパン慰霊のために訪問した。かつての戦争の終盤、この地は激戦地となった。第一次大戦後、サイパンは委任統治領として、日本からの移民もたくさんいた。そして多くの日本人も犠牲になっている。
同時に、サイパンにはもう1つの戦争の傷跡がある。米領グアムを日本が支配したさい、統治のためにサイパンの人がたくさんつれていかれている(言葉なのが同じ)。このグアムでは、メリーソン村などで日本軍による虐殺事件が起きている。そのグアムの日本軍は、戦闘で壊滅に近い事態となる。戦後、日本軍によるこの虐殺で裁かれたのサイパンのからつれて行かれた警察官などである。「グアム人への日本軍の犯罪はサイパン人によって『肩代わり』されたと言えるだろう」と林博史氏は言う。
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