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2005年6月

2005/06/30

10代の事件が続くが

 今日も、高校生が学校で同級生を刺すという事件があった。教室に爆弾を投げ込んだという事件、父母を殺害し家を爆発させたとされる事件、兄を殴り殺したという事件などが続く。マスコミはセンセーショナルにこれらの事件を報道し、その背景をさぐる。
 事件となる背景は、それぞれ個別に大きな問題をかかえていることが多い。しかし、たとえば、それぞれの家庭事情の問題など、個別的な問題をこんなにもセンセーショナルに追いかけることが本当に、どれだけ重要なのか(まったく意味がないとは思わないが)。しかも、個別の原因の究明は、その個別の原因の抑止、つまり厳罰による対策などに、むすびつきがちでもある。報道により、問題をミスリードすることはないのだろうか。
 個別に光をあてる、その当て方はあくまでも大人の目線である。もっと、子どもの目線で物事を考える必要はないのか。子どもの生きずらさをもっと子どもの目線で見つめていく必要はないのか。事件報道と違った目線での議論も広がらないといけないと思う。

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空疎な沖縄論でした

 職場の友人が、小林よしのりの『沖縄論』を勝ってきたので、借りて読んでみました。というか、読むのは大変疲れる本で、まあとりあえず眺めたというか。
 この本の主張は、沖縄の感情の根底にあるのは、反米ナショナリズムであり、氏のかかげる愛国心と共通する。本土の側の沖縄を見捨ててきた、親米保守の誤りを克服し、沖縄の側も、狭い反ヤマト感情を克服し、日本人として共通の反米愛国の立場に立とうというものといっていいでしょうか。彼の議論の特徴は、自説に都合のいいところだけを切り取って議論するということだと思います。沖縄の歴史、薩摩の支配の問題や琉球処分などの描き方は、きわめて一面的で、国内植民地といえるような差別的な運営がなされたことは十分描かれず、沖縄の進歩に役立った面が強調されます。ましてや、それまで軍隊のいなかった沖縄に、戦争末期に軍がやってきておこなったことなどは議論の対象になっていません。
 戦後の描き方にしても、アメリカに付き従うポチ公的、日本政府の姿だけ描かれていて、その背後には、アメリカだけでなく、日本の支配層が主体的にアメリカに付き従い、アジアと敵対するなかで経済成長をはかっていったことなど、すべて免罪されてしまう。そのことで、保守愛国による、沖縄自立防衛論に筋道を強引につくるという議論です。
 ただ、沖縄をあつかった本だけに、沖縄がかかえてこざるをえなかった政治的な矛盾の数々はある程度反映されています。カメジロウのたたかいなどは圧巻です(苦笑)。アメリカの軍事支配と、日本政治に翻弄されてきた沖縄の抱える矛盾は、偏狭な保守的ナショナリストの議論などを押し流すほど大きいのだということも感じさせてくれるのです。

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花岡事件60年

 今日は、花岡事件から60年。1942年11月、労働力不足を解消するため東条内閣は、「華人労務者内地移入の件」という閣議決定をおこない国策として中国人強制連行をすすめた。秋田県花岡町にあった花岡鉱業所の土木部門を請け負っていたのが当事の鹿島組(現鹿島)で、986名の中国人が強制連行され、苦役を強いられた。45年6月30日、過酷な労働と虐待に耐えかね、いっせい蜂起が起こったが憲兵隊や警察などに鎮圧されたという事件だ。
 現在、大館市のホームページには、この事件について、以下のような記述がある。
 

 作業所での扱いは過酷なもので、補導員の中には指導の名のもとに激しい暴行を加える者もいて、加えて敗戦直前の時期から国内の食糧事情の悪化が彼らの上にも重くのしかかり、耐えがたい暴行と空腹で精神に異常をきたす者もでました。「中山寮」に強制連行された979人のうち137人が死亡し、更に暴行や栄養不良で身動きできない重症者が多くいました。

 餓死か、暴行によって殺されるか、という状況の中で、耿諄大隊長ほか7人の幹部は「このままではみんな殺されてしまう。もはや一日も忍耐できない、蜂起するしかない」と考えました。寮内の動きを調べ、蜂起は6月30日の真夜中と決定。しかし、計画が知れわたると規制がきかない者もでてきて統制は大きく崩れ、以後の組織的行動は不可能となりました。とりあえず逃走命令を発しそれぞれ逃げましたが、重症者の一群は神山付近で最初に捕まり、次に身体の弱っている一群が旧松峰付近で捕まってしまい、残る主力集団約300人も獅子ケ森山中に逃げ込み抵抗はしたものの食糧も水も無く力尽き次々と捕らえられてしまいました。
 捕まった者たちは7月1、2、3日と共楽館前広場に炎天下のもと数珠繋ぎに縛られ、座ったままの姿勢でさらされました。3日の夜に雨が降ったため何人かは死なずにすみましたが、大勢が亡くなりました。
 死体は10日間も放置されたあと、花岡鉱業所の朝鮮人たちの手で三つの大きな穴が掘られ埋められました。この後も中国人の悲惨な状況に変化は無く、7月に100人、8月に49人、9月に68人、10月に51人が亡くなりました。

 今日、大館市と、中国の2カ所で追悼の集いがもたらたという。2000年に和解が成立し、鹿島はその責任を認め賠償に応じている。しかし、国策としての中国人強制連行にはいまだ、謝罪も賠償もない。

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2005/06/29

辺野古の海 揺れる基地建設

 放送が延期されていた、NTV『きょうの出来事』で、『辺野古の海 揺れる基地建設…多額税金の行方』が今夜放送されました。普天間基地の辺野古移設が決定された以降、基地の街にばらまかれた巨額の税金。移設をきめた橋本派の鈴木宗男が沖縄担当の大臣(開発庁長官)だった。札束で、基地を押し付ける政府のやりかたにたいし、子どもたちに基地を押し付けるわけには行かないという、辺野古の海人や下地島の人々の姿は対照的です。短い時間の放送(9分)でしたが、真摯な姿勢でつくられたニュースでした。

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闇の中の模索

 今日は、朝からグラビアの印刷立ち会いです。これが終わると一冊の雑誌づくりは完了です。次号は、かなり進行中です。8月発売ですから、私はひたすら歴史認識にかかわる企画を担当します。
 さて、その次、そしてその次の号の企画を考えなければなりません。今日の午後からは、そのための準備の仕事をします。大きなテーマでのいえば、国連の文書を読みます。日本の外交と国連を論じた論文を1本目をとおして、あと憲法で切れのいい論文を書く人がいないかどうか論文集をさぐります。教育問題で中教審の資料をプリントアウトする作業をして、ぱらぱらと眺め始めます。元新進党(自由党)参議院議員の平野貞夫氏が書いた、創価学会批判の本を読み始めます。そして、帰りの電車で『文民統制』という本を読みます。途中、メールや電話で協力してくれる研究者などなどに連絡したり。少し、ひっかかりのある問題意識、これはなぜだろう、これはこうすべきではないのかなどの問題意識を手がかりに、いろいろ眺めて、まるで闇の中を手探りで歩くように、一歩一歩、企画に近づいていこうというわけです。でも、たいてい、これは使えないで終わることのほうが多いのですが。
 こうした作業は、実は、あまり健康的ではありません。ぼーっとして眠くなりし、もやもやもやもやして、どんどん暗くなってしまいます。結果、今日は、あまりことはすすまなかったという一日でした。

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高松塚解体へ

 高松塚古墳が解体され、壁画の修理にとりかかることになった。私の実母の実家は奈良にある。高松塚古墳から、山を一つ超えたところだ。それだけに、子どものころから明日香は何度も行ったし、そも遺跡を大切にした村づくりをこの目で見てきた。
 数年前に、息子たちをつれてサイクリングをした思い出もある。それだけに、今回の解体の決定は複雑な思いがあります。壁画の修復に万全に期してほしい。将来的に安全な保存をすすめてほしいそう願ってやみません。ほんとうに、この20年間のとりくみに問題はなかったのか、その検証もすすめてほしい、そんな思いも感じてしまうのですが。

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2005/06/28

夢の中へ

 今朝、通勤の電車が事故で、不通に。動き出したんだけれど、新宿周辺に電車が溜まってしまい、なかなか動かない状態に。その新宿に向かう電車に乗り込む乗り換えの駅は、この路線で行くのをあきらめて、振り替えの路線に急ぐ人の群。しかし一台、電車が停車中。私は、ちょっと疲れていたので、少し待ったら動き出すかもと、その電車に乗り、座って待つことに。そのうち、だんだん眠くなり、夢の中へ……。たぶん1時間ちかく、時間はたったのでしょうか。気がついたら新宿の駅。とても不思議な、SFの世界に迷い込んだような不思議な時間でした。

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BC級戦犯裁判

s952 BC級戦犯といっても、実際にはほとんど知られていないんだろうなと思う。「私は貝になりたい」というドラマがあったけど、それを通じて知っているていどの人が多いのだろう。実際、私の連れ合いでさえ、ABCというのは犯罪の大小と思っていたようだから。BC級は1つにして呼ばれることも多いし、実際の運用ではいろいろなるのだろうが、一般的にはA(平和にたいする罪)、B(通常の戦争犯罪)、C(人道にたいする罪)というように分類される。国際軍事法廷の規程による。
 さて、本書は、長く戦争責任を追求して、調査されている著者が、ていねいにBC級裁判の資料を集めて、その成果をまとめたもの、8カ国でおこなわれた日本の戦争犯罪を裁く裁判を調べている。一般にはBC級裁判は、裁判過程の不十分さばかり指摘されてきて、勝者の誤った裁判と考えている人が多いのかもしれない。しかし、実際には、フィリピンをはじめとした東南アジアや中国の現地住民にたいする虐殺などが裁かれていて、貴重な資料にもなっている。こうやって日本の軍隊のおこなった犯罪を見てみると、スパイなどの容疑での住民に対する集団虐殺、略奪や強姦というものがいかに多いかがわかる。
 戦後、なぜ、こうした犯罪に日本は、国民として向き合うことができなかったのか? なぜ、こういった歴史がきちんと伝えられてこなかったのか。冷戦と、そのもとでの対米従属、アジアへの敵対と支配……。考えさせられることも多く、現在の課題を痛感させられる。

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2005/06/27

サイパンの戦争の傷

 天皇が、サイパン慰霊のために訪問した。かつての戦争の終盤、この地は激戦地となった。第一次大戦後、サイパンは委任統治領として、日本からの移民もたくさんいた。そして多くの日本人も犠牲になっている。
 同時に、サイパンにはもう1つの戦争の傷跡がある。米領グアムを日本が支配したさい、統治のためにサイパンの人がたくさんつれていかれている(言葉なのが同じ)。このグアムでは、メリーソン村などで日本軍による虐殺事件が起きている。そのグアムの日本軍は、戦闘で壊滅に近い事態となる。戦後、日本軍によるこの虐殺で裁かれたのサイパンのからつれて行かれた警察官などである。「グアム人への日本軍の犯罪はサイパン人によって『肩代わり』されたと言えるだろう」と林博史氏は言う。

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エアコンの故障

 超蒸し暑い日々が続きますね。そろそろ冷房が恋しくなります。が、なんと、我が家のエアコンが動いてくれません……。理由はわかりません。が、あつくてたまりませんね。

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父と暮せば

 一も二もなく、感動しました。井上ひさしさんの同名戯曲の映画化です。
 ストーリーを公式ホームページから引用すれば

盛夏の広島。昭和20年8月6日午前8時15分。突如頭上に炸裂した一発の閃光が人々の運命を襲った。
広島を「ヒロシマ」に変え、父と娘の未来を変えた。
人類史上初の原爆が投下されてから3年後の広島。図書館に勤める美津江は、愛する者たちを一瞬の閃光で失い、
自分が生き残ったことへの負い目に苦しみながら、息を殺すようにひっそりと暮している。
その彼女の前に、ある日ひとりの青年が現れた。原爆の資料集めに情熱を注ぐ木下青年に好意を示され、
美津江も一目で彼に魅かれていく。
「うちはしあわせになってはいけんのじゃ。」
自分は人を好きになったりしてはいけない。
幸せなど望んでいない…。
美津江はそんな自分の恋心を押さえつけ、黙殺しようと必死である。
美津江が恋に目覚めたとき、父の竹造(亡霊)が現れる。
頑なに恋心を否定し、幸せの一歩手前で躊躇する美津江に、父の竹造は自ら「美津江の恋の応援団長」を名乗る。
なだめ、すかし、励まし、ありとあらゆる方法で何とか娘・美津江の心を開かせようとするのだが…。

 こまつ座でも、4度舞台化されていますが、その3度目の舞台で、主人公を演じた、斉藤とも子さん(私たちの時代のアイドルの1人ですね)は、その後、独学で勉強し、大学院まで進学して、原爆小頭症の家族の生活史を調べているといいます。
 「最悪の状況下でも、人間は常に未来をみている」……それが原作者・井上ひさしの思いだとも言います。私たちも勇気をもって、平和の明日をめざさなければなりません。

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2005/06/26

『事件の取材と報道』が販売されているそうです

 朝日新聞社が、報道と書かれる立場の人権の調和を目指して、15年ほど前から事件報道の改革に全社を挙げて取り組んできた、その成果としてまとめた事件報道の指針の最新版が市販されているそうです。この報道と人権の問題は2つの側面が必ず存在します。プライバーにかかわるような報道される側の人権とメディアスクラムの問題。同時に、権力を監視するというメディア本来の役割からくる、報道の自由という問題です。前者は前者で問題ですが、後者のふらつきは、メディアの存在にとって決定的でもあります。私たちの代弁者でなくなるからです。朝日が自己点検をどう行い、そう考えているのか。早めにとりよせて、読んでみたいと思います。

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団地の植栽

 団地の植栽ボランティアの手によって、低木の剪定がおこなわれました。私も切り出した木の処理のお手伝いをしました。暑い中、汗はだらだらです。7棟で構成される団地ですから、木のスペースもかなりのものになります。それをボランティアを中心にして、共同で管理をしているのです。これだけで年間かなりのお金の節約になります。
 ボランティアの方々のご苦労には頭が下がります。このつながりで、いろいろ会話もすすみます。私も、もう少し、草木に関心をもちたいなあとは思いますが。

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2005/06/25

二男が帰ってきました

 昨日、二男が修学旅行から帰ってきました。さっそく今日は、4時頃からゲームです(笑い)。とりあえず、「楽しかった」そうですが、何が楽しかったのか??? おみやげといえば、自分の食べる「茶団子」と「おたべ」。いつも、京都のおばさんがくれる「茶団子」は好物なのですが、いったい何をしにいってきたのか。まあ、毎年に近く訪れている京都・奈良、場所よりも、友だちなんでしょうね。
 でも、帰ってきて、やっと家族の生活です。やはり子どもがいないのは落ち着かない。つれ合いなんて、今日は、長男のところに電話までしていましたらねえ。

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靖国神社は「主張」する

 今日の、東京新聞に、A級戦犯の合祀の問題などについての、東京新聞の質問にたいする靖国の回答が掲載されていました。
 記事によると

靖国神社、分祀を全面否定
                       本紙に回答
 中国、韓国との外交関係悪化の最大の原因となっている小泉純一郎首相の靖国神社参拝に関し、宗教法人・靖国神社は二十四日までに、本紙の取材に文書で回答した。

 この中で、同神社は極東国際軍事裁判(東京裁判)で有罪判決を受けたA級戦犯の戦争責任について「受刑者は、国内において犯罪者とは見なされていなかった」との見解を示し、一九五三年の遺族援護法改正など国内法を根拠に、戦争犯罪人ではないとした。東京裁判についても、「裁判が絶対的に正しかったとは言い切れない」と疑問を呈した。

 ……
 同神社はA級戦犯の分祀についても、「仮にすべてのご遺族が分祀に賛成しても、神社が分祀することはあり得ない」と全面否定した。ただ、政府・自民党サイドから、分祀について打診があった事実を正式に認めた。

 回答本文も興味深いのですが、その紹介はいずれまた。
 自存自衛の戦争観を隠そうとはしていません。

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豊田直巳さんの写真展

 紀伊國屋画廊であった、豊田直巳さんの写真展行ってきました。『子どもたちが生きる世界はいま』という写真集の発刊を記念しての写真展です。
 豊田さんは、イラクの写真で有名になりました。戦争のさいの写真をふくめ、イラクをとっと写真集は4冊にのぼります。しかし、イラクだけではなく、パレスチナやコソボ、沖縄、最近はアチェの魅力的な写真をとっています。
 今回の子どもたちの写真は、いずれもやさしい、豊田さんの人柄があらわれた写真ばかりでした、というのが感想です。写真家には、相手にぎりぎりまでせまって、相手の感情まで切り取ってくるような写真をとるタイプの人と、少し距離感をおいた写真をとる人がいるように思います。豊田さんは、後者でしょうか。子どもたちの表情には、少し、やわらいだものがあるのですね。

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2005/06/24

ブログの運営について

 このささやかなブログでも、さすがに、ホットな話題については、いくつかのトラックバックやコメントがつきます。最近では、「未来をひらく歴史」などはその典型例といえると思います。そこでよせられている意見の少なくないものは、私の立場とは異なるものです。
 もちろん、異なる立場の意見も基本的には、大歓迎します。嬉しい限りです。ただ、誹謗中傷のたぐいは、必要に応じて削除させていただくこともあるので、ご了解下さい。許容範囲は広いとは思いますが。
 運営者も多忙なため、異にする意見であっても、いちいち反論しないことはお許し下さい。ただ、議論に値する重要な指摘については、今後努力はしたいと思います。そのためにも、ぜひ、それぞれの意見が、説得力のある、豊かな議論にむすびつくものなのかどうなのか、TBやコメントをつけるときは、そのこともよく考慮していただければ幸いです。お互いに。

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中国人強制連行の裁判

 日本では、昨日、劉連仁事件の判決があり、高裁は賠償請求を棄却しました。1944年に強制連行で日本につれてこられ、北海道の炭坑で非人間的な強制労働を強いられ逃亡。その後13年間、山中に隠れ、終戦をも知らなかったというのがこの事件。判決では、強制連行の事実は認めました。しかし「請求権がない」と門前払い。
 国策としてすすめられた強制連行の事実は重いものがあります。この事実を政治は正面から向き合わなければならないと思います。

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いまなお裁かれるナチスの犯罪

 毎日新聞(15日)や朝日新聞(24日)に、「イタリア:ナチスによる虐殺へ61年後の判決言い渡しへ」「ナチ親衛隊の住民虐殺、61年後に終身刑判決」という記事が掲載されていました。 朝日新聞の記事では

 第2次世界大戦末期の1944年8月、イタリア中部トスカーナ州サンタンナ・ディスタッツェーマ村で住民約560人がナチ親衛隊に虐殺された事件で、イタリアの軍事裁判所は22日、計画的殺人罪に問われた元ドイツ兵の被告10人全員に対して終身刑を言い渡した。事件から61年を経て戦争犯罪の責任の所在が明らかになった。

 被告は、もちろん高齢で、実際に刑に服することはないようですが。「数少ない生存者や被害者の遺族らは『正義が勝った』と拍手し、泣いて抱き合った」そうです。
 この60年の地点に立って、私たちはもう一度戦争犯罪と言うことを真摯に考える必要があるように思えます。日本の場合、たくさんの犯罪が裁かれなかったことは否定のしようなありません。同時に、裁かれた犯罪の内容にも実際にどう向き合ってきたのか。考えさせられるできごとです。

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2005/06/23

戦時と平時と境界

 今日の朝日新聞に、ICタブの話が出ていました。商品の管理をすすめるため、ICタグをつける、その施策をどこかのお役所がすすめるというのです。このICタグなる代物をすすめているのは、アメリカのウォール・マートです。そう西友さんの親会社ですね。なぜ、ウォール・マートがこれの開発をすすめたのか。実は、ウォール・マートは、アメリカ最大の兵站企業であり、その活動のためにすすめたと言われています。
 たしかに、軍事の技術が、生活の発展にむすびつくことはすくなくありません。このインターネットだってそうです。しかし、日常の流通が、戦場につらならない保障がどこにあるのでしょうか。有事法制の時代、戦時と平時の境界はどんどんあいまいになってるのかもしれません。おりしもイラクでは、「戦闘地域でない」サマワの自衛隊の車両が攻撃をうけました。いま、よく見つめなければならないことがあるように思います。

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パレスチナから報告します

025547550000 著者は、イスラエル人のジャーナリスト、イスラエルの新聞の特派員として、パレスチナの占領地域に住む。そこからイスラエルに住む読者に訴えるレポートが本書。アミラ・ハスというこの人の話は、アジア・プレスの土井敏邦さんが、インタビューした映像を見たことがあります。とても感動しました。彼女の書いたものを読みたいと思っていたところ、やっと邦訳が筑摩から出版されました。
 情勢の悲観的な側面が集約されているのが、ある意味で、このパレスチナの問題かもしれません。ときおり、新聞では、「和平」という文字が並びましが、どう考えても実態は、武力の圧倒的優位を誇るイスラエルが、パレスチナを強引に引きずっているという図式です。パレスチナの抵抗には展望がありません。武力であれ、その他の物理的な抵抗であれ。ただ、彼女のような仕事や、彼女が伝えるような人の姿には、ものすごく展望を感じたりもします。
 人は、生きている限り、意味のある仕事をしたいと願います。そう思っている人の真摯なとりくみがあるかぎり、世界の未来は暗くないのでしょうね。自分もできれば、意味のある仕事をしたいと願うのですが。

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2005/06/22

二男は修学旅行

 二男が修学旅行で、今夜は夫婦二人です。すこし、緊張したりして。二人で居酒屋でのみましたが、一時間半しかもちませんでした(笑い)。帰りのバスのなかでは近所の人が一杯、少し恥ずかしかったかな。

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十五歳の犯行

 こんな事件に出合うと、胸がつぶれそうになる。こどもたちの事件からは、明日も未来も見えない。いったいどんな親子の葛藤があったのだろうか……。
 それが、許されないことであったとしても、自分の未来をも捨て去るような心情においこまれたこと一つをとっても、あまりにも切ない。昨日はどんな夜を過ごしたのか。いま、やさしい眼差しで、その心を受けとめてくれる人は側にいるのだろうか。

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2005/06/21

大増税がやってくる

 政府の税制調査会が、個人所得課税に関する論点整理という報告書を発表しました。税金には、不公平感があると言いながら、この報告で、どうやらターゲットにしているのは、サラリーマンであるようです。消費税の増税はもはや当然視しながら、所得控除などもどんどん減らし、サラリーマンの財布に手をつっこもうというのでしょうか。
 骨太2005も閣議決定されたようです。このところあまり話題にもならない経済政策ですが、ちょんとした監視をしないと、たいへんなことになりそうです。

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日韓会談――韓国紙はどう報じたか

 韓日首脳、歴史認識で「異見」のみを確認 韓日首脳会談、実質的な成果得られず 長期治療を期待歴史認識の違いだけ確認した韓日首脳会談 、それぞれ東亜日報、朝鮮日報、中央日報の報道です。

 中央日報の社説は次のように言います。

 首脳会談は、非常に残念な気持ちを残す。過去問題・神社参拝については、日本がさらに積極的な謝罪と釈明をすべきだった。最近、韓国と中国が日本に対する不満を示した理由が、他ではなく同問題にあったからだ。日本が変化しなければ、今後も、北東アジアで日本の役割は制限されざるを得ない。

それでも、慰安に思えるものを探すならば▽北核の平和的解決策について共感を再確認したことと▽日本の図々しく恣意的な過去認識にもかかわらず韓日首脳会談が予定通り開かれたとの点だ。韓日両国の平和と繁栄の時代を開くうえで、両国の友好は欠かせない。小泉首相に、勇気と決断を促したい。

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日商の改憲提言と改憲派の巻き返し?

 先日、日商の改憲提言が発表されました。注目されるのは、9条改憲について、「第2項で自衛権を保持することを明記すべきと考える。その当然の帰結として、自衛のための『戦力の保持』を明記する。自衛権と自衛の為の戦力の保持を明確にし、無益な憲法上の解釈論争の余地をなくすためにも、条文に明記すべきである」としたうえで、さらに、「自衛権には、集団的自衛権も含まれていることは国際法上の常識であり、それは国連憲章でも認められている『独立主権国家』が保持する自然権であり、現行憲法の下においても我が国も当然に保持していると考えられる」と言っていることです。また、「3項を新設し、『国際社会の平和の維持・回復、並びに人道的支援』のための国際協力活動に対する現行の自衛隊の派遣を改めて憲法で認め、これを国防活動と並んで現行自衛隊の本来業務とする」としています。なかり、改憲派の本流の考えと同じだと思います。
 実は、日商は、改憲提言の「中間とりまとめ」の段階では、集団的自衛権はあいまいな表現をしていました。「集団的自衛権のあり方に関しては、日本商工会議所として、今は更に議論を重ねるべきところである」と、「これ以上は踏み込まない」ともとれるニュアンスだったのです。
 改憲の議論が膠着するなか、いわば、財界内部での巻き返しの流れが起きているのでしょうか。

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チビチリガマ

PIC00011 土曜日のNスぺでとりあげられたチビチリガマ。3年前、子どもたちといったときの写真です。83人もの人が亡くなったチビチリガマ。うち15歳以下が47人、国民学校生以下が41人を占めているのです。大人たちが火をつけて、そのため窒息死したケースが多かったようですが、結局「日本軍の意思を代弁した元軍関係者らの独走によって、多くの老人女性こどもがまきこまれて死んでいった事件」(林博史)というのが真相であるようです。付近のシムクガマには約1000人が避難していたそうですが、ハワイ帰りの人がいて、米軍の呼びかけに投降し、助かっているのです。本土決戦のための時間稼ぎの捨て石として沖縄の人に、共死を強制した日本軍。まもなく60年目の6月23日がやってきます。

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2005/06/20

辺野古の特集番組のお知らせ

 電波ニュースの関係の方から、転載歓迎情報です。

 日本テレビ系列『きょうの出来事』で、辺野古を中心にした特集が放送されます。昨年末より企画・取材しておりましたが、放送日が、ようやく決まりました。22日(水)の夜10時54分からの番組で、特集は番組中盤頃で9分弱です。(突発的なニュースなどにより放送日が延期される場合がありますが、ご了承く ださい。)  反戦・平和や沖縄の問題に対して比較的関心が薄い人達にも理解してもらえる内 容にしています。お知り合いの方などにお知らせいただけると幸いです。ぜひ、よろしくお願いいたします。


以下、番組情報です。
----------------------------------------------
特集『辺野古の米軍基地建設計画をめぐって(仮題)』
■日時 6月22日(水)夜10時54分から

■番組名 日本テレビ系列『きょうの出来事』
特集は番組中盤頃で9分弱です。

■番組Webサイト(感想を送る事もできます。) http://www.ntv.co.jp/kyodeki/

制作会社:日本電波ニュース社
プロデューサー:立山勝憲
ディレクター:小林充志
(突発的なニュースなどにより放送日が延期される場合がありますが、ご了承く
ださい。)

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至福のとき

 先週の風邪からの復活の過程で、この映画をDVDでみました。ごぞんじチャン・イーモー監督の作品です。中国版寅さん? チャップリン? コミカルなたっちの作品で、かなりチャン・イーモー作品のなかでは異色作です。関係者のなかでも、もっとも評価がわかれる作品と言えるかもしれません。ほんとうに単純なストーリーの作品です。それをこうした映画につくりあげるチャン・イーモーを私はやはり好きですね。

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日韓首脳会談

 私が、記憶する限りのなかで、最悪の状況のなかでおこなわれた日韓会談。はじめから、何か成果があるとはとても思えない状況のなか。こういう日は、朝から心がつぶれるような思いですごさなければなりません。案の定、夕方の共同記者会見の小泉首相の言葉は、これ以上、中身のない空虚なものでしかありませんでした。これなら、だいたい何のために無理に首脳会談をしたんだろうか。韓国側は、3月の盧武鉉の演説から、いわばボールを投げつづけ、答えようとしないのは日本側なのだから、無理に首脳会談なんてしたくなかっただろうに。しかも、小泉首相は、韓国の記者の質問を受けつけなかった。これでは、韓国国民に語りかける言葉はないと言っているようなものではないのか。もうあきれてものが言えない。
 

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2005/06/19

裁かれた戦争犯罪 など

0009000 今日は、膨大な資料の印刷のために職場にいくつもりだったのですが、二男の昼ご飯問題と、二男が模試にいくのにカギをもっていかなかったことなどもあり、職場に行くのをやめて、家で家事と、そして資料に目をとおしたり、この『裁かれた戦争犯罪』という本を読んだりして過ごしました。少し、ゆっくり時間が過ぎるのはいいことです。たぶん、しばらくはないでしょうが。
 読んだ本や資料のテーマは、かつての戦争で日本は東南アジアで何をしたのかです。やはり印象的なのは泰緬鉄道でしょうか。タイのノンブラドックからビルマのタンビュザヤまでジャングルの中の415キロにもおよぶ鉄道を日本軍は、現地の強制労働で強行しました。現地ではいまだロームシャという言葉が残っているほどです。この蛮行では1万2000~3000人の捕虜も犠牲になったといいます。力による支配を強行するため、反日と目される人々の虐殺が繰り広げられたのは共通しています。
 シンガポールの小学校の教科書には以下のような記述があるのです。「占領はすべての人にとって大きな苦難であった。しかし、それはある貴重な教訓をもたらしてもくれた。……これによって日本の支配より西洋の支配の方がまだましだったが、自主独立の方がもっとすばらしいであろということを、彼らは悟ったのである」と。

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今夜は和食

 父の日だと言うのに、今日の夕食も私の手料理です。今夜も和食です。近所のスーパーでブリが特売だったので。あとは、じゃがいもをバターでいためて、和風に煮る、ちょっと工夫の一品? そして肉豆腐です。まあまあかな。

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2005/06/18

戦後保守政治の転換

 仕事で、五十嵐仁さんの『戦後保守政治の転換-「86年体制」とは何か』という本をよみました。
 少し、長くなりますが本人の紹介です。

 これは私の最初の単著で、保守政治を中心にして、戦後から96年までの政治過程を分析した概説書です。そのなかでも、70年代後半から80年代中葉にかけての保守政治の変化を分析し、特に中曽根政治の基盤・背景・特徴が明らかにされています。
 中曽根内閣の時代に戦後保守政治は転換し、それによって生じた新しい政治的な枠組みが「86年体制」であるというのが本書の主張であり、このような転換を生み出した背景には、日本の経済的・社会的な中期変動や国民の政治的・社会的意識の変容があるというのが結論です。
 ただし、今日から振り返ってみれば、中曽根時代における転換は、いささか過大に評価されていたように思われます。本書の分析通り、転換の必要性については増大しつつありましたが、転換そのものについては中曽根時代では中途半端に終わり、「戦後保守政治の転換」という課題はその後も小沢一郎らによって引き継がれていくからです。この点について、詳しくは、本書の続編に当たる『保守政治リストラ戦略』をご覧ください。

 いまのような属国日本は、どのように生まれたのか。たんなる対米従属から、いっそうの深化をみせた80年代の保守政治。こうした視点からふり返るのも興味深い課題だと思います。
 

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沖縄よみがえる戦場

 NHKスペシャルの「沖縄よみがえる戦場――読谷村民2500人が語る地上戦」という番組を、二男といっしょに見ました。住民の4人に1人の命を奪っていった沖縄戦。1945年4月1日、米軍が上陸した読谷村では、米軍の包囲が狭まる中での集団自決(集団死)がおこなわれました。3年前、息子たちといっしょにいったチビチリガマもその舞台です。読谷村の村民の多くは、北部ヤンバルに疎開します。原生林を逃げ惑う中での飢餓やマラリア、味方であるはずの日本軍から受けた虐待……。読谷村民の犠牲者は、3000人を超え、その3分の1は餓死だと言います。そして、生き残った村民たちが長く口を閉ざしてきた後、運命を後世に伝えるためにと口を開いた証言は、ショッキングでもありました。その歴史は決して過去のものではなく、はっきりと現在に続く歴史であることを感じさせてくれる番組でした。二男にとってはやはりアブチラガマの体験が何よりも大きかったようですが……。
 ちょうと、帰りの電車のなかでは、『沖縄戦と民衆』を読んでいます。沖縄に部隊が配置されたのは、太平洋で日本軍が大敗し、戦局が悪化して後のこと。サイパンがあぶないということで、急遽、第32軍が編成されます。沖縄を捨て石にすることが前提の軍隊、志気も規律もない軍隊が沖縄になにをもたらしたのか。日本軍が植民地支配の現地でおこなったことと重なる前史が、沖縄戦にあることを学んでいます。

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2005/06/17

靖国とつくる会教科書、特攻について

 復帰2日目の仕事です。やや遅刻して出勤。座っていくのですが、その時間をつかって子どもの夕食をつくります。ぱっとできるのはどうしても中華になってしまいます。夜、子どもから抗議あり(笑い)。
 午前中は、仕事の滞りのお詫びのメールなど。昼から、歴史の研究者と打ち合わせに。1時間ほどのうちあわせのあいだ、靖国の問題とつくる会教科書の話をいろいろしました。つくる会の教科書は、見本本は、ある意味で教科書として洗練されてきたようです。かなり扶桑社サイドの意向と努力が反映しているようです。それだけに、4年前の見るからに欠陥教科書から、いわば特殊な歴史観をもつ教科書のかわったといえるのでしょう。それだけに、採択をめぐる問題は直接、歴史観が問われることになるのでしょうか。
 靖国の話をしていて、遊就館の特攻の展示が話題になりました。ここ数年間の日本の戦争映画の素材としては圧倒的に特攻が多いそうです。私のような人間が、遊就館の展示を見ると、戦争の悲惨さだけを感じます。しかし、日本社会全体の状況、とくに若者にむけたメッセージとしては、特攻をある種「美化」する傾向を感じると、その研究者の方は語っておられました。世界的にも自爆テロにかかわって、日本の特攻にかかわる議論が注目を浴びていると言います。特攻を思想的にどうとらえるのか。このことも、今年はちょっと考えたいテーマですね。

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2005/06/16

日本の軍隊は何をしたのだろうか

 60年目の8・15を考えるにあたって、1つのテーマとして日本軍隊は、かつての戦争でなにをしたのかをしっかり考えたと思っています。今月BC級戦犯についての新書が岩波から出されましが、こういうのも手がかりです。同じ林博史さんが書いた『裁かれた戦争犯罪』なども読んでみようと思います。靖国の本質を理解するうえで英霊というものをどう考えるかは1つのポイントだと思います。こうした問題のうえに、沖縄の問題なども考えたいと思っています。4272520679

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今日は少し元気です

 2日間、寝込んでましたから、ぼちぼち仕事をと、がんばって働きに行きました。まだまだ完全ではありませんが、少しずつ、がんばらなければなりません。まあ、仕事は結局たまってますし、会議も私のために延期になっていたようです。
 ちょっとずつ、エンジンもかかってきます。いろいろな方面に連絡をとったり……。早めに帰りましたが、まあまあの1日でしょうか。
 帰りの電車のなかで日曜日に読み終えるはずだった『異質の光』を読み終えました。最後の章は「たたかい」です。糸賀が何とどのようにたたかい、発達保障という道を切り開いたのか。
 『異質の光』とは何か。

「この光は、この人びとから放たれているばかりでなく、この人びとと共に生きようとしている人びとからも放たれているのである」「この異質の光をみとめるというはたらきは、ないか特別な能力であるかのようであるが、じつは決してそうではない。いつの世にも、そしてだれにでもそなわっているのである。しかしその能力は、あやまった教育と生活のために、長いあいだ隠されており。はたらきがにぶってしまったのである」

 「この子らを世の光に」。名言ですね。

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2005/06/15

引き続きお休み

 今日は、16時間も寝ていました。少しは楽になったかなあ??

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2005/06/14

風邪で発熱

 昨日の講演会の空調がよくなく、寒かったのもあったのか、今日、めずらしく発熱してしまいました。思い切って、休んで一日寝ていました。案外、眠れるもんなんですね。今日は、静かにしています。

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2005/06/13

憲法再生フォーラムIN早稲田

NEC_0022 憲法再生フォーラムの講演会に行って来ました。お目当ての渡辺治さんは、急な会議のため不参加。残念。学部長(学科長)は忙しいですね。
 それでも、講演全体はおもしろかったです。辻井喬さんのスピーチのあと(少し寝てしまいました。申し訳ありません)、桂敬一さんのメディアの動向の紹介。自身の体験とからませて話されて面白かったです。間宮陽介先生の話ははじめてききました。憲法とは何かという問題を、憲法学者風ではなく、政治思想家らしく料理。オーストラリアの国民投票での秘訣の話など、論点としては参考になりました。最後は、水島朝穂さんのスピーチ。以前にも紹介した「国民的憲法合宿」の話はやはり面白かったです。このドキュメント、ATP賞の受賞が決まったとか。今月の25日にはBS2で、その受賞の様子も放送されるそうです。

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雨と夢のあとに(小説)

4048735950 ドラマにはまったのが高じて、原作本を買って読んでしまいました。ドラマより残酷で、ドラマがどちらかというと父親の視線で展開しているのに対し、小説のほうは、まったく少女の視線です。ちょっとボロボロですね。だってラストのシーンが、先日5月21日、ブログでドラマの感想を書いたとき紹介した、私が自分の子どもとった遊園地なんだもの。まいったなあ。3日ぐらいはしずむかなあ。

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2005/06/12

日本遺族会とその戦争観

  『中帰連』という雑誌に掲載された王希亮という黒龍江省社会科学院歴史所の研究者の方の論文を見つけました。中帰連というのは、中国帰還者連絡会という中国で拘留され、その後帰国した兵士さんたちの団体で、現在でも「撫順の奇蹟を受け継ぐ会」の名でさまざまな活動をされています。私も、季刊『中帰連』などを読むようにしているのですが、この論文は、今から8年前に発行されたものに掲載されていたものです。
 中曽根首相の靖国参拝後、日中間で政治問題としてクローズアップされるのはいつもA級戦犯合祀の問題です。では、中国は靖国そのもののもつ問題や、遺族会の政治活動などをどう見ているのだろうということを知りたかったときに、この論文を見つけました。遺族会が政治とどうかかわってきたのか、どんな政治課題を掲げてきたのか、その根底にどのような歴史観があると考えているのか、それなりにていねいに調べています。少し、驚きでもあったのですが、指摘は正確で、学ぶことの多い、中国側の問題認識の一端をもかいま見せてくれるものとして、興味を引きました。

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休日

 今日は、無理やり休むことにしました。たぶんずいぶん身体と心も疲れています。とにかに寝ることを考えて、10時まで寝ました。遊びに出かけるのではなく、とにかく家でぼーっとすることを心に決め! 一日を過ごしました。私のいちばんの苦手な過ごし方です。
 家事だけはしました。夕食は今回も中華です。それでなんとか一日が過ぎましたが、どうも落ち着かない1日でした(笑い)。

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2005/06/11

日韓歴史共同研究委員会

 日韓両政府の合意によっておこなわれていた、歴史共同研究委員会の最終報告書の全文が発表になりました。かなり膨大なもので、正直言って参っています。ぼちぼち読もうとは思うのですが、うーん。
 今日の新聞では、どの新聞も大きくその内容を紹介しています。だいたいの論調は、歴史認識の溝は深いです。近・現代史1つをとっても、まったくといっていいほど、問題の捉え方は対立をしています。まあ、委員会の人選という問題もあるのでしょうが。ただ、昨日、紹介した『歴史教育と教科書』にもあるように、私たちがこうした隣国との歴史対話でおこなわなければならないのは、対話をとおして、自国の歴史認識のゆがみをただすことです。相手の国うんぬんではなく、相手が日本をどう見ているのかを知ることを通じて、自国の歴史認識について自己反省をするという作業であるはずです。ところが、一般紙の報道は、どこもこの視線はなく、あたかも日韓が対等で歴史について対話する作業として報道しているのです。これでは軸足が大きくぶれているとしか言いようがありません。
 さきの戦争で、多大な被害を生みだした日本の侵略と支配。それを覆い隠す歴史修正主義は、きわめて政治的です。日本の政治の中で広がっている、この動きと、先のメディアや学問の世界の動きは無関係とは言えないでしょう。同時に、そういった議論を容認するような国民意識の状況=偏狭なナショナリズムがひろがりつつある状況はよく考えなければなりません。なぜこのようなナショナリズムが生み出されるのか。歴史認識の根元を問いかけながら、いまの状況そのものもよく考えていきたいものです。

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異質の光

36051 大月書店もホームページは、この本を「『異質の光』とともに生き、自らもひとつの光となった糸賀一雄の生涯 日本における社会福祉の草分け、糸賀一雄。今なお強い魅力をたたえるその人格と思想は、どのように育まれたのか。内面に苦悩を抱えながら、理想と現実の間を切実に生き抜いた生涯。膨大な資料と証言から浮かび上がる、糸賀一雄の全体像に迫る」と紹介しています。大学の先輩から紹介され、仕事でも紹介したいなと思って、読んでいます。3分の2ほど読み終えたところです。
 糸賀は、いうまでもなく障害者福祉の先達です。戦前、キリスト教に目覚め、理想を追った、豊かではないがいわばエリートともいえる彼が、どのようにこの道にかかわるようになったのか。戦争から戦後へという時代、彼らはどのように新しい社会を切り開こうとしたのか。近江学園の創設、そこで彼が見いだしたものは何か。「『異質の光』とともに生きる」――とてもいい言葉だし、彼の見いだしたものがよく現れされていると思います。物語は、これから田中昌人の登場、「発達保障」という概念の提起と権力からの干渉や妨害、そしてびわこ学園の創設へとすすみます。明日、しっかり読み切りたいと思います。長男にこの本送ろうかしら。

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お弁当

 昨日は、どっぷり「雨と夢のあとに」の世界にひたってました。
 今朝は、少し早起きして、弁当づくりです。二男が学校公開で、授業。先日の運動会のときはつれあいがつくったので、今朝は私です。久しぶりです。去年までは、長男の弁当があったので、週2回はつくっていたのにね。自分の分もつくって仕事にでかけました。だから今日は眠かったです。

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2005/06/10

Ray

uni_ray_production_sm_6 かなり中断しながらですけど、ざっとですけど、Rayを見ました。長いですけど。
 音楽が、申し分なくすてきです。ストーリーもさることながら、なっといってもジェイミー・フォックスですよね。この人、コラルテルでも、完全にトム・クルーズをくっちゃってたもの。なんで、アメリカの映画の俳優さんでうまいんだろうなあ。日本の俳優でこういう人、いないもんね最近。ところで、この人、『エニイ・ギブン・サンデー』にも出ていたんだよね。この映画、うちの長男がすごく好きなんですよね。

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多摩の山間の大学へ

 今日は、昼に法政大学の多摩校舎に。京王めじろ台駅からバスで10数分。都心からだとたっぷり1時間半はかかります。その分みどりも多いですね。キャンプ場があってもおかしくない風景です。大学構内に車があまり入ってこないので、広々とした風景があります。ただ、学生の姿は、ちょっとワンパターン。おじさんには同じように見えてしまいます。
 研究者の方に1時間半ぐらいお話をきいてきました。
 職場に戻ったら、もう夕方。まあ行きはずいぶん読書ができましたが、帰りは爆睡でした。

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歴史教育と教科書

4000092456 前回2001年の教科書問題のさいに出された岩波のブックレット。もう一度読んでみました。ドイツの教科書をめぐって、過去の克服という視点で、おこなわれているポーランドをはじめとした国々との教科書対話。ヒトラー・ドイツの重要な構成部分としての過去に長らく蓋をしつづけた戦後の反省から90年代になってとりくまれたオーストリアのとりくみを紹介します。どちらの国も日本の同じ課題を戦後抱えてきただけに、示唆にとむ視点がしめされます。そして日本の問題につて、著者は、たんに教科書にとどまらない戦後の歴史教育のありように切り込むとともに、今求められる隣国との対話は、対等な対話ではなく、日本の歴史認識のゆがみの克服のための鏡として必要だと説きます。今読んでも、あらための学ぶことの多い一冊です。

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2005/06/09

常任理事国入りは??

 小泉首相には外交のセンスがないということをいろいろな方が指摘しますが、ほんとうにこの人は、外交のことがよくわからず、まわりにまかせっきりなんだなあと思います。常任理事国入りについては、中国などに反対され、インドネシアも日本などが提出する決議には反対といいます。

(9日朝日「中国外務省の劉建超(リウ・チエンチャオ)副報道局長は9日の定例会見で、国連安全保障理事会の常任理事国入りを目指す日本など4カ国が提示した安保理を拡大するための「枠組み決議案」の最終案について、「国連改革の全体の進展に重大な影響を与える」として「憂慮と反対」を表明した」
肝心のアメリカからもつれない返事。
7日朝日「ライス米国務長官が町村外相に対し、国連安保理常任理事国入りを目指す日本などが準備する安保理拡大の「枠組み決議案」について、現状では賛成は難しいとして提出の先送りを求めていたことが分かった」)。
だいたい、隣国の首脳とまともに話し合いができないですからさもありなんです。韓国のほうも、首脳会談の延期を検討しているとも。一方で、外相が、国際的な貢献を札束で買いような発言
(「赤字国債を出してまで政府開発援助(ODA)を一生懸命出し続け、90年代は世界一の供与額だったことは胸を張って国際社会に言える」6日外務省で
をして、平然としているんですから。この外交のゆきづまりはどこまで行くんでしょうか。

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過去の克服

4560028362 石田勇治さんの『過去の克服―ヒトラー後のドイツ』を読み終えました。歴史の事実と向き合うという点で優等生と言われるドイツ、しかし、そのドイツでも、この問題は、まっすぐすすんできたわけではないことが本書を読むとよくわかります。ナチスの犯罪を目からそむけようとした戦後10年間。外圧のもとで、変化の兆しが現れた60年代。68年の変革をへて、ブラントの下での変化。くり返される、歴史修正の動き。保守政治もふくめたコンセンサスの広がり。ドイツ統一があたえた影響と、強制連行への補償のはじまり。などなど、過去の克服をめぐるせめぎあいのなかですすんできたことがよくわかります。日本の政治の課題は大きいけれど、だからこそ、このドイツの戦後史からは学ぶことが大きいと思います。

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2005/06/08

安全か利益か

 数日前の朝日新聞の論説の欄に、小林慶一郎さんが安全か利益かというテーマで小論をよせていました。小林さんと言えば、『日本経済の罠』や『逃避の代償』などのベストセラーを書いた気鋭の経済学者。その小気味よい緻密な議論は、読んでいてうならせるものがあります。だから注目して読んだのですが。
 小林さんの議論は、利益重視は安全無視につながるという面、安全を重視してこそ社会的な信頼を勝ち取り利益も出るという面の両面があり、現場と経営がちがう価値観をもってこそ、両立するというようなもの。結局、経営者次第というのでしょうか。
 かつてのSONYの会長の議論を出すまでもなく、やはり社会的な規制ということを考えざるを得ません。日本は、これほどまで、「規制緩和」が神話のように、定着してしまったのでしょうか。日本の議論とは違う、ヨーロッパなどですすむ社会的な規制というもののなかで安全というものも考えてみたいと思うのです。

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祝 ワールドカップ予選突破

 結局、今日は、全部、集中して見てしまいました。うれしいです。超うれしいです。富山の☆・ヤナギのゴールで勝利をかちとったのもうれしいです。浪速のゴールハンター?・大黒くんが入って、ぐんとよくなりましたしね。
 こう、あっさりW杯出場が決まると、ちょっとものたりないという気がしないではないですが、でも、バーレーン戦、北朝鮮戦と、勝たなければいけない試合で、しっかり横綱相撲で勝ったのはすごく大きいと思います。
 さあ本番にむけて、さらなるヴァージョンアップをめざしてほしいものです。出てこい五輪世代ですね。
 今日は、乾杯です!!!

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2005/06/07

沖縄の基地はどうなるのか

 辺野古は断念と言われてからずいぶんたちます。現地では、一部の観測として、先の日米防衛首脳会議で、普天間の嘉手納など県内移設が合意されるという噂もありました。もっともその観測では、年内には県内移設を断念し、ふたたび辺野古がクローズアップされるということも言われていたようですが。
 本土では、あまり報道されない、沖縄基地の問題。琉球新報には「米、負担軽減に難色 日米防衛首脳会談」なる、報道が。ラムズフェルドが沖縄の基地軽減には反対していて、日本政府も強くこの問題では主張しないという状況があるということなのです。沖縄の負担軽減には、本土と沖縄のいったいとなった世論の喚起こそ求められているのだと思います。

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渋谷敦志さんのこと

 先日紹介した、視点展のことしの視点賞受賞者は、渋谷敦志さん。まだ20代の写真家です。受賞作は、アンゴラの内戦を追ったもの。この作品もよかったですが、最近では、アチェの震災の子どもたちをおった写真が印象的です。ぜひ、ホームページでどうぞ。
 ホームページでの本人の自己紹介は、「1975年大阪生まれ。高校3年生のとき一ノ瀬泰造の本と出会いカメラマンになる決意。写真を知るため人間と人間、人間と社会の関係性を学ぶべく立命館大学産業社会学部に入学。休学しブラジル・サンパウロの二宮正人法律事務所にて1年間留学研修。ブラジルから帰国後、在日外国人やホームレス・失業者たちの現状を取材撮影し論文を執筆。大学卒業後、大阪・西成区の失業者の現状をルポした作品で第3回MSFフォトジャーナリスト賞受賞(国境なき医師団日本主催)。2001年ロータリー財団より奨学金を得て英国・ロンドンのLondon College of Printing(LCP) Photojournalismコースに留学。LCP卒業後も英国に滞在し、アフリカ諸国、ブラジル、中国、東南アジア、パレスチナなどで撮影。2004年英国より帰国、東京を拠点にフリーカメラマンとして仕事を開始」。
 先日、少し話をしました。写真に見られるように、被写体にどんどんせまっていく姿勢は、強い意思を感じます。知人の写真家の森住さんが彼を評して、「若いから、悔しいけど勢いがあるんだよな」と言っていました。綿井さんと話したときも感じましたが、着実に、新しい世代が出現しています。注目したいと思います。

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2005/06/06

遺族と戦後

4303990 靖国そして遺族の戦後を取り扱ったのが本書。なかでも波田永実さんの「遺族と政治」について関心があって、読んでいます。あわせて小泉首相が靖国参拝をおこなったとき書かれた「小泉首相靖国参拝の政治過程」(『戦争責任研究』と「国家と慰霊」(『歴史評論』)も読みました。ていねいに靖国公式参拝推進派の動きを追いながら、この問題の本質が、靖国が、A級戦犯の合祀、A級戦犯の判決を「ぬれぎぬ」と主張するとともに、かつての戦争が自衛のための戦争であったと主張していることにあると主張しています。なかなか読みごたえのある論文です。

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祝 5000カウント

 カウンターの数が5000を超えました。2月13日にカウンターをつけて、114日めになります。1日平均44件のアクセスがあることになります。ほんとうにありがとうございます。ちなみにこのカウンターはniftyのホームページのもの。ホームページのほうは実際には、までできてないんですけどね。今後も、もう少し精進して、読みごたえのなるブログにしていきたいですね。

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2005/06/05

陸上日本選手権 女子走り幅跳び

リンク: @nifty:NEWS@nifty:女子走り幅跳びは池田が大接戦制し2冠…日本選手権(読売新聞).
 突然、何だと思われるかもしれませんが、たまたまテレビで、この決勝を見ていました。なぜか、去年も見ていたような。去年は花岡選手が勝ったんだったよね。今年は最後の池田の跳躍はテレビに入らなかったけれど、結果として劇的なドラマ。走り幅跳びの順位って、6回の試技脳うち最高記録が同じ場合、2番目の記録の比較をするんですね。そして、今回は3番目の記録の比較で順位が決まった。
 スリリングで、集中しているときに選手の表情がいい。

 女子走り幅跳びの最終6回目の試技。池田は珍しく観客に手拍子を求め、勝負に出た。
 5回目に6メートル69を跳び、花岡を抜いてトップに立ったが、6回目に並ばれていた。「体が軽く、心に余裕があった。最後まであきらめなかった」。冬季に磨きをかけた助走のスピードを最大限に生かした力強い踏み切りで、6メートル61。最高記録の6メートル69、2番目の6メートル61とも並んだ花岡を、3番目の記録で3センチ上回った。大接戦を制すると、両手で顔を覆い、涙を流した。(読売新聞)

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今夜は中華で

 午前中は、講師活動。少し参加者は少なく……。
 今夜の夕食づくりは、私。今夜は中華で攻めました。肉を食べない二男になんとかと、春巻きと麻婆豆腐。挽肉と野菜をいためて春巻きにして、麻婆のほうも、豆板醤などを買ってきてチャレンジ。少し辛すぎたのでスープをうすめたため、お味は??? 挽肉と豆板醤を炒めるときに少し焦がしてしまいます。まだまだ修行の道は長いです。

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2005/06/04

さあ あと勝ち点1

 バーレーン戦、勝ててよかったですね。仕事で疲れていて、しっかりベットに入っていて…。ところがつれあいがずっと見ていたようで、夜中目が覚めても、つれあいは。結局、最後の二〇分ほどは私も見ました。日本のペースでしっかり試合をコントロールできていましたね。
 暑い中、次は三人も出場停止です。小笠原くん、がんばってです。でもやっぱヒデの存在感は大きいです。まわりとあってようが、あってなかろうが、ヒデなしの日本代表はありえない、なんてことも感じました。次はヒデぬきです。稲本あたりにしっかりした存在感をしめしてほしいですよね。がんばれ!

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写真展 視点

 夕方、JRP(リアリズム写真集団)が主催する公募展、「視点」を見に行ってきました。ここ10年ぐらいは、ずっと見に行くようにしています。ここ数年、ドキュメンタリーの作品も増えてきていて、うれしいかぎりです。授賞式とレセプションにも参加し、写真家の方々とも少し話をしてきました。94歳になる藤本四八さんが元気に顔をお見せになっていたのはびっくりしました。
 視点賞は、まだ二〇代の写真家、渋谷敦志さん。少しお話をしましたが、大学を卒業後独力でイギリスで写真を勉強し、世界各地で写真で勝負している姿には、正直、すごい若者が出てきたなあと思いました。若い写真家から、ベテランの人まで、ここのところ懇意にしていただいている方から、初対面の人と結構、たくさんの人と会え、話もいっぱいできて、充実した時間でした。
 でも、ほんとうは、こういうふうにして人と話するのすごく苦手なんですけどね。

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2005/06/03

50肩? 40肩?

 午前中は、通院。いやあ成人病ですが。ついでに、ここのところ肩もいたいので、いちおう見てもらいました。予想通り? 40肩 50肩???。うーん。
 さて、日曜日に、また講師をします。その準備もそろそろたいへん。必死で材料をあつめ、いろいろ調べものもしています。

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靖国問題

4480062327 というわけで、まず高橋哲哉さんの『靖国問題』を読み終えました。さすがに面白かったです。靖国がもとめる戦死者の追悼と顕彰とは何なのか。歴史認識の問題の本質にある、あの戦争とはどういうものだったとしてとらえれているのか。靖国の特殊法人化論の奥にある国家宗教という本質、そして政治的意志こそ一連の問題に貫かれていること等々、国立追悼施設の問題も9条を実現する国にならなければ問題の解決にならないなど、問題を思想のレベルまでふためた論点はやはり鋭いものがあります。
 ややもすればこの問題の材料や論点は限られているだけに、これまでの論者のくりかえしとうけとられがちですが、十分新鮮で、読み応えのある一冊でした。

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モーターサイクル・ダイアリーズ再論

 ☆のまほうさんありがとうございます。
 50年代、ゲバラのほうは、ボリビアからキューバそしてと、武力による革命闘争に傾斜をしていきます。すでにそれは、90年代には、南米の運動も卒業をして、いまでは南米はどこの国でも議会をとおしての社会変革へとむかっています。
 ただ、この映画をみて、すごく興味深いのは、1つは、あくなき南米の自立への思いと、共同と連帯への志向です。もう1つは、グラナードが医者として、キューバで活躍した話が最後に出てきますが、いま、南米の社会変革の動きのなかで、キューバの医科大学を卒業した医師や医療関係者が、南米各地ではたしている役割の大きさ。ベネズエラなんて、そうです。そのあたりにも現代につながるものを感じました。

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2005/06/02

靖国オタク???

 何ともうしましょうか。たくさんの本が机のうえにたまっています。多くは靖国です。高橋哲哉『靖国問題』、板垣正『靖国公式参拝の総括』、大江志乃夫『靖国神社』、田中伸尚『靖国の戦後史』『遺族と戦後』『国立追悼施設を考える』、子安宣邦『国家と祭祀』、大原康男『「靖国神社への呪縛」を解く』、『遊就館図録』『靖国神社公式ガイドブック』『靖国神社と遊就館』、坪内祐三『靖国』などなど。ここまできたらおたく。これは今月の仕事ではないので、合間に読まなければなりません。
 当面、仕事で読まなきゃならない本が4冊ほど。『はじめて学ぶ日本国憲法』、『異質の光』『読んでみませんか 教育基本法』『戦後保守政治の転換』です。それ以外に、ドイツ関係の本を2冊。
 それぞれ感想は後日。気合を入れて集中です。

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衆院予算委員会審議

 衆院での審議が再開され、予算委員会の審議がおこなわれました。注目したのは、やはり靖国問題でのやりとりです。民主党の岡田代表の質問は、時間がたっぷりある成果、少し緊張感にかけます。首相のひとりよがり、説明責任ということに重点がいって、なかなかポイントがさだまりません。共産党の志位委員長は、気の毒なぐらいごく短い時間、靖国がさきの戦争を侵略戦争ではなかったという考えをもち、太平洋戦争もアメリカの責任にしているとズバリ。これにたいし、小泉首相は、靖国の考え方と私の考えはちがうと逃げの一点張り。やたら慎重にこたえようとする小泉首相の姿に、久しぶりに国会がピンとはりつめた感じでしたが。

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一橋大学で

 今日は、午前中、久しぶりに一橋大学へ(と言っても半年ぶりぐらいでしょうか)。国立の駅前も、どちらかというと随分カラフルな町になってしまっています。大学構内は、文系の大学だけあって、先日、いった京大ほど大きな変化はありません。深い緑のなかの大学という姿は変わっていません。
 ある研究者のかたと、一時間ほど話をしました。なかなか有意義な時間をすごすことができました。テーマは、歴史認識。靖国、教科書と、熱い夏にむけ、いろいろ準備をしています。

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2005/06/01

出生率1・29

 ついに出生率は、1・29にまで下がりました。1・57ショックということが言われたのはつい数年前のこと。もちろん、子どもをつくるかどうかは、個人の自由であり、そのことが尊重される社会であるべきです。
 でも、いちばん思うのは、若者たちが生きづらい社会で、結婚とか、子育てとかが、選択しづらくなるのは、当たり前と言えば当たり前です。この問題も正面から、いろいろ考えたいのですが……。

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佐世保事件1年

 あの衝撃的な佐世保の事件から今日で1年でした。子どもをもつ親としても、ものすごくいろんなことを考えた事件でした。子どもの気持ちはいったいどうなっているのか? ネット社会や子どもをとりまく文化のこと、学校や子ども社会のこと、自分なりに子どもたちと向き合おうという課題はもっています(自分の子どもだけではなく)。そこで、考えるべきことを社会的に発信しなければとも思います。
 子どもをめぐる事件では、子どもへの虐待がこれだけ、大きくクローズアップされた1年もなかったことも大きな特徴だと思います。なぜ、こうも子どもへの暴力がくり返されるのか。
 子どもへの接近、問題へのコンセンサスづくり、この1年なにができたかと言えば、不安ばかりかき立てられる風潮に、力強く対抗できることは何一つできませんでした。正直無力感のほうが大きいのです。同時に、忙しさ、社会的な大きな事件を理由に、後回しにしている後ろめたさも感じるのです。

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ちょっと自信をなくします

 なんとなく疲れが抜けません。当たり前ですよね、休みが少なすぎるのかもしれません。この性分とどこかで決別しないといけないかもしれません。ワーカーホリック状態です。
 今日は、朝から、企画をつめていくために、専門家の人に連絡をとったり、資料をつくったり、会議をしたりの1日です。ある程度論点が出つくしてしまっている問題を扱う場合は、ほんとうにつくりてのセンスが問われていまいます。膨大な資料から、何を論じればいいのか、会議などで人の報告を聞くと、すっかり自信をなくしてしまう1日です。しばらく、もんもんとした日々をおくらなければならないようです。

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