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2005年3月

2005/03/31

参院憲法調査会

 参院の憲法調査会の報告も、だいたいの内容が報じられています(事務局案)。衆院よりもより、マイルドという感じでしょうか。昨年末の自民党の顛末をみても、実は改憲の動きと、国民のこの問題にたいする意識には大きな乖離があって、実際の政治の舞台での改憲勢力の動きは、最初のアドバルーンに比して、いわばダッチロールといっていいような不思議な動きを見せてくれます。それに比して、以前、紹介した日本経団連や経済同友会の改憲案のほうがストレートであるようにも感じます。つまり、本音としての9条の改悪と、国民の権利の制限が、そのまま政治の舞台に乗せることができない。もちろん軽視はできませんが、憲法のもつ力には大いに確信をもって、とりくんでいきたいものです。

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ジョゼと虎と魚たち

 ストーリーを書くとネタばれになるので……。どこにでも居そうなどうしようもない大学生・恒夫と、足に障害のあるジョゼと名乗る不思議な少女との、不思議な不思議な愛のものがたり。とても切ない終わり方です。こういう感情たっぷりな物語は、正直言って大好きです。最後の最後の恒夫の、どうしようもない気持ちが、心に迫ってきました。人からすすめられて見てみましたが、よかったです。

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2005/03/30

渡邉恒雄 メディアと権力

4062738112.09.MZZZZZZZ この分厚い本ですが、やっと半分まで読みすすめました。大野伴睦、そして中曽根康弘など有力な政治家と一体となって、政治にかかわりながら、読売のなかでの権力を掌握していくこの渡邉恒雄という人物の生き方には驚かされます。同時に、マスメディアというものが、ここまで権力と一体となっているのかと、暗澹たる気分になります。1000万部という部数をもち、世論の形成に圧倒的な影響力をもつ彼らに対抗して、日本の民主主義の成熟を促進するような言論活動というのは、そんな簡単に課題ではないというのも痛感します。たとえ、自身は小さな力でも、もっと、知恵も蓄え、研究もし、たくさんの人とも会って、そういう活動に貢献していく。ここでも生き方というものを真剣に追求しなければなりませんね。

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衆院憲法調査会の最終報告案

 衆院憲法調査会の最終報告案が提示されました。
 毎日新聞によると、その要旨は
http://www.mainichi-msn.co.jp/seiji/kokkai/news/20050329k0000m010155000c.html
http://www.mainichi-msn.co.jp/seiji/kokkai/news/20050329k0000m010156000c.html
です。
 670ページにおよぶ膨大なもの。これとの格闘がはじまります。報道されている範囲では、改憲の論点がかなり意図的、恣意的に押し出されたものとなっているようです。4月から5月にかけて、参院の調査会、そして自民党や民主党の改憲案があいついで発表される予定です。いよいよ、改憲をめぐる情勢はあたらしい局面を迎えることになります。
 憲法は文字通り、国のあり方、国民と国家とのありようを規定するものです。私たちが、政治というものにかかわっていくうえで骨格を形成するものです。そして、ある面で政治というものを生業としていきる私にとっては、憲法への態度はすなわち、生き方そのものと言えるかもしれません。護憲という生き方が問われているのだと自覚しています。

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祝 勝ち点3

 いやあ。厳しい試合でしたね。ちゃんと見られなかったんですけど、勝ててよかったです。前半3試合で確実にホームで勝ち点6は、上出来といっていいでしょう。攻め続けながら点が入らないストレスのたまる試合でしたが、押し上げていたことが、オウンゴールにつながったんでしょうね。三カ月、修正すべきことは修正して、後半のアウェーでもしっかり競り勝ってほしいものですね。

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2005/03/29

いやあ参ります

 いよいよ、長男氏は、来週、引っ越しです。お金がかかるかかる。あまり計画的な家計運営をしていないので、これからやっていけるかどうか、心の底から心配です。わが親たちはよくこの難局をのりきったなあと、尊敬しちゃいますが、やはりこの時代の矛盾は巨大です。来年は、二男の高校受験です。これまた難物です。腹をすえて生きなきゃいけないなあ、なんてすごく思いこんだりしてしまうんですけど。

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4月の仕事は

 というわけで、4月の仕事は、ジャーナリズム論に立ち向かっています。いま『渡邉恒雄 メディアと権力』と『NHKと政治』を読んでいます。ともに文庫になった名著です。読売新聞とNHKがなぜ、あそこまで権力に迎合し、権力のチェック機関としてのジャーナリズムの精神を失ったのか。根深い日本の組織ジャーナリズムの病巣を明らかにしてくれます。ちょっと集中的に研究です。

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2005/03/28

報道不信の構造

0263980 岩波のジャーナリズムの条件の第2巻、『報道不信の構造』を読み終えました。「ジャーナリズムが市民から指弾されるのはなぜなのか.近年の政治・経済報道,事件報道,戦争報道をめぐって,それらの問題点を抉り出し,不信を生む原因をさぐり,どのようにすれば克服できるかを具体的に考える」というのが、この本の紹介です。たしかに、最前線のジャーナリストから報道不信について自省的多角的に問題提起がされています。が、読み終えての読後感は、「熱いメッセージ」というより、弁解という印象をもたざるをえません。フリーランスの綿井さんや土井さんを除いて、この時代の問題に焦点から向き合いきれない点について十分切り込まれていない。そういう寂しい気持ちにさせる第2巻でした。

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2005/03/27

ヤンキー先生母校に帰る

 テレビで 「ヤンキー先生母校に帰る 不良少年の夢」を二男といっしょに見ました。義家先生は、この春、北星余市を去り、横浜の教育委員に就任する。複雑な横浜という地の教育行政の現場で、彼はどのような役割をはたしていくのだろうか。
 テレビドラマをみて、僕も、ちゃんと背筋を伸ばして生きていかないといけないななって感じました。彼と向き会い続けた安達先生のように。

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コラテラル

 つれ合いが組合の合宿にいっていなかったんで、今日は、朝からたまった家事を処理してました。
 夕方、借りてきたDVDのコラテラルを見ました。なぜかしら、トム・クルーズの映画はだいたいみています。この作品も、娯楽映画としては十分楽しめます。ハラハラさせてくれるし、タクシー運転手が変わっていくのも、いいし、トム・クルーズの孤独な殺しやもかっこいいし。それなり意外な結末だし。おもしろかったです。まあ、それだけだけど。

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2005/03/26

下地島は急展開

 沖縄は激動しています。沖縄・伊良部町議会が、先日の議会で可決していた、下地島空港への自衛隊誘致の決議を、圧倒的多数で撤回したのです。前夜の住民説明会には、町民の半数が参加するなど、住民の世論と運動が議会を動かし、ひっくり返したのです。普天間、嘉手納、辺野古、下地島と、沖縄のおじい、おばあのたたかいは熱く広がっています。
くわしくは、琉球新報の記事をどうぞ。
http://www.ryukyushimpo.co.jp/news01/2005/2005_03/050325ea.html

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3・26全国集会

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 昼からは有明コロシアムで開かれた憲法・教育基本法改悪許すな!3・26全国大集会にいってきました。1万人参加の熱気あふれる集会でした。奥平康弘さんや堀尾輝久さんのお話、リレートークに高校生たちの訴え、ノベルト・リウイスキー(国連・子どもの権利委員会の委員・ジュネーヴより来日)のお話、上原公子国立市長、大内裕和さん、三宅晶子さんのあいさつなどなど。司会の有馬理恵さんがいちばん目立っていた? 感想は、書きませんが、たたかいはこれからです。大事なのは、少しでも、1人ひとりが自分の言葉でこの問題を訴えるようになることなんでしょうね。

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長崎 ―照射する夏―

 新宿のコニカに尾辻弥寿雄写真展 「長崎 ―照射する夏―」 を見に行ってきました。長らく連合通信で写真を撮られていた方で、何年か前からナガサキをとっていると聞いていました。たんに被爆にかかわる行事だけでなく、夏の長崎を撮影し、巧み構成しています。爆心地に近い城山小学校の慰霊のとりくみや、永井記念館の木々を配置して、構成には、尾辻さんならではの主張があふれていました。

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2005/03/24

江藤文夫さん死去

 夕刊の死亡欄に評論家の江藤文夫さんの名前が。直接、お会いしたことはありませんし、仕事でかかわったこともありません。ただ、何か印象に残っていました。よくよく考えてみて、思い出したのが『チャップリンの仕事』という本です。ずっと以前、映画通で知られる経済学者の平野喜一郎さんが、何かの随筆で紹介していた、読んだことがあります。チャップリンの評伝代表作でもあり、当時、夢中で読んだことを思い出しました。本棚を探しましたが、すぐ見つかりそうにはありません。チャップリンの映画も久しぶりに見たくなりました。合掌。

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ソフトバンク参戦

 驚きのソフトバンクの参戦で、フジ・ライブドア問題は新たな展開です。何度も言うようですが、メディアの「公共性」という議論はどこに行ったのでしょうね。

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ふたたび日韓問題

 3月23日に青瓦台のホームページに寄せられた韓国の盧武鉉大統領の対日問題に関する韓国国民へ宛てた談話の全文です。

韓日関係に関連して、国民の皆さまへ
[2005.03.23]
            佐島顕子氏の翻訳
尊敬する国民の皆さん
 国民の皆さんの憤りは、報道を通じて手にとるように見ています。そして私は、沈黙している多くの方々の胸中に秘められたもどかしさにも共感しています。
 皆さんが感じている憤りともどかしさを少しでも解ければと思い、この文を書きます。
 国民の皆さんのもどかしさは、大きな怒りと抗議にもかかわらず、希望的な結末は予想しがたいという点にあります。これまで韓国国民は、政府が微温的に対応した時も、強硬な対応をしたは良いが特にこれといった結果なくうやむやになってしまった時にも、我々の意志を貫徹するにふさわしい手段がないという状況を理解して、深く恨まず、気持ちを静めてきました。
 今回の政府の対応についても同様です。「気持ちだけでもすっきりした」とおっしゃりながらも、やはり正当な結果は期待しがたいため、もどかしく思われていることでしょう。

しかし国民の皆さん
 今度は違います。(政府は)正しく対応します。もちろん、感情的な強硬対応はしません。戦略を持って慎重に、しかし積極的に対応します。結局うやむやにするようなこともありません。遠くを見つめ、根気強く対応します。

尊敬する国民の皆さん
 日本はこれまで自衛隊海外派兵の法的根拠を準備し、今では再軍備論議を活発に進めています。これらはみな、痛ましい過去を我々に思い出させ、未来を不安にする行為です。
 しかし日本がすでに謝罪し、それを我々が受け入れ、新しいパートナーシップを宣言したのですから、普通の国々が一般的に享受する国家権能を日本だけが持てないというのは、日本国民が納得しがたいことです。このような判断から、我々は懸念を抑え、言いたいことを控えてきました。韓日関係の未来のためでした。
 はっきり言えば、謝罪とは真実な反省を前提とするとともに、それに相応する実践が伴うべきものですから、小泉首相の神社参拝は、日本の指導者たちがかつて行った反省と謝罪の真実を毀損する行為です。
 韓国政府はしかし、これについても直接的な外交争点としたり、対抗措置をとったりせず、それとなく自制を促すにとどめました。それこそ、日本の指導者たちが口癖のように繰り返す、未来志向的韓日関係のためでした。しかしながら、もうこれ以上黙過できない事態に立ち至ってしまいました。
 日露戦争とは、名称からして日本とロシアの領土をめぐる戦争のように見えますが、そうではなく、日本が韓半島を完全に手に入れるために起こした韓半島侵略戦争でした。実際、日本はこの戦争に勝利した直後、我々の外交権を強奪し、事実上の植民統治を開始しました。
 日本はこの戦争中に、独島(竹島)を自国の領土に編入しました。それこそ、武力で独島を強奪したのです。日本の島根県が「竹島の日」と定めた2月22日とは、100年前日本が独島を自分たちの領土に編入した、まさにその日なのです。それこそ、過去の侵略を正当化し、大韓民国の光復(独立)を否定する行為です。
 教科書問題も同様です。2001年、歪曲された歴史教科書が日本でほとんど採択されなかった時、我々は日本の良心に期待をかけ、東北アジアの未来について楽観的な展望も持ちました。それなのに今、その歪曲された教科書がまた息を吹き返そうとしています。これもまた、侵略の歴史を正当化する行為です。
 そしてこれらが、一自治体や一部の無分別な国粋主義者らの行為にとどまらず、日本の執権勢力と中央政府の幇助のもとに成り立っているがゆえに、我々はこれを「日本の行為」として見ざるを得ません。これは、日本がこれまで行ってきた反省と謝罪を、すべて白紙化する行為でもあります。
 今や、韓国政府も断固として対応せざるを得ません。侵略と支配の歴史を正当化し、ふたたび覇権主義を貫徹しようとする意図を、これ以上看過するわけにはいかなくなりました。韓半島と東北アジアの未来がかかった問題だからです。
 このような行為は今のところ、日本国民の大多数の考えとは違うというのが事実です。しかし、政治指導者らが扇動し、歴史をさかさまに教えることが続けば、状況はすぐに変わりかねません。

尊敬する国民の皆さん
 政府は積極的に前に立ちます。これまで政府が、日本に対して言うべき言葉や主張があっても、なるべく市民団体や被害者に任せ、沈黙してきたことは事実です。
 被害者たちの血の出るような叫びにも手を貸さず、被害者たちが真相解明のために東奔西走する時にも、ろくに手伝いませんでした。政府間の摩擦がもたらす外交上の負担や、経済にまで及びかねない波紋を考慮したこともありますが、何よりも、未来志向的な韓日関係を考えて自制したのです。
 しかしそれに対する日本からのお返しは、未来を全く考慮していないとしか思えない行動でした。今では、政府が出なかったことがむしろ、日本の無神経さを呼んだのではないかという疑問が呈されています。これではいけません。今からでも、政府ができることはすべて行おうと考えます。
 まず、外交的に断固として対応します。外交的対応の核心とは、日本政府に対して断固として是正を要求することです。日本政府の誠意ある応答は期待しにくかろう、という懸念があるにはありますが、当然言うべきことならば、(相手が)聞く時まで止めず、ねばり強く要求します。
 次に、国際世論を説得します。国際秩序とは力の秩序で、国家関係は利益が優先されるのが現実ではあります。しかし一方で、国際社会は、それぞれ皆が尊重すべき普遍的価値と秩序を強調する方向に、少しずつ進んでいるのも事実です。日本が普通の国家を越えアジアと世界の秩序をリードする国家になろうとするならば、歴史の大義に符合して身を処し、確固たる平和国家として国際社会の信頼を回復しなければなりません。
 国際社会にも日本に対して、人類の良心と国際社会の道理のもとに行動するよう促す義務があります。我々は国際社会に向かって、この当然の道理について説得します。
 これらすべてに増して大切なことは、日本国民を説得することです。問題を究極的に解決するならば、日本国民が歴史を正しく知り、日本が韓日両国と東北アジアの未来のために何をなすべきか、正しく理解しなければなりません。それでこそ、日本政府の政策が、正しい方向を捉えられるのです。
 これらは、決してやさしいことではありません。他人の過ちを表に出して指摘するようなことは、難しいのみならず、気まずいものです。互いに顔を赤らめ、対立することも増えるでしょう。ほかの国々の人々の目に、我々がそしり争うように映るのは、とても恥ずかしくもあります。
 厳しい外交戦争もありえます。そのために経済、社会、文化その他多くの分野の交流が萎縮し、それが我々の経済を冷え込ませないかという憂慮もあります。
 しかしこの問題については、大きく心配しなくてもよいでしょう。今や我々もそれなりの困難には持ち堪えられる十分な力量があると思います。そして、国家的に必ず解決するべきことのため、どうしても耐えなければならない負担ならば、毅然として耐えるべきです。しかし、耐えられない負担が生じないように、一方では状況を賢くコントロールします。

国民の皆さん
 どんな困難が生じたとしても、後退したりうやむやにしたりせず、韓国国民が受け入れられる結果が現れるまで、ねばり強く対処します。今回は必ず根を絶ちます。難しい時には国民の皆さんの助けを求めます。新しい問題が起きるたびに、国民皆さんの意見を聞きます。
 今、このような決意を国民の皆さんに報告しつつ、いくつかお願いをいたします。
 第1に、(日本の)一部国粋主義者の侵略的意図は絶対に許せませんが、だからといって、日本国民全部を疑ったり敵対してはなりません。日本と韓国は、離れられない宿命的な隣人です。両国国民の間に不信と憎悪の感情が醸成されれば、大きな不幸の再来を避けられなくなります。
 第2に、冷静さを失わず、穏やかに対応せねばなりません。対応は断固として、説得は理性的に。品位を失ってはなりません。ある程度の感情表現はないわけにはいきませんが、節度を失ってはなりません。これは、力による戦いではありません。名分を失えば、それは自分にはねかえります。感情を刺激しすぎたり侮辱する行為は、特に慎まねばなりません。
 第3に、根気と忍耐を持って対応せねばなりません。戦いという言い方をするならば、この戦いは一日二日で終わる戦いではありません。持久戦です。どんな困難であっても甘受するという悲壮な覚悟で臨み、しかし体力消耗は最大限減らす知恵と余裕をもって、粘り強くやり抜かねばなりません。
 第4に、遠くを見つめ、戦略的に対応せねばなりません。判断は慎重に、発言と行動は遅すぎるぐらいにせねばなりません。一喜一憂してもならず、人々の口をふさいでもなりません。これまで発言・行動が過剰でなかったか、という不安がなくはありません。

尊敬する国民の皆さん
 韓国国民の要求は、歴史の大義に基礎を置いています。我々は無理なことを要求したわけでもありません。新しい謝罪を要求したわけでもありません。不誠実な謝罪ではありましたが、それさえ白紙化するのはどうであろうか、と是正を要求しているだけです。そしていまだ未解決の諸問題については事実を認め、適切な措置を取るよう促しているだけです。
 私は事必帰正(すべての過ちは、必ず正しい道理に帰する。真理は非道理に勝つ。)
という言葉を信じています。私にはこれらを正しく処理する所信と戦略があります。
国民の皆さんを絶対に失望させません。
 信じて助けてください。そして勇気と自信をもってください。我々の要求は必ず、歴史から答えを得ます。
---------------------------------------
(翻訳全文以上です)

青瓦台HP
原文
http://www.president.go.kr/cwd/kr/archive/archive_view.php?
meta_id=speech&id=1c19f57eb07fa0a5c45add2

()、「」は訳者によります。

 隣国からの厳しい批判です。私たちは、これをどううめとめるべきでしょうか。
 竹島問題の資料をいろいろくってみると、この問題の複雑さがわかります。そもそも、竹島、松島、鬱陵島……。島の名前が時代によって、変化したり、入れ替わったりしていることが問題をややこしくしています。このあたりの歴史的な分析は日本のほうがすすんでいるようにも思えます。いずれにしろ、日韓が同じテーブルについて、絡まった糸をときほどくしか方法はありません。しかし。
 ここでも、問題になるのが、日本の歴史認識のありようにほかなりません。かの国の声を正面からうけとめる、理性を働かすことこそが、私たちにもとめられているのでしょうね。

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2005/03/23

ライブドアの勝利?

 高裁でも、ライブドアが勝利し、ニッポン放送の新株発行は中止となった。ライブドアとフジとの業務提携がすすむのかということに報道の注目は集まっている。しかし、ここから見えるのは、さらなるコングロマリッド化するメディアの姿しかない。巨大産業となっていくメディアはどんな未来を描くのだろうか? しかし、なぜ、メディア本来がもつべき、いばわ「社会の木鐸」としての役割については語られないのだろうか。堀江さんの言うように、メディアは株主のものなのだろうか? 市場そして視聴率でメディアは淘汰されていくのだろうか? ジャーナリズムの問題として、どうしてこの問題が語られないのか。フジ・ライブドアの問題を見ていると、自らの首をしめているメディアの現状こそ見えてくる気がする。

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アナン報告と世界の未来

アナン事務総長は総会に対し、包括的な国連改革プランに関する報告書「一層大きな自由の中で:すべての人のための開発、安全保障および人権」を提出し、さまざまな提言をひとつのパッケージとして扱うよう訴えた。
 21日に国連のアナン事務総長が、国連改革に関する報告を発表した。  昨年末のハイレベル委員会の報告の際も、そうだったけど、私はまったく英語を使いこなせない。外務省があとでだす概要や、人が訳したものを読んだりはするが、手にはいるのは部分的。こんなに大事な問題が議論されているというのに、ほんとうに情けないと痛感してしまう。 0270310

 今回の報告もふくめ、国連の今の問題意識は、人類の直面する諸問題にどう向き合うのかという点にある。紛争、テロ、貧困や飢餓そして感染症の危険。日本では、どうしても安保理改革に矮小されるこの議論、世界はもっと真剣に問題に向き合おうとしている。アメリカのユニラテラリズムや、アメリカ流のグローバリズムという問題を内包しながらの議論だが、世界の英知に注目したい。そんな問題意識で、いろんなことを学んでみようと思っている。まず、入門的に、岩波の『「人間の安全保障」戦略』を読んでみた。

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学生について考える(その2)

 今月は仕事で学生について、少し追いかけました。学生生活の変容を考えるとき、言うまでもなく最大の原因は、就職の問題です。最近、フリーターや派遣・請負ということが話題になりますが、あえて、実際に大企業をめざす層はどうなっているのかという接近をしてみました。学生のあいだでも、確実に階層分化がすすんでいます。学歴社会は終わってと言われますが、実際には、あいかわらず大学別の採用が行われています。今月、知り合った学生たちのような、一定のランク以上の大学では、それなり就職活動にがんばれば、大企業への就職の道はあります。
 そのことが、学生生活を大きく変容させているのです。就職活動の長期化はさることながら、「即戦力が必要だ」「勝ち組になるためには、こういう能力が必要だ」ということが、学生のあいだに流されるのです。それに呼応するかのように、大学では、エクステンション・プログラムが早期からとりくまれ、資格講座、資格試験が花盛り……。これは、これで、一側面かもしれません。しかし、私の時代の学生生活とはまったくちがい、いまの学生たちの苦悩をかいま見た気がします。

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2005/03/21

祝! 結婚20周年

 何と、今日で、結婚20周年でした。早いものですね。昨日のことのようにも思えます。つれ合いには、感謝ですね。ことしは、長男の進学などもあり、つれ合いにはプレゼントなどできませんが…。気持ちだけは、です。

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高校生平和大集会

 高校の平和の集会に行ってきました。なかなかいい集会でした。長男が大宮の宣伝で知り合ったという、ジーニアスというインディーズのグループが、集会にずっとつきあってくれていたのが、印象的でした。学習会にも、参加してくれたそうです。
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2005/03/20

俗世間への復帰

 帰りも、関越は渋滞。途中で高速を放棄し、一般道に。まあ、予定通りの時間に帰宅。
 明日から仕事です。人付き合いすると、いつものように落ち込む私ですが、その落ち込み度はだんだんひどくなるようですね。でも、そのぶん、スキーと温泉でリフレッシュはできましたから。心入れ変えて、がんばるとします。
 むこうでは、IWGPの最新刊、『反自殺クラブ』をもっていきました。ミーハーですが、この石田衣良の小説は好きです。計算された、要素の配置と構成。主張もはっきりしているし。

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絶景です

 ロープウェイで上まで行くと、絶景です。もっとも、高所恐怖症の私にとっては最悪なんですが。20050320_1030_0001.jpg

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2005/03/19

震災の後

 新潟のスキー場ですが、やはり震災のあとが見られます。希望の灯と名付けられていました。被災者のかたがたに幸あれと願うばかりです。人間が大切にされる社会になればいいですね。20050319_1931_0000.jpg

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スキー場

 
 スキー場にいます。朝早く出て、チェーン規制の渋滞などもあり、つれあいはお疲れです。メンバーは、家族四人と友人たちというよりその子たち。総勢十人。なんと七人がボードに。
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2005/03/18

明日から山にこもります

 今日は、午前中子どもの学費を振り込みの、銀行へ。あと、職場に行って、インタビューの原稿と格闘して、夜は学童の会議です。子どものクラスメートの死もあり、なんとなく暗い気分です。明日から1泊で山にこもります。家族がそろっては、いまの状態では最後ですね。

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2005/03/17

戦場の現在

 二男の問題集を頼まれて、本屋にいくと、ついついいろいろ買ってしまう。新書、文庫を数冊、あと小説も。奥平先生の高い本を今月は買わなくっちゃいけないのに……。
 んなわけで、今日買った『戦場の現在』を、帰りの電車のなかで、読む。半分以上読めたから、2時間もあれば読めそうな本。戦闘地域の最前線で取材をつづけるジャーナリストのルポである。うーん、あまり政治的に論ずるところはない。こういう取材や発言は、どこまで正当なのかも疑問はある。ただ、戦場の姿はリアルにつたわってくる。戦場にいない、いったことのない人間にとっては、知ることも少なくない。戦争報道はこう読めばいいのか。こういう想像力を働かせば、もっと事実はわかるかもしれないなど、そんな刺激をうけた。
 

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命どぅ宝――死んではいけない

 二男のクラス・メートが亡くなって、明日、葬儀だという。理由はわからない。新聞をくってみると、「<飛び降り>中2女子がマンション敷地内で死亡 (毎日新聞)」という記事が載っていた。このことがどうかはわからない。
 中二の二男と話していると、何と生きる意欲というものが弱々しいかを感じることがある。たしかに、彼の目から見れば、未来には自信はもてないし、その未来を努力して切り開いていくような意味は見えずらい。僕が彼と同じ年の頃、具体的に目標をもつことは可能だったし、その実現は現実的で意味があった。いまの時代、そのときの僕と同じような目標をもつことはほとんど現実的でないし、ばかげたことなのかもしれない。そういう子どもたちに、どう未来を語ればいいのだろうか。「死んではいけない」ということを何によって伝えればいいのだろうか。
 では、自分はそんなに命を大切にしているのか、と自問してみる。実際の生活の実態は、正直、命を削っているのかもしれない毎日でもある。でも、と思う。もともと、命が大切にされない社会にものを言うためにいまの仕事をしているのではないのか。子どもたちは、そんな僕の生活やたたかいに共感をしてくれるのだろうか? 何か伝えることができればいい、そのむずかしさと、毎日の自分の姿を自問しながら、やはりそう思う。

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2005/03/16

辺野古は騒然

 辺野古沖で掘削へ スパット台船設置――今日、こんなニュースが流れました。現地の様子は、琉球朝日の動画をどうぞ。
http://www.qab.co.jp/01nw/index5.html
 みずから決めたルールをやぶるまでの矛盾は拡大しているようなのです。

 一方で、下地島空港自衛隊誘致 伊良部町議会賛成多数で可決というニュースもあります。
http://www.qab.co.jp/01nw/index6.html
 下地島は、7色の海といわれる沖縄でも海のきれいな場所です。反対のたたかいもひろがっているようですが、今後大きな波紋をひろげていきそうなのです。

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アジアのなかで生きていけるのか

@nifty:NEWS@nifty:韓国、条例の即刻廃棄を要求(共同通信)

 竹島問題で、日韓の関係がぎくしゃくしています。領土問題は、本来は、法的な関係を歴史的に解き明かすことを通して解決すべき課題です。竹島問題に関して、日本の領土であるという日本政府の主張も、その限りにおいては、法的にまちがっているとも思えません。同時に、植民地支配が一方的にすすめられるなかで、おこなわれたという韓国の主張も、検討するに値する主張です。ここは、歴史の経過を精査して、外交的な話し合いをおこなうことこそが重要なのではないでしょうか。韓国が軍事的に占有していることは問題ですが、同時に、条例を一方的に決めるというものいかがなものなのでしょうか。
 日中のあいだでも台湾問題で、緊張が拡大しています。2プラス2以降、日米共同で台湾問題に介入するようは発言をおこなうのは、日本がかつて台湾を長期にわたって植民地支配をおこない、現在の分裂状態の要員をつくっただけに、大きな問題でしょう。もちろん、中国も、台湾の住民を納得させるような柔軟さはもつべきでしょう。
 問題なのは、靖国やつくる会の教科書もふくめ、対立をあおるばかりで、信頼関係を醸成して解決していくすべを日本の外交が一貫してもたないことです。
 中国、フィリピン、ベトナム3国の石油会社が、領土紛争が起きている南シナ海の南沙(スプラトリー)諸島とその周辺海域で共同で資源調査を行うことで合意した
 こんなニュースを見つけました。日本の外交の在り方を考えてみるべきではないでしょうか。

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仕事の小山です

 月初めにやった座談会を、やっと形にして、いろいろ確認の作業をすすめています。あとは、インタビューの原稿化も山場です。仕込みの作業とかも、こなさなければなりません。ちょっとしたシンポジウムを設定しなければなりません。そんなわけで、現在、仕事の小山です。
 今日、『宮澤喜一回顧録』を読み終えました。前回紹介後の感想と言えば、宮澤さんというのは、知的な方なのかなと思っていたけど、思いっきり俗物だったので、がっかりというのが正直な感想です。保守本流というのはこういう考え方をするのかと。国民の目線だとか、国民生活の全体を視野に入れての思考というのはまあまったくありません。保守政治の枠のなかでの政策能力などはあるのかもしれませんが。ここに政治の裏面をかいま見せているような発言はいくつかあり、興味深かったのですが、「貧乏人は麦を食え」と言った池田首相と変わらない世界観のもちぬしなんだなあと痛感。

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みんな号泣したいのかなあ

 今日は、つれあいが夜勤なので、比較的早く家に帰ってきて、「救命病棟24時」とかを見ています。うーん、最近のテレビドラマは、泣かせるものが多いですよね。「冬ソナ」にしろ、「セカチュウ」にしろ泣かせます。それが純愛の場合が少し多いにしても、テーマが献身であったり、正義であったりいろいろです。それが悪いとは思わないし、むしろ、健全なのかなとも思います。でも、しかし。そのドラマは、あまりリアリティのない、いわばバーチャルな世界の物語です。どうしてなのでしょうか。やはり、現実の世界での閉塞した状況を反映しているのでしょうか。健全さと不健康さ、現代に生きる人たちの、揺れ動く様を反映したものなのでしょうか。

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2005/03/15

9条が世界を変える(2)

 先日、かもがわ出版からだされたこの本の感想は後日と書いたので、今日、少しふれておきます。別に、この本の内容に不満があるわけではありません(笑)。たぶん、今年に入って読んだ本の中では、伊勢崎賢治さんの『武装解除』(講談社現代新書)とならんで、刺激的で、面白かった本だと思います。そして、この2冊には共通した思想があると思います。現実政治のなかで、日本がアメリカに追随して戦争政策をくいとめるためにも、憲法9条は変えてはいけないという点です。
 以前、紹介したように『武装解除』は、現実に紛争があった地域に国連の職員としていって、シオラレオネや東チモール、アフガニスタンでの武装解除をすすめるという経験にもとづいて書かれています。現実の政治のなかで必ずしも武力の保持や行使を否定しているわけではありません。しかし、9条をもつ国だからこそ果たせることがあり、9条を変え、歯止めないアメリカの戦争政策につきすすんでいくことに警鐘を鳴らしています。一方、松竹さんの『9条が世界を変える』は、現実の世界の政治の流れが、いかに9条の精神を必要としているかを、ハーグ平和市民集会やミレニアム・フォーラム、そして小型武器規制の世界的な動きのなかでの日本の役割から明らかにし、さらに実際に世界にある核や紛争、人道問題なども解決が求められる課題に対し、9条がつくりあげてきた力がこそが求められていることを世界の議論をとおして明らかにしています。
 武力の行使と武力による威嚇を禁じ、そのため武力の不保持を宣言した9条は、たしかに今こそ旬なのです。私は、そのとき軍の論理自体がもつ危険性そのものを直視することが大事だと思っています(『武装解除』にはそのことに言及した記述があります)。ドイツなどもともと、軍隊をもち、それを社会的に規制するシステムをもってきた歴史をもつ国に対して、日本はこうした点での議論(その在り方についての)は未熟だと感じています。自衛隊を是とする人たちと、9条の改憲を許さない共同を広げていこうとするとき、私たちは、そういう人たちを十分に包み込める、もっと成熟した、幅の広い議論ができるようにならなければと思うのです。

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2005/03/14

改憲の動向を知るために

@nifty:NEWS@nifty:自衛権を明確化 自民新憲法委(共同通信)
 今日の報道にもあるように、改憲をめざす自民党の動きも活発化してきたようです。最近、毎日のように新聞には自民党を中心とした改憲勢力の動きが報じられます。まるで新聞が改憲勢力の機関紙になったような錯覚さえ覚えます。私のブログでは、そんな片棒をかつぎたくないので、細かい動きを紹介することはしないでいました。
 でも、改憲の動きはウオッチしなければいけません。そこで、便利なサイトを紹介します。
 1つは、 「21世紀の日本と憲法」有識者懇談会=民間憲法臨調のサイトです。
http://www.k3.dion.ne.jp/~keporin/
 いわずとしれた改憲派のサイトです。が、資料は、客観的なものもふくめ、豊富です。日々の新聞報道の切り抜きは、私も重宝しています。
 護憲派のサイトで、伊藤塾の法学館憲法研究所のサイトです。
http://www.jicl.jp/
日々の動き、イベントの紹介、文献のデータベース、映画の案内まであってたいへん充実しています。ぜひ、ご活用あれ!


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イギリスの教育改革と日本

 先週の土曜日に、子どもと教科書全国ネット21の「そんなにすばらしいの?? 『つくる会』が絶賛しているイギリスの教育改革」という講演会に行って来ました。メインは、この世界ではイケメン研究者として有名な勝野正章東大助教授の講演です。
 つくる会だけではなく、自民党などの教育基本法「改正」推進勢力は、「サッチャーに学べ」「イギリスはいかにして教育危機を克服したか」などと盛んに主張します。右翼勢力である日本会議は、「教育基本法改正から始まったイギリスの教育改革」というパンフまで出しています。それと同じ主張を、安倍晋三をはじめとした政治家がくり返しているのです。
 彼らの主張は多岐にわたりますが、その中心点の1つは、1988年の改正教育法でナショナル・カリキュラムがつくられ、自虐の教科書から、自国の栄光を学ぶ教科書にかわったと。勝野さんの話は、イギリスのナショナル・カリキュラムの実物を紹介しながら、そのウソ、事実誤認を的確にしてきしていました。たしかに、イギリスでは、現在も、その教育の目的として市民としての権利、責任、義務が重視をされ、他者に対する姿勢というのが重視をされています。
 イギリスの教育を考えるとき、現在でも教科書の検定などはなく、教科書の採択も現場の裁量に任されているという日本との決定的な違いがあります。同時に、この88年におこなわれた改革が、一方で、現在日本ですでにおこなわれている教育「改革」と、共通する方向や内容をもっていることはよく見ておく必要があります。国家による教育の強調や、競争主義的な新自由主義的「改革」です。勝野さんの話は、イギリスの教育「改革」の背景にある子ども観、教育観の変化を明らかにすることで、そのあたりの問題をうきぼりにしていました。
 私たちが、こうした実験をどうとらえ、何を日本の教育のなかで考えていくのか。より大きな視野で批判的に考えていくことが大事だと思いました。

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2005/03/13

高校生平和大集会のお知らせ

 高校生平和大集会が3月21日に今年も開催されます。第一回目の2年前は、ニュース23なんかで大きくとりあげられましたがね。長男のほうは、ここのところ、この集会の準備に燃えているようです。毎日、遅くまでいろいろやっているようです。今年は、高遠さんの講演会もあるみたいで、ぜひ成功してほしいですね。

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今日は講師

 今日は若者20人ぐらいを前にして、1時間半ぐらいの話をしてきました。1時間の予定を大きく声、しかもテーマの半分ぐらいしか話ができませんでした。大失敗。だいたい、僕の話は、いろいろな話題を織り込むので、どうしても長くなっちゃうのかな。いろいろな話題は気に入ってもらえたかもしれません。
 学習会の準備は、やはり時間がかかります。しゃべる時間の3~5倍ぐらいの時間でしょうか。それでも今回は、あまり資料とか準備できませんでした。仕事もたまってしまっているというのに……。
 

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2005/03/11

聞き書 宮澤喜一回顧録

 岩波書店から発刊された、『聞き書 宮澤喜一回顧録』を読んでいます。日記などとはちがい現在の時点からの回想ですから、新しい発見がそんなにあるわけではないのですが、ところどころに面白い記述はみられます。まだ途中ですが、面白かったのは――。
 なにしろ、安保条約の制定にかかわった人間で日本側で生存しているのは、唯一宮澤氏だけです。サンフランシスコ講和条約にいたる過程の、いわゆる池田ミッション=安保条約をむすんで、米軍の駐留を継続する提案あたりの記述は、それなり生々しさがあります。講和のさい、全権団には最後まで安保の内容は隠されていたことや、政府のなかでも吉田首相と外務省の西村熊雄ぐらいしかその内容は知らなかったということなども。結果として、安保は6人の全権のうち、吉田1人のみが参加で締結された経過はよくわかります。日本の再軍備をめぐる問題では、吉田は再軍備に消極的だったと書いてあります。しかし、一般的に理解されているように、再軍備そのもの吉田が抵抗したということは書いてありません。、むしろ、吉田には、旧陸軍の辰巳というブレーンがいたことなども明らかにされています。つまり、旧軍と無関係ではなかった。もともと、アメリカの方でも、再軍備にあたっては、いろんな旧軍との回路があって、そのなかで服部卓四郎などの流れは排除されていくわけですが、再軍備にあたってはその他の回路がかかわっています。辰巳なる人物もその1人のようです。この事実をみても、吉田が再軍備に消極的だったというのは俗説に過ぎないことは伺えます。ダワーの『敗北を抱きしめて』の訳者である、三浦陽一さんが、アメリカの再軍備要求はもともと段階的であったと言われていますが(『吉田首相とサンフランシスコ講和』)、三浦さんがいうように、講和と再軍備をめぐっても、アメリカに追随的だった吉田の姿が、行間から推測できる事実が、『回顧録』のなかにもあるように思えます。

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「辺野古、やめろ」――小泉指示

 國貞さんTBありがとうございます。
 國貞さんのブログにも紹介されているように、毎日新聞には下記のような記事がのっていました。
 在日米軍再編:普天間移設計画 「進まぬ辺野古、やめろ」小泉首相、見直し指示
 訪米を前に稲嶺知事も、「海兵隊の県外移転」の主張をうちだしています(沖縄タイムズ)。大野防衛庁長官は、毎日の記事については、指示は受けていないと否定したそうですが、いずれにしろ、沖縄の基地は新しい局面に入っていると言えるでしょう。
 アメリカも日本も、ここのところ対中国攻勢を強めています。そことの関連での沖縄の基地の存在が重要視されているのも事実です。いくつかの基地が返還されたとしても、日米共同使用の名のもとに、基地強化がはかられる可能性は否定できません。基地反対の声と監視の目と広げなくてはなりません。

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2005/03/10

「横浜事件」再審開始を支持…東京高裁

@nifty:NEWS@nifty:言論弾圧「横浜事件」、再審開始を支持…東京高裁(読売新聞)
 戦時下最大の言論弾圧事件であった「横浜事件」の再審請求が、東京高裁でも支持された。有罪認定に大きく疑問が提起されたわけです。日本の戦前の社会をふりかえるとき、どうしても総括が必要な問題は、侵略戦争にたいする歴史認識にあるわけですが、同時に、戦前の日本での過酷な人権抑圧についての総括も不可欠だと思います。治安維持法は、戦後直後に廃止されたわけですが、その被害者の救済は、十分になされていません。戦後60年、あらためて光をあてるべき問題だと思います。

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花粉症がきついです

 ここ数日、花粉症の具合が深刻です。もう集中力もへろへろです。
 ところで、自民党の中西一善衆院議員が強制わいせつで逮捕という事件がありました。おどろきです。いったん何なんでしょうか。
 どんな人かも思って、彼のホームページにアクセスしようとしたらすでに閉鎖されているようです。

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NHK問題を主題とした集会

 日本ビジュアルジャーナリスト協会の「ジャーナリズムは政治権力とどう向き合うべきか」という集会に行ってきました。もともと案内があったときから顔を出すつもりでしたけど、昨日だめ押しの電話もありましたし。集会は、元NHK社会部の大治浩之輔さん、元NHK政治部の川崎泰資さん、そして立教大の服部孝章先生の発言を軸にすすめられました。大治さん、川崎さんの田中角栄の光と影という番組をめぐっての政治の介入の経験を、今回のNHKへの政治介入事件とダブらせて、NHKがもつ、政治との癒着や問題をふかめるもので、ご当人の口からの発言として、非常に勉強になりました。とくに川崎さんの話は、とても明確で説得力もありました。そうです、放送前日に明らかに偏った歴史観を主張していることが知られている権力をもった政治家が、「公平・中立に」という発言をNHKにたいしてしたことそもののが政治介入に他ならないのです。また、この政治家にはマイルドでリベラルという謝った印象をマスコミがつくってしまったこともよく考えなければなりません。
 途中で、イラク・ファルージャの生々しい映像も紹介され、NHKのイラク報道を問いかけたり、パレスチナの占領地から報道するイスラエル人ジャーナリストの証言の映像があったり、それらを受け手の広河隆一さんの、自らのジャーナリストとしての立場を問い直す発言があったり。現実に、目の前にある虐殺や人権侵害という事実から目を背けてはいけない。あらためて僕らもより真剣に時代に向き合わなければという思いを強くした集会でした。

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2005/03/09

カラオケ

 今日、帰り道商店街をとおっていたら、パチンコやの2階にあったカラオケやがきれいになくなっていた。もう1年近く前に閉店はしていたのだが。
 この町で暮らしはじめて、14年の年月がたった。子どもが少し大きくなって、12年ぐらい前から、保育園のお父さんたちとよくカラオケやにいくようになった。最初は、焼き肉屋の2階だった。当時のメンバーも、離婚して引っ越しした人などさまざまだ。そして、その店もいまはもうない。
 いまの団地にひっこして9年。今度はそのパチンコや2階のカラオケによくいった。そのころは、学童保育のお父さんたちと、しばしば朝まで歌い明かした。
 さすがに最近は、もうそういう機会は少なくなった。正直体力がもたない。でも、楽しかった思い出でもある。このカラオケやがなくなるのは、やはり寂しい。年に数度はカラオケを歌いにいくのも悪くはない。

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基地の実態が教えるもの

 在日米軍の再編問題で沖縄駐留の米海兵隊部隊の移転が検討されている陸上自衛隊東富士演習場(静岡県)について、日米両政府が米軍の優先使用を認めた密約を結んでいたことが、米政府の解禁文書でわかった。これは7日の参院予算委員会で共産党の紙議員が明らかにしたものだ、ほとんど新聞にはとりあげられていないが、きわめて重大な問題だと思う。
 この演習場が米軍から日本に返還されたのは、1968年のことだ。70年代以降、米軍基地の日本返還はすすんだが、そのなかで重要な基地は、日米共同使用に切り替わる。いつでも米軍が使えると言う図式だ。しかも、今回、明らかになったのは、名目だけ日本の管理下に置くことにし、維持管理はすべて日本が負担し、実際にはほとんど米軍が使うというものだ。東富士演習場は多いときで、年270日米軍が使用しているという。
 米軍の世界的な再編で、米軍そのものが縮小しているような地域も世界ではある。しかし、日本はちがう。この点ではいささかの幻想ももつことはできない。日本はアメリカにとって、属国であり、軍事的には自由に使用するという発想がいまだ続けられているのだ。植民地的な属国=米軍基地列島日本のゆがんだ姿がそこからは浮かび上がってくる。

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チェチェンの悲劇

 世界の動きを見ていて、どうしようもなく思い気分にさせられる問題は少なくない。アフリカの内戦、パレスチナの事態、そして、チェチェン問題もその1つだ。3月8日、チェチェン独立派の大統領アスラン・マスハドフがロシア連邦保安局(FSB)の掃討作戦により殺害されるというニュースが伝わった。マスバトフは、第一次と第二次のチェチェン戦争の戦間期の一九九七年、チェチェン人いよる正当な選挙によって誕生した大統領だといわれる。彼は、この間、独立派の側から一方的な停戦をよびかけ、そのことにロシアの保安当局が危機感をもったため、今回の事件につながったという観測もある。
 チェチェンは、現在でもほとんど西側のジャーナリズムが入ることのできない地域である。徹底した、報道管制のもとに置かれている。したがって、我々は、ほとんどこの地でおこっていることはわからない。ロシアの北オセチア共和国の学校人質事件だって、テロそのものは糾弾されるべきだが、この事件の背景など何もあきらかにされずに終わっている。
 たとえば、チェチェン総合情報というホームページは、独立を求める人の側にたって情報を提起している。私たちが手に入らない視点を提示してくれる。昨年、人質事件がおこったとき、このページを運営している林克明さんと大富亮さんが書いた『チェチェンで何が起こっているのか』(高文研)という本を読んだがたいへん勉強になった。林さんの話は、JVJCの集会で一度お聞きしたことがあるが、残念ながら面識はない。
 実際には、情報が十分ないため、正直いって、充分な判断の下すことは私にはできない。しかし、こうした、人権の極端な侵害や、ジェノサイドとも言えるような事態にたいしては、正面から国際社会が向き合わなければならいのは、21世紀の課題だと思う。決して、忘れ去られた地域にはしてはならないのだと思う。

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北朝鮮の行く手

 先日トラックバックをいただいたko-bar-berさんは、ブログで、7日の朝日の主張を批判されています。私も、必ずしも、朝日の主張に同調するわけではありません。現状を考えたとき、経済政策の検討もふくめ、厳しい態度をとることはある程度必要だと思います。国際的に検討されているかの国の人権の問題もより光があてられるべき問題なのかもしれません。
 私は、私たちが北朝鮮の問題を考える勘どころはもっと、大いに議論する必要があると感じています。北朝鮮問題にかかわって、大きく意見が分かれるのは、あの国がどういう国かという評価ではないと思います。あの国についての認識は、いろいろな立場の人であっても、ほぼ一致しているように思えてなりません。問題は、核や拉致の問題を解決する道筋をどうつけるべきなのかということなのではないでしょうか。実際、アメリカ自身、この点では大きな苦悩があるように見られるのではないでしょうか。アメリカの武力を持ってすれば、北朝鮮を力で押さえることはそんなにむずかしいこととは思えません。しかし、イラクと比較しても、もし武力衝突になれば、アメリカ自身の被害、そして周辺国にあたえる影響(武力による被害や難民もふくめ)が大きいからこそ、クリントンもブッシュも、その解決の方向を模索しているように思えるのです。だからこそ、多国間交渉の力をもった発揮すべきなんでしょうね。日本もより自立した役割が求められていると言えばいいのでしょうか。

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2005/03/08

韓国と日本のあいだ

 盧武鉉大統領の演説については、先日、書きました。そういえば今年は日韓条約40周年です。あらためてその戦後史に光をあてたいと思い、その企画に手をつけています。今日、その相談で、あるジャーナリストOBの方とお話をしました。朝鮮史に非常に詳しい方で、一時間近くお話を伺いました。日韓条約にはいろいろな歴史的制約があります。アメリカの意向が強く働き、また当時の半島の情勢から、侵略と植民地支配の歴史的総括が十分されていないという面があるのです。こうした状況に乗じて、日本は十分は謝罪をせずに戦後の日韓関係はスタートしたのです。実は、日本の外務省は、すでに、敗戦直後に、日本の朝鮮・韓国支配は正当におこなわれたという文書をつくっていたそうです。そういう意味で、日本の歴史認識の問題点は根深いと言えます。韓国では、盧武鉉政権のもとで、あらためて歴史の見直しがすすんでいます。この期に、日本があらためてきっちりした歴史認識をもているかは、今後の日本の行く手にとってきわめて重要な気がしてなりません。今日お話しした方が言っておられました。問題なのは、日本がこのままアジアの孤児となってしまうのかどうかだと。私たちの世代の課題としてよく考えなければなりません。

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ヒカルの碁などなど

 仕事を定時で抜けて、Kさんのお通夜に行って来ました。同世代の方なんでもう他人事とは思えません。1年前にガンがみつかって、病気とたたかっていたそうです。ご冥福を祈ります。

 家に帰ってきたら、机のうえに『ヒカルの碁』が置いてありました。二男が読んでいたのでしょうか(本は私のものです)。つい、読み始めてしまいました。私の好きな漫画です。一言で言えば少年の成長物語ですが。この作品について、2部は不要だという意見があります。私はそうは思っていません。一部は、ヒカルと佐為の物語で終わっていたのが、2部で普遍化されるわけですよね。2部もふくめて、好きなのです。

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2005/03/07

ちょっとショックが続きます

 実は、今日、家に帰ってメールをチェックしたら、訃報が入っていました。同じ団地に住み、子どもの学童保育で同じだったお父さんが亡くなられたそうです。私より、少しうえの方ですが、同世代です。うーん……。

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辺野古から

 普天間基地の辺野古沖への移設が、ここにきて見直しという報道もなされています。そこには、反対運動の反映もあるにちがいありません。事態は単純ではありませんが、辺野古のたたかいはいま大きな変化を見せています。漁民たちがたたかいに合流し、大きな流れとなりつつあります。琉球朝日の沖縄からのレポートをぜひどうぞ。

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激動の南米

 国際ジャーナリストの田中宇さんの国際ニュース解説で、興味深い記事が配信されています。南米のアメリカ離れという記事です。日本の新聞ではあまり大きく取り上げられることがないのですが、いま南米ではかなり大きな変化が起きています。田中さんの記事は、そのことを伝えています。たしかに南米では、ここ数年、ベネズエラのチャベス政権をはじめ、ブラジル、アルゼンチン、チリ、ボリビア、ウルグアイと左派政権の誕生が相次いでいます。これらの政権は、アメリカの経済支配をはねのけ、自由貿易圏の形成と経済的自立を、キューバとの友好関係を強めながらすすめているのが特徴です。
 実際に現地を訪れた人たちから話を聞くと、田中さんの報道よりも、よりダイナミックに事態はすすんでいるようです。ゲリラによる内戦を克服し、多くの国民の参加と合意で、現実的な経済改革の模索もあるようです。ぜひ、いろいろな情報を仕入れてお知らせしていきたいと思います。

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2005/03/06

ちょっとパニクッてます!

864_7 とにかく休まなくてはいけないと思って、今日は休みました! 寝て、ぼーっとして、ご飯をつくって、買い物をして、掃除をして……。松竹さんの『9条が世界を変える』を読み終えました。面白かったし、勉強になりました。ただ、感想は後日、この本についても、ちょっといろいろ考えなくてはいけないなと思うことが多くて。
 最近、ちょっとパニクッています。仕事はたまっています。まあやりたい仕事だから、苦痛ではないんだけど。勉強しなくっちゃいけないこともたまっています。関心があって最近買った本は、(除く新書、文庫)
藤澤伸介『ごまかしの勉強』新曜社
広田照幸『教育不信と教育依存の時代』紀伊國屋書店
杉田敦『境界線の政治学』岩波書店
マルクスコレクション『資本論』筑摩書房
入江曜子『李玉真伝奇』筑摩書房
野田正彰『陳真』岩波書店
『宮沢喜一回顧録』岩波書店
『学力の社会学』岩波書店
佐原真『戦争の考古学』岩波書店
『ジャーナリズムの条件 報道不信の構造』岩波書店
ソンダク『他者の苦痛へのまなざし』みすず書房
その他送られてきた本など
『加藤周一対話集 5 歴史の分岐点に立って』かもがわ書店
佐貫浩『学校と人間形成』法政大学出版
フィリス・ベニス『国連を支配するアメリカ-超大国がつくる世界秩序-』文理閣

うーん、一気に読まねばならぬが。何から手をつけていいのか。
 当面の仕事に追い込まれながら、準備しなきゃ課題もあるし、実務は全然できていないし、学習会の講師もあるし。
 そんなわけで、しばらくパニクリの毎日なのです。

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もうすぐ春!

NEC_0013 我が家のベランダにも少しずつ春が訪れつつあるようです。昨年秋に植えた、クロッカスが花をつけています。ビオラも少しつぼみが出てきました。種をまいてもこれまで花をつけることが少なかったので、うれしいです。今週は暖かくなりそうですね。

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2005/03/05

日米同盟って?!

 昨日、平和委員会が政府と交渉をおこなったことが新聞に掲載されていた。イラク、ファルージャでの残虐作戦に参加した、第31海兵遠征部隊が、3月中にも普天間基地などに帰還しようとしていることに、反対する要請をおこなったものです。そのなかでの外務省の担当者とのやりとりが、布施祐仁さんのブログで詳しく紹介されています。外務省の発言に驚くばかりです。曰く「沖縄の海兵隊のイラクへの派遣は、日米安保条約に基づくものではない。いま日米は『世界の中での日米同盟』といっている」とか、「今回は、米軍の他の部隊がローテーションでいっぱいであり、沖縄の部隊しかないということで派遣された。(日本の防衛は)それでも大丈夫だと説明を受けた」、「現在は幸せなことに、米軍が安保条約5条、6条で(日本に)いるという実態はない」とか、これって、日米安保は、日本の防衛のためにあるのではないと言っていると思えるのだが。そして、いま、世界で行動する日米安保になろうしているんだと言っているとしか思えないのだが……。

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2005/03/04

堤義明 逮捕

【朝日】堤前会長逮捕――納税の実態も洗い出せ
【読売】堤前会長逮捕 市場への背信が招いた転落
【毎日】西武の総帥逮捕 世間を欺いてきた罪は重い
【日経】西武事件が問う株式会社の在り方
【産経】堤前会長逮捕 グロテスクな実態に迫れ

 昨日、西武グループのオーナーだった堤義明が逮捕され、今日の新聞やワイドショーはほぼ、これ一色だ。上記は全国5紙の社説である。どれも企業経営の在り方を問うものばかりだ。こういう横並びの社説ほどうさんくさいものはないと思うのは変だろうか? でも、たぶん、みんなが思っているのは、では政治家の関与はということだろうと思う。この点にふれたものはない。そういえば、猪瀬直樹の『ミカドの肖像』以来、西武グループをあつかったものは少なくない。が、政治家の関与はこれまで充分に明らかにされているわけでない。たぶん、そんなはずはないとみんな思っているんだろうな。ジャーナリズムの調査報道がいまほど求められているときはない。なぜ、明かされていないのか? これまでのルポなどにはどこに限界があったのか? 本棚から、『ミカドの肖像』を取り出してきて、ちょっと読んでみようと思っている。

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家族の変化

 我が家も、この春大きく変化していきそうです。長男が高校を卒業し、大学へ進学します。2日に卒業式を終え、打ち上げや、春の高校生の平和集会の準備だとかになにやら忙しそうにしています。次男は、あいかわらずマイペースですが、週3回の塾で夜は遅いし、今夜は友だちのところに泊まりにいっています。つれ合いはと言えば、4月から転勤。もともと夜勤がある仕事のうえ、組合の会議だとか、実践研究サークルの集まりだとか……。そのうえ、若手とかかわらなくてはいけないからと、いろいろつきあいも増えているような感じです。というわけで、夜、本当に家族がそろわなくなりました。そのうえ、長男が引っ越すわけですから、ますます寂しくなりますね。こうして家族の姿も変わっていくのでしょうね。私ももっともっと、充実した大人にならないといけないんでしょうね。

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アイ アム サム

 テレビでやってました。見たのは途中からです。でも、単純に、ホロリとしてしまいます。ほんと、単純ですね私は。

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松本清張について

 清張の小説を読んだのは、中学のころ? 高校のころだったろうか。「ゼロの焦点」や「点と線」「張り込み」などを読んだ。社会派推理小説という作品だ。去年、テレビで「砂の器」や「黒革の手帖」が放映された。文庫で「日本の黒い霧」や「松本清張コレクション」が出版されている。どうやら、あらためて松本清張に光が当てられているようである。
 『現代思想』の3月号が松本清張の特集を組んでいたので買ってきた。特集の冒頭に、歴史学者の成田龍一とご存じ小森陽一の対談が掲載されている。まず、そこだけ読んでみた。前半、清張は歴史批判を歴史学の方法でおこなったが、歴史家になってしまったために、歴史批判を挫折させたという論理で語られている。少々ややこしいが、ここでのべらている「日本の黒い霧」がなぜ、GHQのみを批判の対象にとりあげたのか、「昭和史探訪」でなぜ2・26事件にこだわって天皇制の形成を描いたのかなどが語られる。後半は、ややこしい論理の解き明かしだ。清張の歴史批判の根本には歴史家による歴史の語りかた、歴史への向き合い方への問いがあると。「冷戦」が崩壊し、そして9・11以降、世界の枠組みが大きく変わるなかで、いま、歴史の再検証が求められている。だからこそ、清張の問いをいま受けとめた歴史の問い直しが必要だと。21世紀に清張の読み方を問う対談だ。
 1カ月ぐらいまえ。『日本の黒い霧』を買っていた。たぶん学生のころぱらぱらと読んだんだと思う。いまの時代にもう一度読んでみたいとあらためて思っている。

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2005/03/03

盧武鉉大統領演説をめぐって

 韓国の盧武鉉大統領演説(韓国大使館の報道資料のなかに全文が掲載されています)をめぐって、日本でもいろいろ議論がなされています。大統領の演説の中心点は、韓国自身が、「盧武鉉大統領は、火曜日(3月1日)日本に、第二次世界大戦中および韓半島の日帝支配期に、日本が犯した過ちに対し韓国国民に心からの謝罪と賠償を行うよう要請した」というように、日本の歴史的な責任を問いかける内容のものです。「私は、今再び、日本人の知性に訴えたいのです」というようの、正面から私たちに問いかけるもので、重要な演説だと私は思います。
 ところが日本日本政府の受け止めは、「国内向けのもの」というのが大勢なようです。マスコミも、あの大朝日でさえ「日韓関係 大統領演説への戸惑い」という社説をかかげたのにはちょっと驚きました。いったいどうなってしまったんでしょう。ちなみに読売新聞は「盧武鉉演説・日韓関係を阻害する発言だ」です(予想通りというか……)。
 ヨーロッパでは、ドイツのケーラー大統領ががアウシュビッツの60年を記念した式典で、一参加者として演台にはたたず「若い世代にこの人類的な犯罪を直視するように求めたい」と語った姿勢とはあまりにも対照的と感じます。歴史の継承は我々自身の問題なのです。

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2005/03/01

ライブドアvsフジ――本質は何?

@nifty:NEWS@nifty:新株予約権で初の審尋(共同通信)
@nifty:NEWS@nifty:ホリエモン包囲網着々…フジ、目標達成ほぼ確実に(夕刊フジ)
 ニッポン放送をめぐってのフジとライブドアのたたかいはあいかわらずマスコミをにぎわしています。それぞれの買収をめぐる報道ばかりで、ではその本質は何なんでしょうか。
 現象的には、問題はライブドアによるニッポン放送、そしてフジの買収劇です。もちろん公共性をもつ放送局そのものがマネーゲームの対象になることはよく考えなければならない問題です。それが可能になったのは、90年代後半にすすめられた規制緩和にほかなりません。では、規制緩和はだれがおしすすめたのでしょうか。ちょっと調べると、放送業界で、その急先鋒だったのがフジ・グループであったことがわかります。こうしたなかで、フジは株式を上場し、お台場に大きなフジのビルをつくり、巨大マスコミ企業として変貌をとげていったのでしょう。そして、同時におこなわれたのがマスメディアの集中排除の規制緩和です。こうして、フジ・産経グループは、どんどん巨大化していったのではなかったのでしょうか。
 いまになって、ライブドアの行為を不当だというフジの姿はこう考えると、滑稽なように思えます。しかも、放送業界の自殺行為とも言える政治の介入までまねいてしまっているのです。
 僕たちはここでもう一度原点に帰って、放送の公共性を担保する原点、規制について考えてみる必要があるのではないでしょうか。いまのままでは、どういう展開になっても、放送界はよくなるとは思えません。とくに、言論の自由や多様性を確保するために集中排除原則については、現状のさまざまな問題、とくにこれまで開かれていなかったマスコミ会の現状もふくめ、よく考えてみたいと思うのですが。

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